15 花畑の秘密
「これだけやけに発育がいい。なんでだ?」
あれ以来、不定期に幽明遊廊に入っている。
門を起点として、円弧を描くように探索範囲を広げているが、今のところ似たような景色が続いていた。
緩やかな起伏がある地形で、必ずしも見通しがよい場所ばかりではない。加えて、どこもかしこも花畑だ。【門番@】の職業特性で門の位置が把握できなければ、迷っていたに違いない。
「おっ! なんだあれ? 何か飛び出てる」
そして今日。小さな丘を登り切って頂上に立ったとき、眼下の花畑に今までにない変化を見つけた。
それが、この黄色い花だ。
遠くから見たら黄色い柱のように見えていた。丘を駆け下りて近づくと、それが、俺の身長ほどもある背の高い花だと分かった。
他の花々は膝丈を越える程度の高さで群生しているのに、目の前の花は、花穂が槍のように長く伸びている。
地面から垂直に立ち上がる花穂には、マメ科の花に似た蝶形花が鈴なりに咲いていた。ぱっと見では、藤の花を逆さにしたような花姿だ。
あたりを見回すと、周囲にも同じ形の花がある。ただこれだけが、やけに大きい。一回りどころか親子ほどに大きさが違う。背が高いだけでなく、花そのものも大きくて、それを支える茎も相応に太かった。
「君に触ってもいい?」
特別な存在感を示す花に、星の王子様ばりに話しかけてみる。
情念花であれば、なにかしらの想いを抱えているはず。これだけ大きければ、ワンチャン会話できるかも、なんて期待したんだけどね。残念ながら返事はない。だったら。
手を伸ばし、指先で花弁にそっと触れてみた。
『オマエノモノハ オレノモノ』
「うおっ! 喋った!」
そしてセリフが少し長かった。いつもなら一言なのに、この花に限っては呟きが短い文章になっている。しかも、妙に俺様的な。
ここは、きっちり答えてあげなきゃだ。
「いいや。俺の物は俺の物だ!」
そう断言すると、まるで俺の返事に抗議するように、花全体がプルプルと震え始めた。
え!? 怒った?
花弁が生き物のように動いて、開いた花が閉じていく。まるで逆再生を見ているかのように、密に咲く全ての花が蕾に戻り、まさに槍そのものといった形に変化していった。
この現象に、どんな意味があるのか? 新たに発見した花畑の秘密というか謎。花の行く末が気になって、その場にとどまり観察を続けることにした。
変化は目に見える速さで進んでいった。
尖っていた花穂が形を変え、先端に蕾が寄せ集まって風船のように丸く膨らんでいく。それが子供の頭くらいの大きさになったとき、花穂がパチンと弾けて、花と同じ色をした靄が広がった。
丸い形を留めた靄は、徐々に一点に収束し始め、何かの形を取り始める。
「蝶々?」
キラキラした鱗粉を振り撒く大きく透明な羽。蝶の羽に形がよく似ている。
でも、少し立ち位置をずらして見たら、黄色っぽい身体の部分が虫のそれではなく、人型に近い形をしていることに気づいた。手が二本に、脚が二本。顔には円らな目が二つ。頭のてっぺんに小さな花が咲いている。
《蝶ではありません。おそらく妖精です》
「妖精!? この子が?」
妖精、フェアリー。ファンタジー小説のレギュラー的な存在。その誕生シーンを目撃したことに、少なからず心が浮き立つ。
《妖精は、人の情念が凝って形作られた妖の類です。人の姿を模しているのは、それ故だと考えられています。どうやら、大きく育った情念花から生まれるようですね》
黄色い妖精は、羽をパタパタと動かして旋回しながら、俺の目の前に飛んできた。
『トモダチ?』
おおっ! 向こうから話しかけてきた。俺様だけどフレンドリーなの?
小さな妖精が首を傾げる様は、幼い子供のようであどけない。
「友達になりたいの?」
妖の類であっても、友好的なら友達になるのもやぶさかではない。ただ、もうちょっと性格を知っておきたいかな。
『オマエ トモダチ』
「そっか、随分と積極的だね。嬉しいけど、まだ知り合ったばかりだから……」
『オレノ トモダチ』
「じゃあ、仲良くなれるように、じゃあ、これから親睦を深めて……』
『オマエ オレノ』
「は? 人の話聞いてる?」
『ゼンブ オレノ』
『ミンナ オレノ』
『ダカラ オマエモ オレノ』
……言葉が通じるようで通じない。これって、会話は無理なのでは? わけが分からない。
結局、自称友達の妖精と共に探索を続けることになった。だって離れてくれない。俺の周りをフラフラと飛びながらながらついてくる。
さて。運がいいのか悪いのか。その後、他の色の妖精にも遭遇した。
どうやら妖精は、母体となった情念花の特徴を受け継いでいるようだった。緑色の妖精は嫉妬深く、赤い妖精は怒りっぽくて、青い妖精は悲観的といった具合に。
元が人の情念であるが故に、拙いながらも人語を話す。でもやはり一方的で、残念ながら会話は成り立たなかった。
『ゼンブ モラッテヤル』
『ズルイ オマエ ズルイ』
『ケ ケ ケシカラン』
上から順に黄、緑、赤である。彼らは人から生まれたせいか、人への関心が高いようで、どの妖精も俺に何か訴えるために近づいてきた。
うるさい以外に実害はない。相手をしても埒が明かないので、構わず先に進むことにした。
「おっ、そろそろか?」
足元には競うように花が咲いている。
こんな風に、足の踏み場もないほどに花が増えたとき、あの現象――七色の花が散ってからの黄昏化が起きる。
以前、それに伴って謎の一行が現れた。待宵に聞いたところ、彼らは冥界の住人だという。幽明遊廊を通って冥界と顕界を行き来することはあるが、生きている人間に害を及ぼすことはない……らしい。
門番という立場からすると、彼らはお客様だった。大事な資金源なのである。門の管理台帳を見ると、通行料金の徴収金額が少しずつ増えていた。
「きたきた」
周囲の花が一斉に浮き上がってくる。
すると、俺をストーキング中の三匹の妖精たちが、妙に落ち着きなく、ソワソワし始めた。
あれ? もしかして。花と一緒に昇華するのか?
しばらくの間、妖精たちは上へ引っ張られるのに抵抗する素振りを見せていたが、ついには花の勢いに呑まれ、蝶の羽をパタパタさせながら、ゆうるりと天に昇っていった。
「達者でな! ちゃんと昇華しろよ!」
俺の声が届いたのか、三匹の内で最も絡んできた黄色い妖精が振り向いた。
それに笑顔で手を振ると、意外なことに妖精も手を振り返してくれた。
ははっ。ちょっとは友達になれたのかな?
やつのことだから『アイルビーバック!』とか言って、すぐに戻ってきそうだけどね。
なんて上空を眺めていたら、去り行く妖精からポトッと何かが落ちてきた。慌てて両手を広げたら、辛うじて地面に落ちる前に受けることができた。
ビー玉? 丸くてサイズ的にはそれくらいだ。でも、小さな珠は澄んだ透明で、キラキラした白い光を内包していた。
「なんだろうこれ?」
『バウッバウ! バウバウ! ウウウゥゥッ! バウバウゥ!』
《『妖精の珠』あるいは『昇華珠』と呼ばれているもので、昏い情念を克服した陽の精神エネルギーが宿っています。が、エネルギー量としては小さく、それだけでは大した役には立たないそうです》
ふぅん。でも、いいじゃないか。
「綺麗なお土産をありがとう!」
既に奴の姿は見えなくなっていたが、空に向かってもう一度手を振った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます