03 勇者と絵本
「わるいまものがいっぱい!」
「りゅうもいた!」
「ゆうしゃがやっつける!」
とりとめのないジェイクの話をまとめると、以前、家族と一緒に観た劇の主人公が、勇者という役柄だったらしい。
四歳児からこれ以上の情報を得るのは厳しいと判断して、ジャスパーに詳しく話を聞いてみることにした。
「去年の収穫祭の話ですね。王都から芝居小屋が巡業に来ていて、その演目に勇者の物語がありました」
「勇者って実在するの?」
「いいえ。架空の人物だと思います。確か、王都の人気作家が書いた空想冒険譚を元に、芝居の脚本を作ったと言っていましたから」
「冒険譚。つまり、読み物ってことだよね? 手に入るかな?」
「はい。お時間を頂ければ、王都からお取り寄せ致します」
「その作家がどんな人物なのかも知りたい。急ぎではないので、キリアム家を極力表に出さないようにして、目立たないように動ける? それが厳しいようなら、無理してまで手に入れる必要はないから」
「心得ました。そのように手配致します」
約一カ月後。
一冊の立派な本と、三冊の薄い絵本、そして一枚の紙に簡潔にまとめられた調査報告書が届いた。
『剣笛の勇者モーヤン・サークル』
まずは芝居の元になったこの厚めの本から。カラー版画による挿絵入りの装丁本は、表紙が箔打ちでキラキラしていて、どう見てもお高そうな仕上がりだった。つまり、富裕層向けの書籍ってことだ。
但し、挿絵も文章も版画だから、そこそこの部数を刷っていると予想される。実際に、入手するのは簡単だったと聞いている。
「じゃあ、ざっと読んでみるか。まずは目次から」
目次に目を通してみたら、親切なことに、巻末に「本作のあらすじ」という見出しがあったので、そのページを開いてみることにした。
~本作のあらすじ~
『中央大深林に接する小国が、魔物の大規模な襲撃を受けて壊滅する。
国王と正妃は死亡、王太子は行方不明。第四王子である幼いモーヤン・サークルは、あわや魔物に殺されそうになるが、実母である側妃の秘技により、三羽の烏に運ばれて逃がされる。
運良く警邏中の隣国の第三騎士団に拾われ、自分が何者かの自覚もないまま、彼は連れていかれた神殿で四人の孤児と共に養育される。身元に繋がる品は、母の形見となった「五龍笛」と呼ばれる一本の横笛だけであった。
七歳になったモーヤン・サークルは、【勇者】という、剣武に優れ、魔物の討伐を得意とする職業を授かった。
神官兵としての厳しい修行の末、剣技と横笛の演奏という二つの分野に優れた美しい若者に成長した彼の元に、見知らぬ人物が訪ねてくる。
その人物は、モーヤン・サークルが亡国の王子であることを明かし、六六個の国宝の内、第三位とされた宝剣「五芒星剣」を手渡すと同時に、異母兄の王太子の生存と、彼の率いる二つの軍団が五本角の魔物を首魁とする魔物の群れとの闘いで劣勢であることを告げた。
モーヤン・サークルは、異母兄に助力するために、今は魔物の支配下にある亡国へ向かう。旅の途中、大きな橋の上で、剣狩りのバルブ・ジョイという無頼漢に六六番目の標的として襲われるが、返り討ちにして家来にする。
数々の冒険の後、やがてモーヤン・サークルは、魔物討伐の先陣に立ち、二頭の地竜と、三四頭の飛竜、七六五匹の魔狼を血祭りにあげ、遂には魔物の王を討ち滅ぼすことに成功する』
うーん。
予想と全然違った。俺ツェェ系の勇者ストーリーを期待していたのに、どうもそうではなさそうだ。これだと、前世の児童向け図書にありそうな設定だ。
ただし、注目すべき点が二か所ある。
ひとつは【勇者】という職業で、もうひとつは「本作のあらすじ」の下にある但し書きの一文だ。
『※この作品は空想に基づくものです。登場する人物・国名・街名・団体・名称・職業等は全て架空であり、実在するものとは関係ありません』
前世では書籍のみならず、メディア系の作品でもよく見られた文言だけど、こういうのって、情報化社会ならではの但し書きでは?
いったいこれは、誰に対する断りなのか? この世界の書物にある違和感。米印の記号なんて特に変だ。少なくとも、今まで読んだ本では見た覚えがなかった。
凄く怪しい。
「えっと、作者は……」
調査報告書によると、サウザー男爵夫人という成人女性とある。王都在住で、王宮に勤める法衣貴族の夫人だ。年齢は非公開。推定20―30代で、伴侶との間に子供が一人。
作家デビューは七年前で、代表作は恋愛小説。勇者三部作は比較的新しい作品のようだ。
どれも長編小説で、この本を含めた既刊の著作物のタイトルが並んでいる。
・恋愛小説 王宮を舞台に恋の駆け引きが繰り広げられる物語
『光の王子オリジン・ライトの華麗なる恋愛遍歴』
『恋多き宮廷女官レディ・ファウンテン』
『月の国の姫君と五つの秘宝』
・勇者三部作 職業【勇者】を授かった若者の数奇な運命と活躍を描く冒険譚
『剣笛の勇者モーヤン・サークル』
『朝日の勇者ウッディ・ジャスティス』
『神羅弓の勇者オーバジン・ギブワン』
「ねえ、モリス。作家として活躍する貴族夫人って珍しい?」
「いえ、決して多くはありませんが、他にもいらっしゃいます」
「そうなんだ。でもさ、貴族女性が冒険譚なんて、よく書こうと思ったよね」
「冒険譚はさすがに珍しいです。大抵は教養本や恋愛物語ですから」
やっぱり。
貴族で女性で、更に王都住まい。身軽に旅行に行ける環境でもない。ネットという便利ツールがないわけだから、小説を書く上で資料を集めたり、人から話を聞いたりするのだけでも大変だろう。
「こんな風に架空設定を売りにした、伝承や史実に基づかない作品って普通にあるの?」
「類を見ません。それゆえに、王都の人々には新鮮に映ったのだと思います」
「なるほど。それが人気の理由なのか」
そして、長編作品の合間に、子供向けの絵本も出している。それが今手元にある三冊だとか。
「ふぅん。どれも主人公は
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます