46 再会

 アイの解析結果に違わず、緑色の煙を浴びてしまった警備担当者は、体の一部が石化していた。


 全ての丸い石は噴水ごとスカラが破壊した。石化を引き起こす煙は、障壁に閉じ込めていたら時間が経つに連れて薄れていき、最後には消えていった。残るは石化の被害者が一名。


 あの丸い石の正体って、結局なんだったの?


《甲殻を持つ魔虫の卵です。あのまま気づかず放置されていてば、いずれは孵化していたはずです》


 あのサイズで卵なの!?


《元はあそこまで大きくなかった可能性があります。呪術の影響で巨大化したのかもしれません》


 治療方法は?


《通常の石化であれば治療薬が存在します。ですが、あの魔虫の石化能力は呪術で変異を受けていました。従って、新たに治療薬を作る必要があります》


 それってすぐに作れるもの?


《マスターが保有する能力を組み合わせて使用すれば可能だと考えます》


 どの能力?


《【甘露】と【倒懸鏤刻】です》


 分かった。じゃあ早速、治療薬作りにトライするか。


 そして、数多の骸骨(逆さ吊り)に囲まれながら、水を出し続けることしばし。


「……できた。これくらいあれば、間に合うはず」


 俺の手の中には、モリ爺がどこからか調達してきた水晶製の鉢がある。透き通った鉢の底に白い液体が溜まっている。不透明でマットな質感。出来上がったのは、骨……じゃなくて石膏みたいに真っ白な治療薬だった。


 用意してもらった採取瓶に液体を詰めてもらい、被害者の元へ。


「これを飲めば石化は治ると思う。ただ、誰も試したことがないので、味や副作用的なものは分からない。それを承知の上で飲んで欲しい」


 ニオイを嗅いだ限りでは臭くない。どちらかというと清浄な香りがした。ただ、使った能力のひとつが【倒懸鏤刻】なので、その点が心配だ。


 飲んで激痛が走ったらどうしよう? でも、石化したままよりはいいよね?


「リオン様が自らお作りになったお薬です。ひと瓶を全て飲み切るように」


 患部に塗っても効くんだけど、それだと視認できないレベルで侵されている場所を見逃す可能性がある。だから内服してもらうことにした。


 被害者の男性が、覚悟を決めてグッと瓶をあおった。


「ぐほっ……!」


 勢いがよすぎたのか咽そうになっていたが、自ら口を塞いでそのまま嚥下したようだ。


「どう? 何か変化を感じる?」


「身体全体が温まってきた気がします。……これは、湯につかっているような感じです。とても心地よい」


 おっ? 意外な反応だぞ。


「あっ、でも。石化した箇所がチクチクしてきました。麻痺していた感覚が、じんわり戻るような感じで……うおっ! ……こ、これは結構痛いかも……針で刺されるような……で、でも我慢……我慢できる痛みで……あっ! 動く。動かせます!」


 石化して灰色みを帯びていた肌が健康的な色に戻り、動かせなかった手足の自由も取り戻せたようだ。


「よかった。上手くいったみたいだね」


「あ、ありがとうございます!」


 今後も経過観察は要るけどね。スムーズに治せてひと安心だ。


「リオン様。公爵様と奥方様がもうすぐ屋敷に到着されるそうです」


「分かった。じゃあ、一旦部屋に戻るよ」


「急いで、お召し替えと、御髪の手入れをいたしましょう」


 さて。どうなることやら。


§


 だいぶ時間が経ってから、一階にある談話室に呼び出された。


「リオン、しばらく見ない内に大きくなったな」


「お久しぶりです。父上もご壮健でなによりです」


 口ではそう言ったが、内心で思ったことは真逆だった。以前会ったときに比べて明らかに精彩がない。まだ三十路手前だし、老け込む理由なんてなさそうなのに。


 父親から視線を外して母親に向けた。相変わらず綺麗な人だけど、扇で口元を隠しているにも関わらず、もの凄く不機嫌な顔をしているのが分かる。


 向こうから言葉をかけてくるのを待っていたが、不自然な沈黙が続いた。


「シャーロット、黙っていてはリオンが困ってしまうよ」


 父親に促されて、ようやく母親が口を開いた。


「……さきほど聞き捨てならない報告を受けたわ。いったいどういうつもり? 来て早々に屋敷中を偵察して、食料庫を漁り、庭園の噴水を粉々にしたそうね」


「はい。お気に障ったとは思いますが、どちらも必要なことでしたから」


「王都に入るのを何日も引き延ばしたのも、必要なことだったから?」


「そうです」


「子供たちに、妙な魔道具を渡したのも?」


「はい。必要でした」


「あなた、やること為すことおかしいわ。グラスブリッジでも庭園を破壊したそうじゃない。庭を壊して回る趣味でもあるの?」


「いえ、あれもやむを得ない事情で……」


「ここに来る途中で賊に襲われて、皆殺しにしたと聞いたわ。あれもあなたの指示?」


「あれは違います。賊が自滅しただけです」


「……気持ち悪い。ひとりで全て分かった顔をして。全然子供らしくない。嘘をついているなら今のうちに白状なさい」


「嘘なんてついていません」


「なら、悪霊がついているのかしら? もしそうなら誤魔化せないわよ。専門家がここにいるから。先生、いかがです?」


 先生? いったい誰のことだ? そう思ったとき、不意に視界に一人の人物が現れた。


 ただし、見え方がおかしい。そこに人がいるのが分かるのに、姿を明確に捉えられない。


「素晴らしい資質だわ。魔術に盟約。それに加護がふたつもあるなんて」


 この声! 少し癖のあるイント―ネーション。賊に襲われたときに聞いた女の声と同じ!? それに、なぜ俺の能力が分かる?


「加護が二つ? エリオット、どういうこと? この子の加護はひとつだけだと、あなた言ってたじゃない!」


「シャーロット。それには事情が……」


 両親の口論をよそに、女が言葉を続けていく。


「どちらも、とっても珍しい加護ね。嚮導神の加護なんて初めてよ。それに……ふふっ、いろいろ邪魔してくれたのは、母親譲りの織神の加護のせい? でも、それだけじゃ説明がつかないか」


「織神の加護ですって!? 先生、それは本当ですか?」


 母親が加護名に反応して口を挟んだ。


「ええ。あなたが欲しがっていた織神の加護で間違いないわ。詳細までは分からないけど、たぶん蜘蛛か蜂? よかったわね。息子さんが良い加護を授かっていて」


 なんなんだこの女? べらべらと人の個人情報を。まさか視えるのか?


「あなたは一体何者ですか?」


「私? 残念だけど今は自己紹介することはできないわ。でもそうねぇ……もしあなたが私たちの味方になるなら教えてあ・げ・る。これは本気の勧誘だから。考えておいてね、咲良くん」


 えっ! 今なんて。



――あとがき――

困った……プロット通りに話が進まない。サブタイトルを変更するかも。

代償θ 1巻発売中です!

ご購入を頂けたら大変ありがたいです。宜しくお願いします! 漂鳥

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