49 夢の謎解き


 翌日。目を覚ました母親にプライベートな居室に呼びつけられた。俺に大事な話があるという。無視するわけにもいかないので、モリ爺を伴って早速会いに行くことにした。


「あなたには王都にある織神の神殿に行ってもらうわ。それも、できるだけ早いうちに」


 そう言ったきり、母親は扇をかざして口を閉じてしまった。えっ!? これでお終い?


「……ご用件はそれですか?」

 

 いくらなんでも、あっさりしすぎだ。


「そうよ。もう用は済んだから下がっていいわ」


 マジか。前振りもなく神殿に行けと言われてもさ。どういうつもりだ?

 

 母親が俺を見下ろす瞳には、依然として割り切れない感情が色濃く浮かんでいるように思えた。嫉妬や不満。あるいは憤りといった類いのものが。


 まあ、ここは素直に引き下がる場面じゃない。裏を探らないと。


「神殿を訪問する理由を教えて下さい」


「理由って……そうしろという手紙が来たからよ」


「その手紙はどこに?」


「私を疑うの? そこに置いてあるから、見たいなら見ればいいじゃない!」


 瀟洒な書机の上にあった手紙を開くと、俺が王都邸に到着次第、神殿に向かわせるようにという母親への指示が書いてあった。


 差出人はスピニング家の次期当主になっている。確か母親の同母妹で、俺にとっては叔母にあたる人だったはず。


 しかし、併記された日付が二十日近くも前だ。つまり、この手紙は昨日今日届いたわけではない。


 俺が王都に来ることを知って用意周到に準備をしていたってこと?


「七歳時の神殿詣は済んでいるので、改めて神殿に詣でる必要はないはずです。あちらの目的はなんだと思われますか?」


「知らないわ。未来のキリアム公爵と親交を温めたいとか?」


「念のため確認しますが、織神の加護の件ではないのですね?」


「その手紙が届いた時点では、あなたの加護について知らなかったと思うわ」


「それはつまり、今は知られてしまったと考えた方がいいってことですか?」


「おそらくね。ティーテ先生から連絡が行ったんじゃないかしら?」


 なるほど。あの怪しい女とスピニングは繋がっているってわけか。


「まだあの女性を先生と呼ぶのですか?」


「……エリオットと同じことを言うのね。先生を信じてはいけないって。でも、あの方だけなのよ。私が加護を持っていたことを言い当てたのは。そして、私には優れた資質があったはずだと肯定してもくれた。みんなが私のことを見下して、嘘つき扱いしてきたのに!」


 そういえば、この人は昨日おかしなことを言っていたな。


『なぜ、なぜあなたの元に蛇が!? それは私のものだったはずなのに!! 返して! 返してよ! 私の加護を返して!!』


「母上は織神の加護を授かっていたのですか?」


「そうよ。幼い頃には白い蛇が視えていたわ。それが、なぜか急に視えなくなって……本来なら、私がスピニングの当主になれるはずだったのに! 王家に重用される誉れ高き家の当主に!」


「幼い頃に加護を失くした? そのときの記憶ってありますか?」


「分からない。なぜあの蛇がいなくなったのか。なぜ失ってしまったのか。肝心なことが思い出せない。覚えているのは、酷い頭痛がして、それがずっと続いて……」


「母上!?」


 様子が変だ。母親は扇を取り落とし、両手でこめかみを抑えながら床にくずおれてしまった。


「……ああ、何もかも思い通りにいかない。加護を失ったせいで家を出されて、盟約主を産めと言われて……そう、そして皆に責められた。子供一人まともに産めないのかって。可哀そうなロニー、可哀そうなエリザ。盟約も加護もあの子たちをすり抜けてしまった。そんなの、私と同じで……イヤっ!」


「母上、どうかされたのですか!?」


 母親に駆け寄り呼びかけるが、顔を伏せたまま独り言を言っている。


「誰か医師を! あなたたちは奥方様の介助をして下さい。早く奥方様を寝室へ!」


 そして、モリ爺が護衛の騎士と侍女たちに指示を飛ばしたことで、周囲が動き始めた。


「イヤ、イヤよ。どうして? 今ごろになって。……まさか、あの子が……死んでしまうはずの子が、加護も盟約も全部ひとり占めしていたなんて。……そんなの分かるわけないじゃない! それに、せっかく加護持ちを産んだのに、男ではスピニングの当主になれない……」


 なぜこの女性はこうもスピニングに執着するのか? 父親とは恋愛結婚だったはずだけど、本心では結婚したくなかった?


 弟妹を可哀そうだとも言っていた。それって、母親としての愛情があるってこと? 俺には自己憐憫のようにも聴こえたけど。


「リオン様。医師が参りましたので、ご退室をお願いいたします」


「分かった。母上をよろしく頼む」


 加護を失くしたと繰り返し嘆く母親が、寝室に引き上げていく。項垂れた様に見える姿が、不意にかつて夢に出てきた少女のそれと重なった。


 邪悪な種を額に植えられ、加護を壊されてしまった幼い少女。彼女は、母親と同じ蜂蜜のような金色の髪色をしていた。


「モリス。織神の神殿に行く手配を」


「よろしいのですか?」


「うん。招待主に会って、確かめたいことができたから」


 さて。鬼が出るか蛇が出るか。織神の神殿で何が待ち受けているのか、不安がないと言えば嘘になる。


 でも、あの夢の謎を解くには、会わなくてはならない。


 アメーリア・アピス・スピニング。おそらく彼女が鍵となる人物のはずだから。

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