第二章 幽明遊廊
12 銀砂の夢
一挙にいろんな情報が増えた。ありがたいことだけど、整理して記録するだけでも結構大変だ。
・絵本と勇者本に隠されたメッセージ
・職業【門番@】&嚮導神の加護&幽明遊廊
・三傑の時代と転生者を利用する組織
・転生の仕組み
・計画転生を主導したクラスメイトがいる
ちなみに、こういった記録は基本的に日本語で記載している。
安易に読まれないために。それが第一の目的だけど、使わないと忘れちゃうというのも大きな理由になっている。
あれ以来、幽明遊廊には行っていない。
待宵から得た情報が気になっていた。『肉体を持たない』が、精神生命体を指すのか、あるいは、肉体を失ったという意味なのか。
だから、調べた。それなりに時間をかけて漁ったつもりだ。
でも、幽明遊廊については、困ったことに名称すら出てこない。同じ類の場所を指す幽明境界については、妖が住む場所、死者の国との境界といった説明が見つかったが、詳細は不明だった。
待宵はずっと俺の側にいる。昼間は共にくっついて回るか、時に姿を消して周囲を徘徊しているかで、夜間は鍵章の前で番犬ムーブだ。
アイが言っていたように、他の人は待宵に気づかない。まるで空気のように、触ることすらできなかった。不思議だよね。こんなにフッサフサで、バウバウ吠えているのに。契約者である俺専用だなんて。
待宵の召喚を維持するためには、魔力を消費する。生産量に比べれば微々たるものなので、今のところ負担にはなっていない。
特に制限することもなく待宵を放牧中なのは、あの子自身がそれを望んだから。
どうやら好奇心が強いみたいで、俺の召喚に応えたのは、相性が第一だけど、いろいろな場所に行ってみたかったという動機もあるらしい。
大きな蛇やワンコな生き物。毎日戯れにくる小精霊たち。この世界に来てから、いろんなものに懐かれるようになった。
ただ、真珠色の蛇は、あの戦い以来プッツリと姿を見せていない。
あれで用が済んだから? あるいは、見るからに呪われていそうなヤバいオヤツを食べて、お腹を壊しているのか。なんのかんのいって、あの蛇には助けられたから、無事でいてくれるといいな。
「待宵、おやすみ」
『バウッ』
もぞもぞとベッドに潜った。
生まれた時からの見守られ生活で、周囲から視線を向けられるのには流石に慣れた。それでも、夜、寝室で一人になると肩の力が抜けてホッとする。
壁ひとつ隔てた居室に夜間警備の人が見回りにくるけど、このところ元気になってきた甲斐があり、寝室にまでは入ってこなくなった。
プライベートな空間で、リラックスできる夜は心地よい。覗き見が大好きな精霊たちも夜は静かだから、余計にそう感じるのかも。
滋養溢れる食事と規則正しい生活。昼間はジェイクと一緒に外で遊んで、ダイナミックに身体全体を動かすようになった。そのおかげで、昼寝さえしなければ、寝つきはすこぶるいい。今夜も、ベッドに入ったらストンと意識が吸い込まれていった。
小さな星々が、生まれては消えていく……ああ、今日もまたこの夢か。
この世界に来てから、白昼夢以外の夢をみなくなっていたのに、二週間ばかり前から、夜間に奇妙な夢を見るようになっていた。
薄明に明滅する微かな光。それが視界にひとつだけ、ポツンと現れたのが始まりだった。小さな光は、個々に集まったり散ったりしながら、点描画を描くように、日に日にその数を増やしていった。
繰り返し見る夢を不思議に思ったが、嫌な感じはしなかった。実害があるわけでもなく、寝起きはいつもスッキリしている。だから、ああまたか、今夜はまた一段と綺麗だな、なんて呑気に眺めていた。
急速に意識が浮上する。もう朝? 閉じた目蓋を透かして光を感じる。
だけど、いつもと何か違った。
晴れた日には、窓を覆うカーテンの隙間から朝陽の光条が差し込んでくる。
しかし、その程度の光では、天蓋から下がる紗布に遮られ、こうも明るくはならないはずだ。
それに、待宵以外の気配がした。この感じは、久々に奴が来たのかもしれない。
身体を横たえたまま、目をそっと開けてみた。改造生活の影響なのか、猫のように丸まって寝る癖がついている。伸びをするように手足を伸ばし、半身を起こして辺りを見回した。
「久しぶり。今度は何の用……あれ? 違った。いないじゃん」
てっきりあの蛇かと思ったのに、目を凝らしても、金色の双眸も真珠色の鱗も見つけられない。
「えっ、何この状況!?」
視界を把握するにつれて、常にない異変が生じているのに気づいた。身体の主に体幹の表面が、正体不明の砂のようなものに塗れているのだ。
「銀色……の砂? いったいどこから?」
身体を起こすと、シャラシャラと音を奏でながら、微細な粒子が零れ落ちた。月の色に似た柔らかな光が弾けて、とても現実とは思えない光景だ。
それに、ベッドの上がやけに明るい。この砂が一因なのだろうけど、それだけじゃない。
頭上を見上げた。
「うわっ、宇宙かよ!」
いつもなら薄暗い天蓋裏がやけに遠く感じて、そこに小銀河が広がっている。注意深く見つめていると、スーッと糸を引くように、あるいは、垂直方向に走る流星のように、小銀河の中から小さな光が落下しているのを捉えた。
ああやって上から落ちてきて、ここまで積もったってこと? でもあの銀河って、本物じゃないよね? 実はまだ夢の中なんてオチだったりして。
そう思ったのは、今日に限って気分がフワフワしていたからだ。現実感を伴わない不思議な心持ちで、身体に纏わりつく砂粒を手で掬った。
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