04 アイロン掛けの際の諸注意
おいっ! なんだよこれ。
手元にある三冊の絵本。そのタイトルがヤバかった。
『猛獣使いピーチボイと三匹の魔獣』
『熊騎兵ゴルド・タイムと黄金の斧』
『亀騎士ベイ・アイランドが行く海の宮殿』
内心の動揺を抑えつつ、順番に絵本をめくり始めた。流し読みだが、その内容は概ね予想通りと言っていいものだった。
ピーチボイは川を流れてきた大きな果実から生まれている。ゴルド・タイムが育ったのはアーシ王国のガラガラ山で、ベイ・アイランドは禁断の箱を開けて白い髭の生えた爺になった。
うん、アウト。スリーアウト・チェンジ。露骨過ぎだってば。
中途半端な英訳テイストの名称に加えて、近代児童書的なタイトル改変もしてある。こんなアレンジができるのは、日本の昔話や翻訳系の児童書を読んで育った世代の転生者、つまり現代日本人しかいないと思う。
クラスメイトの誰かである可能性は?
当然あるね。ただ、初版が七年前だというのが引っかかった。
俺同様に言語チートを持たないで生まれたなら、言葉の分からない乳飲み子が本の題材を提供したことになる。
それって到底無理な話だ。となると、俺たち以外の別グループの転生者と考えた方が自然かなぁ。
でも、あのとき……俺だけ出遅れたんだ。
次々と、躊躇なく門に飛び込んだクラスメイトたち。あの暗闇の空間に取り残されて、門を潜るまでに、一人だけ長いタイムラグがあった。
時間感覚なんてすっかり麻痺していたから、どれくらいの時を浪費したのかは、実はよく分かっていない。
空腹や口渇感は生じなかった。それが、単に時が過ぎていないせいなのか、あの空間が身体的欲求が抑制される場所なのかで、だいぶ話が違ってくる。
この世界にいるはずの彼らは、果たして俺と同じ年齢なのか?
その点については、前々から検証が必要だと思っていた。時に遭遇する地球由来の文化に違和感があったから。
例えば、南部料理の創始者パミリー・マート。現代日本の食文化を再現しているのに、この世界では何世代も前の人だった。
地球と異世界の時間経過の差異。あるいは、転生に際して生じるズレ。そういうのがありそうなんだよね。
それにしても、不用心だよな。こんなの目立ち過ぎる。
自ら転生者だとカミングアウトするような本を、次々と出版するなんて。危機感がないのか、あるいは、うがった見方をすれば、他の転生者を釣りあげるための撒き餌的なもの、いわゆる転生者ホイホイなのか。
パラパラと、繰り返し絵本を捲る。
多色刷りの版画のできがいい。質感的に木版画かな? 活版印刷は見かけたことがないし、シルクスクリーンなんて、おそらく遠い未来の話だ。
挿絵の一枚に目が留まった。
亀騎士ベイ・アイランドが、大きな亀に乗って訪れた海底宮殿で、歓待を受ける光景が描かれている。
流し読みした時は綺麗な絵だなとしか思わなかったが、よくよく見れば、気になる点が見つかった。
最も目を引くのは、青海波にそっくりな青い扇形の波だ。
交互に積み重なる規則的な波紋は、繰り返し打ち寄せる波の動きを表現しているはずだ。
その紋様の上で演奏する海の生き物や、舞い踊るオリエンタルな衣装の女性たち。
踊り子たちを彩るように、背後に花が咲いている。
「これ、狙いすぎだよ」
五枚の花弁は薄桃色に染まり、それぞれハート形をしていた。
「サクラ」
日本人の郷愁を誘うのに最も相応しい花。春になれば、誰もが見上げて満開の枝の下に集う。
『美しい珊瑚華が咲く中で、目にも鮮やかな六三匹の紅魚と、五三匹の白魚、七六匹の虹色の幼魚が、群れをなして踊っています。
それに負けじと、六六枚の貝が鈴を鳴らし、一三匹の亀が大小の太鼓を打ち、三三匹の海老が琴を奏でました』
添えられた文章に、不揃いな数字が目立つ。そういえば、さっき読んだ『剣笛の勇者モーヤン・サークル』のあらすじもそうだったな。
「この本を、寝室に運んでほしい」
「お昼寝をなさいますか?」
「うん。ちょっと休みたい気分なんだ」
思うところがあり、寝室に移動した。一人っきりになりたかったからだ。
昼寝のためという名目上、大人しく寝巻きに着替えさせられて、人の気配がしなくなるまで、しばらく待った。
そろそろいいかな?
締め切られたカーテンを、明り取りのためにひとつだけ開く。
書き物机の上で本を開き、筆記用具と紙を取り出して、曖昧な記憶を頼りに表をひとつ作り始めた。
「……できた。まずは試しに亀騎士からだな」
本から抜き書きした数字と自作の表を照らし合わせる。
『63 53 76 66 13 33』
63は、「き」あるいは、縦横が逆なら「ね」に変換される。53は「け」または「つ」。
……うんうん! 意味のある言葉になりそうだ。これって当たりじゃないかな。
そして、全ての数字を解読するとこうなった。
『き け ん み は れ』あるいは『ね つ し み よ れ』
これを意味が通るように書き換えてみた。
『き け ん み は れ』=危険見張れ または 危険身バレ
『ね つ し み よ れ』=熱染み撚れ
まあ、前者かなぁ。後者は「アイロン掛けの際の諸注意」みたいな感じだし、暗号にするにしてはおかしいから。
そうなると、『危険見張れ』か『危険身バレ』のどちらか。
ただし、偶然の一致の可能性も否定はできない。他の本を解読する必要が出てきたぞ。
でももし……もし『身バレ』が正解で、転生者であることが露見することを指しているなら。
この本が書かれた背景について、よくよく考えなければならない。だって、おかしいから。転生者ホイホイ的な本に、相反するメッセージが仕込まれているなんて。
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