47 妬心
うわっ! 燃えた!?
捨て台詞の直後、女がいたと思われる場所に緑色の火焔が立ち昇った。そして、こちらがひるんでいる隙に、正体不明の女の姿は掻き消えていた。
「リオン様!」
「リオン様! ご無事ですか!」
酷く慌てた様子で、モリ爺とハワードが俺の元に駆けつけてくる。
「申し訳ありません。女の声が聞こえた途端に、まるで金縛りにあったかのように身体が動かなくなりました」
どうりで周囲が静かだと思った。動けたのは俺と両親だけだったのか。
怪しい術でもかけられた? あるいはこの部屋に仕掛けがあるとか? どの程度、彼らに術の影響が及んでいたのか調べないと。
モリ爺の視線が俺の頭の天辺からつま先まで何往復もして、その間に部屋の中をハワードや他の騎士たちが手分けをして調べている。
「モリス、身体は大丈夫?」
「はい。今は支障なく動きます。しかし、あの女はどこに消えたのか。ハワード、どうですか? 何か見つかりましたか?」
「女がいたのは、確かこのあたりですよね?」
ハワードがその場にしゃがみこみ、床に敷かれた絨毯に視線を彷徨わせる。
「……あっ、これは?」
「触っちゃダメだよ! 呪物かもしれないから!」
ハワードが何か見つけたようなので注意喚起をした。
「は、はい。ここに小さな……なんでしょう? 人形? ……のようなものが落ちています」
ハワードが指し示すものを見に行くと、毛足の長い絨毯の中に、全長が二センチくらいしかないミニチュアサイズの人形のようなものが埋もれている。
パッと見で土偶みたいだなと思った。色は黒ずんだ緑で、表面に何か模様が刻まれている。
アイ、これって触っちゃダメなやつ?
《今現在、呪術的な気配は感じませんが、念のため直接手で触れるのはやめておきましょう。火バサミで摘まんで、遮蔽できる蓋つきの箱にしまって下さい》
分かった。
「ねえ、火バサミを持ってきて。あと丈夫な蓋つきの箱を……」
「な、なんなの? あなたいったい、何をしたの? 先生が消えてしまったのもあなたのせい?」
……あっ、すっかり忘れてた。
状況についていけず唖然としていた母親が再起動した。そうだよ、あの女のことを聞かなきゃ。
「人ひとり消すような力は自分にはありません。ところで、先生っていったい何者ですか? なぜあんな不審な人物がこの屋敷に?」
「失礼なことを言わないで。先生はさる高貴な筋からご紹介いただいた知る人ぞ知る高名な
なんだその職業? 俺の能力や前世の名前を言い当てたのはその職業のせいか?
「さる高貴な筋とは?」
「あなたが知る必要はない、やんごとなき方々よ。それより、なぜあなたが織神の加護を持っているの?」
「なぜと問われても……理由は自分にも分かりません」
あなたの子供だから。それが正解だと思うのに、母親の凄い剣幕に言うのを躊躇してしまった。
「御使いの訪れは? 加護があるなら御使いを視たことくらいあるでしょ?」
「自分には織神の加護についての知識がないので、相応しい答えが分かりません。御使いってなんですか?」
「とぼけないで。本当に加護があるなら、視ればすぐ分かるはず。どうなの?」
すぐに? 蛇が出てきたのはグラスブリッジに向かう途中で見た夢の中で、蜘蛛も同じく夢の中で、最初は砂だと思ったくらいだ。
あんなの視ればすぐに分かる状態とは程遠い。他の人はそうじゃないのか?
そういえば、先生と呼ばれていた女は、蜘蛛か蜂のどちらかだと決めつけていた。
あの女は例の賊の一味で、おそらく奇襲が失敗したのは俺が現在か未来を視たせいだと勘違いしたんだ。
実際はルシオラアースのおかげで……待てよ。あの言い方からすると、普通は織神の加護で手に入る使徒は一種類だけなのか?
「すぐに返事ができないってことは、心当たりがあるのね? さあ、おっしゃい。あなたには何が視えているの?」
生体サーチを見る限りでは、おそらく御使いとやらは三種類全てスタンバイしていそうだ。だけど、それを馬鹿正直に言ってはいけない気がする。
よく考えろ。以前夢に出てきた幼い少女は、白い蛇を追いかけていた。なぜ彼女は、加護を壊されてしまったのか?
過去は蛇、現在は蜘蛛、未来は蜂。……もし、もしも、過去を覗かれては困る誰かが、口封じのために加護を壊したとしたら?
「質問があります。御使いが蛇だった場合、何か支障ってありますか?」
「蛇? あなたの御使いは蛇なの!?」
「いえ、これはあくまで質問で……」
「なぜ、なぜあなたの元に蛇が!? それは私のものだったはずなのに!! 返して! 返してよ! 私の加護を返して!!」
私のもの!? それってどういう意味?
「シャーロット! やめなさい!」
興奮した母親が、父親の制止にも拘わらず、扇子を持った手を俺に向かって振り上げた。
《敵意察知――迎撃シマス》
待っ……!
「痛い! やめて! 誰!? 殴らないで!」
スカラ! ストップ! 攻撃中止!! 母親の周囲を飛び交う銀線。それは母親が俺に対して護連星が反応するほどの敵意をぶつけてきたことを意味する。
《攻撃中止――敵意察知――警戒中――敵意察知――イツデモ攻撃デキマス》
「ば、化け物! できそこないだった癖に! これが精霊とやらの力なの? 私の加護をいつのまにか盗んだように、その力でエリオットからも盟約を奪ったのね? そんなの、親を喰らう化け物じゃない!」
加護を盗んで、盟約を奪った? 言っていることが支離滅裂だ。
幼い我が子に嫉妬して暴力を振るおうとする母親の方が、俺には化け物に見えるのに。
「エリオット様。盟約を奪われた……とは、どういう意味でしょう?」
モリ爺が俺と母親を引き離す形で間に割り込んできた。そして、極めて冷静な声で父親に疑問を問いかけた。
モリ爺の影から覗き見える父親は、母親を抱き留めながらも、その言葉を聞いて観念したように息を長く吐き出した。
「……ここ最近、精霊の姿が視えなくなった。声も聴こえない。どうやら私は、精霊との盟約を失ってしまったようだ」
えっ!? それって、俺が加護を持っていることよりも衝撃の告白じゃない?
敵と思われる存在に転生者であることがバレて、父親からはキリアム家を揺るがすような事実が明かされた。
……どうしよう。難題続出だ。
――あとがき――
おそくなりましたが更新です。
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