48 消えた盟約

 最初、父親の話は今ひとつ要領を得なかった。しかし、モリ爺がひとつひとつ質問を重ねることで、ようやく状況が把握できた。


 父親の精霊感応に異常が現れたのは、おそらく半年ほど前だ。王都から分領に戻った時に初めて違和感を覚えたという。その違和感は次第に強くなり、今は全く精霊を感知できない深刻な状態に。


 精霊が視えず精霊の声も聞こえないなら、精霊との親和性に由来する恩恵を享受できるはずもない。

 

 キリアム家当主として必須な資質を失くしたとしたら、一大事では済まない。ただし現時点では、まだ最悪の事態とは言い切れない。盟約の喪失はあくまで主観的なものであり、顕盤で確認したわけではないからだ。


「エリオット様。では、奉職神殿や王家には、この件を知られていないのですね?」


「ああ。これまでは私とシャーロットの間だけの秘密だったのだが……シャーロットの様子は?」


「ただ今確認しますので、お待ちください」


 キリアム家当主が盟約を喪失した疑いが、もし外部に漏れたら。政治的にも実利的にも多大な影響が生じること間違いなしだ。


 さすがにその辺りは、夫婦共に理解してくれていたらしいけど……本当に漏れてない? 日頃の信用がないだけに、一抹の不安が残る。


 一旦、扉の外に出たモリ爺が、すぐに戻ってきた。


「奥方様は大層興奮しておられたので、やむなくご指示通りに鎮静作用のあるお薬を服用して頂いたそうです。今はお休みになっています」


「そうか。であれば、しばらくは起きてこないだろう」


「ところで、消えた女――霊詠士といいましたか? ――とは、いつから、どの様な縁でご交流されていたのかを、お教え頂きたい」


「ティーテ女史とは王太妃陛下のサロンで知り合ったと言っていた。ローカスト公爵夫人を介して紹介されたと」


「なるほど。当初から後ろ盾がいたというわけですね。なぜ屋敷に招くほど親しくなられたのですか?」


「シャーロットはエリザの神殿詣が上手くいかないことでイラついていた。そこにつけこまれた。先祖の霊が悪霊となって妨害をしているから、エリザにスピニングの加護がつかないのだと吹き込まれたのだ」


 なんだそれ? 信じられないいいがかりだ。キリアムのご先祖様たちは、骨になってまで領地を守っているのに。


「そのような戯言を信じられたのですか?」


「まさか。私もキリアムの人間だ。会ったばかりの女に先祖を愚弄されて怒りこそすれ鵜呑みにするはずもない。しかし、シャーロットは違った。本来輝かしくあるべき己の人生が、不本意で不満だらけのものになってしまったのは、人の魂に憑りつく悪霊のせいだと思い込まされてしまった」


 不本意で不満だらけ? 豊かな公爵家の正夫人で、贅沢し放題、大好きな社交に明け暮れる毎日なのに?


「リオン、意外か?」


 内心がモロに顔に出ていたのが、父親が不意に話を振ってきた。


「ええ。てっきり王都で日々楽しく過ごされているのかと思いました。グラス地方に戻るのを忘れるくらいに」


 あっ、いけね。つい、嫌みが口からポロッと。


「ははっ。我が子から面と向かって言われるとキツイものがあるな。しかも、リオンには言う資格がある。放っておいたのは事実だからな。今まで済まなかった」


 へぇ。育児を放置していた自覚はあるんだ?


「もう過ぎたことですから。ですが、あの得体のしれない女を見過ごすことはできません。あれはキリアムに仇なす存在です」


「なぜそう言い切れる?」


「王都に来る途中で賊に襲われたときに、あの女と声音も喋り方もそっくりな声を耳にしました」


「それは確かか? 喧噪の中で聞いたのだろう?」


「ええ、確信があります。そっくり同じ声の女が二人いるなら話は別ですが。あの女がこの屋敷に入り込むようになったのはいつからですか?」


「一年以上前だ。思えば、あの女と関わってから、シャーロットは情緒がより不安定になっていったように思う」


「それでも引き離すことはできなかった?」


「手を切るように説得はしていた。しかし、聞く耳を持たなくてね。女性だけのサロンで密会を重ねられるよりはと、私の立ち合いの元で呼ぶように言ってあったのだが、それが今日裏目にでてしまった」


「裏目に出たのは今日の出来事だけではないと思います。庭園の噴水に異常が起きたことをご存じですよね? あれは誰かが呪術を仕掛けたからです。それが、あの女である可能性は十分にあると思います」


「警備担当者が石化攻撃を受けたと報告があったが、あの女が関わっているというのか?」


「はい。あの女が消えた後には呪物が残されていました。呪術がありふれたものではない以上、無関係だと考える方が不自然です。もしかしたらですが、父上の盟約が機能しないのも、あの女のせいかもしれません」


「てっきり、精霊に対して否定的な心を持ち続けたことで、愛想を尽かされてしまったと考えていたが、そうではないと?」


「はい。偶然と考えるには異常が起きた時期が重なり過ぎています。あの女が何を目的としてキリアムに近づいてきたのか。謎は多いですが、後ろ盾が大物だけに、くれぐれも用心して下さい」


「分かった。まさか幼い息子に諭されるとは思わなかったが、確かに警戒するのに十分な条件が揃っている」


「警戒ついでですが、父上と母上に、是非身に着けて頂きたい魔道具があります。風の魔道具で、常に綺麗な空気を纏い吸い込むことができるというものです」


「まるで、ここの空気が汚れているようなことを言う」


「汚れていますよ。身体によくないものが沢山浮いています。普通は視ることができませんが、自分にはその汚れがハッキリ視えます。こんなのを吸い込み続けていたら、健康を損ねてしまう」


「それは加護の力か? それとも精霊王の?」


「いえ。いずれでもなく、職業由来の力です」


「……なるほど。そなたは英雄の血を引いていたな。であれば、尋常ならざるものが視えたとしても不思議ではない」



――あとがき――

明けましておめでとうございます。

遅い時刻になりましたが、新年度初の更新です。


新年早々に天災が起こり、不安な日々を過ごされている方々も多数いらっしゃるかと思います。一日も早く復興し、皆様が平穏な日常に戻れることを願っています。


漂鳥

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