51 禁術


「あれ? 久しぶり。最近姿を見かけなかったけど、お腹の具合は大丈夫?」


 金色に光る眼に巨大な躯体。眠りから意識が浮上したら、あの白くて大きな蛇が目の前にいた。


「えっ!? 背中に乗れって? でもさ、君、以前より育ってない? これ、よじ登るのは無理じゃないかな?」


 以前からデカかったけど、さらに大きくなっている。高くもたげた首が俺のツムジよりずっと高い位置にあった。


「時間がないから急げ? ……よく分からないけど、大事な用なんだね? そっか。それなら一緒に行くよ」


 同意した途端に、白蛇が俺を咥えてポイッと自らの背中に放り投げた。痛くはないけど、乱暴すぎやしませんか?


 急いでいるという言葉に違わず、周囲の景色が目まぐるしく動き始める。変化する街並みに大勢の人の群れ。


 これは……王都の風景か? 


 そしてたどり着いた場所は、静謐な空気が漂う、やけに広いスペースが確保された地下室と思われる場所で。


 床には灰白色の石棺が規則的に整然と配置されている。それらを石棺だと思ったのは、長方体の台座の上に、生前の故人を模したと思われる等身大の彫像が横たわっていたからだ。


 前世でフランス革命の特集番組を見たときに、この光景とよく似た映像が出てきた。そこはフランス王族が代々埋葬されてきたという墓所、いわゆる納骨堂で。


 ベルファスト王国の埋葬方式は土葬だから、石棺の中には防腐処理をされた亡骸が納められているはず。


 そして、数百以上並ぶ石棺のひとつに蛇が映し出す映像の焦点が絞られていく。


 まだ少女と言えそうな若い女性の彫像。胸の上で両掌を重ねた華奢で儚げな姿が、憐憫というか、もの悲しい気持ちを誘う。


 なぜ白蛇は、こんな場所に俺を連れてきたのか?


 その答えはすぐに明らかになった。不審な侵入者が複数名現れたからだ。全員が闇色のローブ姿で顔を隠していて、怪しいなんてものじゃない。


『……あったぞ。これだ。打ち合わせ通り、速やかに作業を終わらせろ』


 彼らは少女の石棺の前で足を止め、リーダーらしき低い男の声を合図に黙々と動き始めた。


 そしてついに、重そうな石棺の蓋が外された。中から現れたのは、光沢がある白い布を全身に巻かれたほっそりとした亡骸なきがらで、その周囲には枯れた花びらが沢山散っていた。


 彼らは無体にも亡骸を麻袋に収納すると、石棺の蓋を元に戻し、その場から引き上げていく。


 何が目的でこんなことを?


 その疑問に答えるかのように視界がぐにゃりと歪んで、次の瞬間には整然と植栽が配置された庭園のような場所にいた。


「ここに奴らがいるの?」


 白蛇の背に乗ったまま庭園の中を移動していく。かなり広い。ここまでの規模なら城レベルじゃないかな?


「あっ! いた!」


 遊歩道が放射状に交差する広場に、ローブ姿の人間が円陣を組むようにして、輪になって立っているのが見えてきた。


 彼らの足元がぼんやりと緑色に光っている。


 注視すると、魔法陣に似た模様が敷石に刻まれているのに気づいた。それもやけに大きい。奴らの立ち位置から推測すると直径五メートルくらいはありそうだ。


「ここからだと見えづらい。以前やったみたいに上から覗けない?」


 蛇に訴えると、すぐに要望は叶えられ俯瞰視点に切り替わった。


「……見たことがない文字や記号ばかりだ。少なくとも魔法陣じゃない」


 円形の模様の中央に真っ黒な棺が置かれていて、その中に先ほど見た亡骸が布に巻かれたままの状態で納められていた。


『導師、苗床と呪具の最終確認をお願いします』


『よかろう……どちらも問題ない』


『では、今この時より呪芽の儀式を開始する。炎が完全に消えるまで、なにがあろうと呪文を途絶えさせてはならない。各々、しかと心掛けるように』


 陣を囲む連中が、一斉によく聞き取れない文言を唱え始めると、陣から緑色の炎が吹き上がった。


 炎は怪しく揺らめきながら次第に丈を伸ばし、数メートルほどの高さになって燃え続ける。


 ――お願いやめて!


 え!? 微かに悲鳴が聞こえた。これはいったい誰の声だ? まさかこの亡骸の?


 ――なぜ眠りを妨げるの? 私はただ、静かに眠りたいだけなのに。


 未回収の魂? 亡骸に魂が残っていたってこと!?


 人の亡骸を利用する邪道ともいうべき術から助け出したいけど、これは既に起こってしまった過去の出来事だ。だから、ただ眺めていることしかできない。


 焦れ焦れしながら炎を透かしてジッと棺や骸を注視していたら、緑の炎に飲まれて輪郭が溶けるように崩れて灰と化していった。


 その灰の山が小刻みに揺れている。


 「……なにか出てくる」


 灰が煙のように弾けて、中から三角錐の形をした太い棘のようなものが飛び出てきた。


 棘はグングンと上に伸び、その表面から次々と紡錘形の葉のようなものが生えてくる。棘の伸長が止まると、今度は先端が丸く膨らみ始めた。


 そして、炎が消え去り、呪文の詠唱が止まったときには、そこに禍々しい巨大な花が咲いていた。


「この花は……」


 黒地に浮き上がる赤い花脈。大輪の百合に似た花姿。これって、加護を壊された少女の夢に出てきた花!?


『成功だ! 咲いたぞ。災厄の魔女フロル・ブランカの怨念を生み出す呪いの花が!』


 今なんて!?


 まさか、あの亡骸は……いや、しかし。彼女は【妖華マルム】の反動で若くして亡くなった。死者の魂は「残響冥路」を通って冥界に行くはずなのに。


 なぜ魂が地上に留まっていたのか? それに、死んでまで他人に利用されるなんて……そんなの、あまりにも悲し過ぎる!



 §


 過去から帰還した後も、しばらくはモヤモヤとした気持ちと、邪な連中に対する怒りが続いていた。


「待宵、お帰り! 遅いから心配したよ。追跡は上手くいった?」


 夕刻になって、ようやく待宵が戻ってきた。いったいどこまで行ったんだ?


『バウウッ! バウバウ!(もちろんだ! 場所は特定した)』


「さすが待宵! で、妖精はどこへ行ったの?」


『バウバウウウゥゥ バウバウ!(教えるのは容易いが、それより外がマズいことになっている)』


「何がマズいの?」


 待宵が返事をする前に、窓の外から常ならぬ喧噪が聞こえてきた。繁華街なら不思議ではないけど、閑静な貴族区で騒ぎが起こるなんて珍しい。


「リオン様! ご無事ですか?」


 窓から外を見ようと腰をあげたとき、ドアが開いてハワードが中に駆け込んできた。その酷く焦った様子に、ただならぬ事態が起きていることを知る。


「特に変わりはないけど、何が起きた?」


「貴族区に突如として大型の魔物が出現して暴れているそうです。それも一体ではなく、複数体が目撃されています」


 貴族街に大型の魔物? 


 そんなの、どう考えても悪い奴らの仕業じゃないか。被害が大きくなる前になんとかしないと!



――あとがき――

第四章「伏魔殿」終了です。

しばらくお休みをいただいてから更新を再開します。

次はいよいよ第二部最終章です。

第五章 「チヲマキカゼキタッテタチマチフキサンズ」(タイトル予告)

王都に降りかかる災厄に主人公が立ち向かう。


漂鳥

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