45 緑の煙
「モリス。邸内を一通り見て回りたい。特に飲用水と食料庫、厨房は調べておきたいんだ」
「畏まりました。我々が至らぬせいで、リオン様のお手を煩わせてしまい、誠に申し訳ありません」
今日からしばらくはこの屋敷で過ごすことになる。だから最低限、口に入るものの汚染具合は、自分自身の目で確かめておきたかった。
貴族の子弟が厨房に入るなんて普通はないことなので、勢ぞろいして畏まった料理人たちが皆一様に顔色を青くしている。
彼らにしてみれば査察されている気分なのかな。あるいは子供の我儘だと思われているのかも。でもまあ、必要なことだし我慢してね。
厨房よし! 食料庫よし! 水瓶よし! あれ? 案外綺麗? しっかり換気をしているせいか? 安心したけど、この結果は拍子抜けでもある。
でも、予想を大きく外していたわけでもない。
隣町に滞在していた三日間、魔道具を作るだけでなく空気中に浮遊する呪素の観察も行っていた。
呪素は東から吹く風にのって流れてきた。フェーン曰く、風向きが変わると臭いが消え、東風が吹くとまた臭い始めたらしい。つまり、空気中の呪素はかなり流動的で、強い風が吹けば洗われてしまうのだ。
その傾向は王都に来ても同じで、風が吹くたびに空気中の密度が目に見えて変化していた。となると、呪素をまき散らしている連中の目的って?
「いかがでございますか?」
「建物の中はとりあえず大丈夫そう。庭園も見てみたい」
「ご案内いたします」
邸内を一通り巡回し終わったので、冬枯れして殺風景な庭園に出てみたわけだけど……ヤバそうなものがある。なんだあれ?
「ねえ、あの丸いのはなに? 何のためにあの場所に置いてあるの?」
「はて? 以前はあのようなものはなかったはずですが」
遊歩道に沿って散策していたら、大きな噴水に行き当たった。円形で中心部から水を噴き上げるタイプのもので、なぜか水を受ける場所にゴロゴロとまん丸い石が置いてある。それも、ひとつではなく、幾つもだ。
オブジェにしてはおかしい。
表面がツルっとしたバスケットボール大の黄色い石は、どう見ても噴水のデザインと釣り合っていない。それに。
「誰か事情を知っている人っていないの?」
「しばらくお待ちください」
急遽、庭園の警備担当者を呼び出してもらうことになった。その場でしばらく待っていると、話し声と共に若い男性が近づいてくる。
「噴水に石? いったい何をおっしゃっているのやら。毎日巡回しておりますが、そのようなものを見たことは一度もありません」
「では君は、あの丸い大きな石をどう説明するのかね?」
「どうってなにも……は? あれ? 目が……うわっ! なんだあのおかしな石は! 朝の巡回ではなかったのに」
男性が自らの目を擦った後、改めて噴水を見て驚愕の声を上げた。
「この丸い石。結構な大きさだと思うけど、もしかして今まで見えてなかった?」
俺が尋ねると、男性は焦った様子で俺と石を交互に見ながら返事をした。
「は、はい。こんなに大きな石があれば巡回中に気付かないわけがありません。見えたのは今です。変に視界がブレて、目の前に突然石が現れました。嘘じゃありません、本当です!」
隠蔽魔術。あるいは認識阻害の類い。その可能性が頭をよぎる。どちらだろう?
「じゃあ、あの石がいつからあったかは分からない?」
「は、はい。申し訳ございません」
「だったら、そうだな……ここ半年……いや、数年の間に、噴水あるいは庭園に従来と違う変化はなかった?」
「従来と? ……あっ! あります! この噴水は魔道具で動かしていますが、例年であれば冬場には水を止めます。ですが昨年から冬場も魔道具を動かし続けるようにと指示がありました」
昨年から。となると、少なくとも一年前には異変が起きていたことになるか。
「その指示って誰から?」
「誰? それはもちろん……あ、あれ? おかしい。確かに誰かに言われたはずなのに、なぜか相手が思い出せません」
なんか凄く怪しい感じになってきた。この石の出どころが分からない。いつ持ち込まれたのか、誰が持ち込んだのか。
このサイズのものを複数持ち込むなんて凄く目立つはずだ。ここに侵入するには目の前の男性だけじゃなくて、誤魔化さなきゃいけない相手は何人もいるのだから。
それに、噴水の水が極めてマズい状態だ。一見綺麗に見えるのに、魔眼に切り替えた途端に水が黒く変化した。
呪素汚染。
「西円環塔」の「純精の泉」を彷彿とさせる光景じゃないか。あの泉は魔道具そのものであり、引き寄せられた呪素から化け物が生まれた。
なら、あれと似たような状況のここは?
誰かの意図的な企みにより噴水が呪素塗れになっているとしたら。この石の正体は、まともなものであるはずがない。
「この石は危ないので破壊する。みんな泉から距離を取って」
その場にいた全員が、噴水を視認できる範囲内で十分に距離をとった位置に下がる。
じゃあ、スカラ! 粛清対象は丸い石と噴水の水だ。なにか湧いて出るかもしれないから十分に気を付けて。
《主命 拝――誠歓誠喜!!》
《怨霊退散――退魔粛清――魔軍召喚――倒懸》
……九字切りはやめたのか。でも新手の妙な言葉を使ってる。今度は何の影響を受けた?
言葉は変わったがエフェクトは同じだ。逆さづりの骸骨が何体も空から降りてきて噴水を取り囲んだ。と同時に、夥しい数の骨片や骨で辺りが白く染まる。
そのとき、ピキピキッと何かが壊れるような高い音が響いた。
「石にヒビが!」
攻撃されることを察知したのか? 石の表面に大きな亀裂が入り、その隙間に水中の呪素がどんどん吸い込まれていく。
《敵意感知》
「何が起きているのか確認してまいります!」
「あっ! 止まって! 今いったらダメだ!」
慌てて呼び止めるが、警備担当者の男性が飛び出して行ってしまった。でも、彼に見えているのは石だけだ。呪素も、石の中にいるなにかも、こちらの対抗魔術も見えていないのに。
《呪法感知――障壁展開――封呪》
《鏤刻》――《滅呪・滅壊》――《発動》
「うわっ! な、中から煙のようなもの――が!」
突如、丸い石かチョークの粉を撒くような濃い緑色の煙が噴き出した。
「毒かもしれない! 護身用の魔道具を持っていない人は、もっと遠くに退避して!」
警備の男性も反転して引き返してくる。が、煙を浴びてしまったのか障壁を越えて戻っては来れたものの、ただならぬ様子だ。
「ひっ! あ、脚が……動か、ない。……手も……た、助け……て!」
そう言うと、その場で膝をついて倒れてしまった。
「大丈夫か!? いったいどうした?」
「おいっ! 医師を呼んで来い!」
これは……何が起こった? 手足が動かせないってことは麻痺毒か?
「状態を確認しますので、リオン様はお近づきになられぬように」
噴水の方を見れば、緑色の煙はドーム状に展開された障壁に閉じ込められていた。ドームの中で骸骨が蠢き、攻撃は継続されている。
あっちはスカラに任せておいて……アイ、今の状況って分かる?
《スカラから送られてきたデータを順次解析中です。おそらく石の中にいたのは特殊な状態異常を引き起こす能力を持つ魔物の類いで、呪術により変異した個体だと予想されます》
その特殊な状態異常ってなに?
《石化です。生身の身体を石に変質させます》
―――あとがき――
今回はどう書いていいか非常に苦慮しまして、更新時刻が遅くなってしまいました。あとで書き直すかも。
代償θ1巻 発売中です!
年末は厳しいと聞いて売れ行きが凄く心配です。
是非是非、ご購入のご検討をよろしくお願いいたします!
漂鳥
(2023/12/29 一部改稿)
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