02 危険な存在

「考えが至らず申し訳ありません。リオン様は存在自体が恐れ多く、弟の態度もそれが原因だと思い込んでいました」


 ジャスパーも、ジェイクの俺に対する怯えには気づいていた。ただ、その理由については想定外だったようだ。


「ジェイクは、おそらく酷く混乱している。幼いなりに培ってきた価値基準が、グラグラと揺らぎ始めたっていうのかな。生え変わりを知らせる乳歯みたいにね」


「確かに弟は、今までは年齢相応に子供らしく育ってきたと思います。このところ随分と大人しいなとは思っていましたが、価値基準の揺らぎですか」


「背格好は同じくらい。身体能力は、現時点では俺の方が負けている。それに、ジェイクは”視えていない”」


 発育不良の俺と健康優良児のジェイクは、身長があまり変わらない。俺の方がほんのちょっと目線が高いだけだ。

 加えて、ジェイクの方が骨太というか、体格はしっかりしているし、筋肉もついている。


 計算したわけじゃないけど、身長に関して言えば、俺って成長曲線の−2SDギリギリに入ればいい方。こればっかりは、今後に期待するしかない。


 ちなみに、とても悲しいことに、同年齢の俺とジャスパーは10センチ以上身長が違う。もちろん、高いのは向こうだ。


「やはり、そうですか。……なるほど、仰る通りかもしれません。私が、いえ、我が家の責任でもって必ず教え諭しますので、今しばらく、お時間をいただけないでしょうか?」


「いや、無理に教え込まなくていいよ。ジェイクは自ら周囲の状況に気づいた上で警戒している。つまり、あの年齢にしては敏いってことだ。焦って成長を促さなくても、自然と、あるべき方向に向かうんじゃないかな?」


 ジェイクにとって俺の存在は、自分と同じような身長で、自分より細くて弱々しいのに、実は兄と同い年で、周りの大人から「親しくするのはいいが、馴れ馴れしく話しかけてもいけないし、乱暴なんてもってのほか」といった、無茶な要求をされる厄介な相手だ。


 下手を打てば大人たちに叱られる。だから、どう接していいか判断がつかなくなって、めっちゃ警戒した。


 長い間、心強い庇護者であった兄の後ろから、俺をジッと観察していた。きっと、コイツはなんだろうって懸命に考えていたのだ。

 言い換えれば、今まで培ってきた価値基準で安直に判断せずに、それを更新しようと努力していたことになる。


 それでも答えは出なくて、彼にとって俺は理解できない危険な存在のままだった。


 その最中に、盾役の兄が不意にいなくなり、彼にしてみれば身ぐるみ剥がれたような無防備な状態になって、プチパニック的に戸惑いや不安に襲われた。咄嗟に隠れる場所を探したくなるほどに。


「ジェイクは、本来は活発に動くのが好きなんだよね?」


 わざわざ確認したのは、この年頃の男児って概ね2つのグループに分けられるから。それによって、今後の対応が変わる。


「はい。仰る通りです」

「それなら、今の環境……俺の生活に合わせてもらうのは、彼にとって益々負担になってしまう。そこを変えようと思ってる」


 ひとつ目は、車や電車、ブロックの組み立てなどを好み、マイワールド妄想を広げて創作にのめり込む、静かで一見すると大人しいグループ。


 好きなことを好きなようにさせていれば、勝手に架空の空に羽ばたくが、自分なりの拘りという頑固な面がある。


 もうひとつは、ヒーロー戦隊や、チャンバラごっこなど、戦いや競争を好むヤンチャなグループだ。彼らは、勝ち負けに拘り、元気に走り回るし賑やかだけど、概して落ち着きがない。

 だから、じっとしていろと押さえつければ、それ自体が大きなストレスになる。


 俺の場合は前者だった。でも、話を聞く限りでは、ジェイクは後者に属する気がする。


「それでは立場が逆です。私も弟もリオン様にお仕えするためにここにいます。我々のためにリオン様が譲歩されるなんて、あってはならないことです」


「何も大げさに考えなくていいよ。現状、同じ部屋にいるだけで緊張したり、不安になったりするようでは、意思の疎通を図るのも厳しい。でも幸いなことに俺たちは子供だ。共に遊べば、自然と互いの存在になれるさ」



 有言実行とばかりに、ジェイクと二人っきりで過ごす時間を増やして、俺は怖くないよアピールを続けてみた。そうしたら。


 一カ月くらいかな。彼の目の色が、期待するような、一緒に遊んでもいいかなって風に変わったのは。


「今日は何して遊びたい?」


 四歳児に付き合って遊ぶのは、実はそれほど苦にならない。幼い妹やその友達を相手に遊んだ経験はあったし、親戚が集まると、俺や姉がちびっ子たちの子守をさせられたから。


 まずは拙い主張を聞いてあげる。それが大事。


「えっと、なんでもいいの?」

「いいよ」


 この年頃は、自分のことで頭がいっぱいだ。気まぐれで意識が向かう先が次々と変わるが、そこはね、遊びのアイデアを出しつつ、柔軟に対応していく。


 季節柄、雨降りや東からの強い風が吹く日が多い。だからこそ、天気が良く晴れた日には、進んで外に飛び出した。


 かけっこ、木登り、虫捕り、隠れんぼ。最近は、ごっこ遊びへの興味が出てきたようで、騎乗ごっこ、探検ごっこなんかもするようになった。今日はなんて言うかな?


「らんぼーなことでも?」

「乱暴なこと? 例えば?」


 なんだろう? 取っ組み合いだと明らかに俺に分が悪いし、さすがに護衛が反対するかもしれない。


「ゆうしゃごっこ! けんでたたかって、わるいまものをやっつける!」

「勇者ごっこか。いいね! 剣は模造剣がどこかにあ……ん? 勇者だって!?」


 ちょっと待て。


 勇者、勇敢なる者。直訳すればそうだ。だけど、今のセリフのニュアンスって、単に勇気がある人間を指しているわけではない気がする。


 だって、この世界には本物の英雄がいるのだ。


 書籍や絵画で語り継がれる彼らの超人的な逸話は、誇張はされていても、リアリティに基づいている。そして、その呼称は英雄で統一されていた。


 今まで勇者なんてどこにも、そう、どこにもそう呼ばれた人物、あるいは職業なんて見聞きしたことはない。その言葉が、いったいどこから出てきたのか?


「ジェイク、教えてくれる? 勇者って、どんな人? どこにいて、何をしたか分かるかな?」

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