13 星の砂
小さな手が銀色の砂塗れになる。思ったより軽い。見た目とは違って金属ではないのかも。
手触りは少し大きめの砂粒といった感じだけど、粒の形が特殊だった。ちっちゃ過ぎて詳細までは分からない。が、砂粒の表面は滑らかではなく、棘のような突起が幾つも生えていた。
この形は……ぱっと見が似ているものを思い出した。
家族で沖縄に旅行したとき、お土産として買ってもらった小さなガラス瓶。
凄く欲しかったはずなのに、しばらく眺めた後は、ずっと机の引き出しにしまいっぱなしだった。時折目に触れては、エメラルドグリーンの海を思い出すきっかけにはなっていたかな。
星の砂。星の子。ところ変われば、太陽の砂とも呼ばれる。瓶の中には、小さな星の子が沢山詰まっていた。
砂といっても、あれって岩石由来ではなく、原生生物が死んだ抜け殻なんだよね。その事実を知ったとき、浪漫が台無しだなんて思った。ネーミングが上手過ぎるとも。
そんな星の砂を彷彿とさせる銀色の粒を、ジッと注視してみる。
粒の大きさは、星の砂より小さいと思う。それに、もっと繊細な感じがした。
虫眼鏡とか有ればいいのに。そういえば、魔眼ってズームできたような。虫眼鏡とか顕微鏡的な使い方もできる?
《もちろん可能です》
なら、早速やってみるか。
魔眼に切り替えると、周囲の景色が一瞬で極彩色に変わる。サイケデリックに塗り替えられた世界。この状態で見てもメリットがないという理由で、今まではズーム機能を使ってこなかった。でも。
「へえ、この砂は色が変わらないのか」
依然として、砂粒は掌の上で銀色に輝いていた。そのひとつに焦点を当て、ズームを意識する。
「これって、慣れたら結構便利かな? 何かに上手く活用できたらいいのに」
少しずつ、像が大きくなってきた。
大きな丸い球に癒合する半球状の小さな球。潰れた雪だるまみたいな形をしている。
放射状に広がる突起は、大小両方の球から出ていた。思ったより数が多い。1本、2本……全部で8本ある。
小さな方の球に縞模様のようなものが見えた。更にズームしてみると、横一列に極小の球が埋め込まれているのが分かった。
中央の二つが、他より少し大きめで、全部で6個。凄く小さいのに、どれもツルっとして真ん丸な形をしている。
思ったより構造が細かそうだ。突起の先端も拡大してみよう。先が三又に割れている。それぞれが少し湾曲しているかもしれない。
まるで鋭利な爪のように見えなくも……そう。これって、この形は、どう見ても爪じゃないか? サイズは全然違うけど、以前、こういうのを見た覚えがある。どこで見た?
前世の姉と妹の金切り声が、幻聴として蘇った。取って、外に出してと上がる悲鳴。
「虫!?」
砂が掌から溢れ落ちた。シャラシャラと軽快な擦過音を立てながら。
待て。落ち着け。大丈夫だ。
形はよく似ているけど、動いているわけじゃない。這ってもいないし、飛んでもいない。だから大丈夫。たいしたことじゃないって。
『祈り続けることが大切なのです』
不意に声が聞こえた。落ち着いた雰囲気の大人の女性の声だ。いきなりの状況に戸惑いしかない。この声は一体どこから?
『そう信じて、既に10年以上の時が過ぎました。しかし、何も変わらない。このまま繰り返すことに、意味があるとは思えません』
もう一人、別の声がした。さっきより明らかに若い、少女のような声が。
『急にどうしたのです。誰かに何か言われましたか?』
『いえ、何も。ただ、期待に応えられないこの身が疎ましいだけです』
どうやら、二人の女性が会話しているようだ。
『そのような弱い心でどうするのです。真摯に祈りを捧げなければ、届くものも届きません。祈ること。それがあなたの務めです。時間が過ぎるまで、この部屋の扉が開くことはないでしょう。雑念を払い、一心に祈りなさい』
『それなら、監視をやめて一人にしてもらえますか? 見張られていては気が散ります』
『良いでしょう。それで祈りに集中できるのであれば。では、励みなさい。後ほど迎えにきます』
監視? 祈りの場のようだけど、いったいこの二人はどういう関係なんだ?
言葉通り、一人は部屋から出ていったようだ。少女のような少し高い声の女性が残った。
『今ここに在ることに感謝を』
祈りが始まった。歌うように紡がれる声に耳を澄ます。
『日輪が孤を描き 銀の円盤は満ち欠ける 星は巡り 人の世は幾星霜が過ぎ去らん』
いったいこれは、何に対して祈りなのか。
『古の栄光 試練の羽音 現し世はあまねく神意の掌上にあり』
神意。つまり、相手は神様?
『愚者は迷い 暗き道で寄る辺なく立ち尽くす。嗚呼 願わくば 我に恩情を給わ……誰? 人が真剣に祈っているのに、覗き見なんて悪趣味よ。隠れていないで出てらっしゃい!』
えっと。それってもしかして俺? でもさ、出て来いと言われても困る。こうして声は聞こえてはいるけど、それだけだ。なぜこんな状況になったのか、見当すらついていない。
これって夢? あるいは現実? その判断さえつかないのに。
『なぜダンマリなの? 監視するなと言ったのに。言い訳くらいしたら?』
——ごめん。悪気はなかったんだ。
『謝罪は聞こえたわ。どこにいるの? 姿を見せなさい』
あれ、今の? 向こうに俺の声が届いたってこと? 小さな驚きと共に、反射的にパチっと目を開いた。
ここは? ……俺の部屋だ。今度こそ夢から覚めた? 薄暗闇の中。ベッドの上で猫のように身をすくめ、丸くなっている自分に気づいた。
銀河や銀色の砂は跡形もない。天蓋はいつも通り暗く、清潔な寝具は温かく心地よい。うん、現実だ。
それにしても変な夢だったな。
サラサラと崩れていく束の間の記憶。夢の中で誰かと話した気がする。ああ、もう零れて消えてしまった。尻尾を取り逃がした夢は、追いかけることさえ難しい。さて。どんな内容だった?
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