10 三傑の名前
では改めてお願いします。
——じゃあ、昔話を始めるね。まずは前提から。三傑と呼ばれた人達の名前って知ってる?
「建国伝説としてなら。英雄王アーロン・ベルファスト、救世の聖女リリア・メーナス、稀代の精霊使いルーカス・キリアムの三人です」
——その三人の関係は?
「詳しくはないです。知っているのは、建国にあたっての共闘者ということだけですね」
——やっぱりその程度の認識かぁ。誰かが正しい記録を残してそうなものだけど、隠蔽されちゃってるのかな。
「それって、表に出ていない事実があるってことですか?」
——まあ、そうだね。僕たちには、なかなかに複雑な背景がある……んだけど、その話は今はいいか。それより、君が気になっている話題にしよう。ぶっちゃけると、三人とも転生者なんだよ。それも日本からの。
「そうなんですか!?」
初代様が転生者であることは知っている。以前「警戒MAX」なんて表現を使っていたから、日本人かな位には思っていた。だけど、三傑全員がそうだなんて予想を上回る。
——うん。アーロンは、
皆さん、同時に転生されたんですか?
——ううん。こちらで生きていた時代は被っているけど、全員が違うタイミングで転生している。
そうなんですか? それってかなり意外です。
――だよね。なにしろ、あの時代はめちゃくちゃだった。石を投げれば転生者に当たる……は、さすがに大袈裟だけど、転生者がいつになく多かったのは事実だ。ところで君は、三人の名前を見てどう思った?
「そうですね。珍しい苗字だな、としか」
——まさにそこなんだよ。苗字だけでいいから、君も含めた四人の名前を並べてみるといい。共通点が見つかるから。
「では、ちょっと書き出してみますね」
ベッドから抜け出して、書き物机に戻った。
「カタバミって、植物の片喰ですよね? 家紋にもなってる?」
ハート型の三枚の葉が特徴的な根性がある雑草で、コンクリートの隙間にも生えてくる。それをモチーフにした片喰紋は、武家に好まれたメジャーな家紋だ。アレンジされた派生タイプの家紋も多く、咲良家の家紋も剣片喰だった。
——そう。シロガネは、色名の白に金属の銀、ユラは、自由のユウに、良い悪いの良いだよ。
ノートに少し大きめに、それぞれの漢字を書く。
片喰 白銀 由良 咲良
共通点ねぇ。俺と初代様の苗字はよく似ている。良と書いて「ら」と読むところが全く同じだ。
あれ? 白銀さんの銀や片喰さんも喰の中にも、良の部首である「艮 (ねづくり・こんづくり)」と同じ形があるな。
——気づいた?
「共通点は『艮 』ですか?」
——正解。「艮」は「うしとら」とも読むんだ。陰陽道で鬼門とされる、北東を表す漢字でもある。
「つまり『うしとら』は丑寅ってことで……まてよ? 確か辰巳も方角を表したはず」
——辰巳って、一緒に転生した子?
「そうです。クラスメイトでした」
丑寅、辰巳。まさか? 急いでノートに方位を表す放射状の線を描いた。
360度を12等分するから、時計でいえば1時間ごとに線を引けばいい。そこに順番に十二支を当てはめていくと、干支による方位図が完成する。
12時が北で「子」で始まる。時計回りに進んで1時が「丑」、2時が「虎」ときて、3時は東で「卯」。北東はちょうど丑と虎の間を通るから「丑寅」と表せる。
同じように干支を振っていくと、南東が「辰巳」で、南が「午」、南西が「
確か、未申は坤、戌亥は乾とも書くんだよ。
今書き込んでいるのとは別の、古いノートを机の引き出しから取り出した。忘れない内にと、以前、咲良理央の記憶を日本語で書き留めておいた内の一冊だ。その中から、転生の場にいた八人の名前を記載したページを開く。
◆青門
◆赤門
◆白門
◆黒門
……やっぱりだ。ちょっとまとめてみるか。
今使っているノートに彼らの苗字を写して、更に方位を書き足した。柳は木偏を無いものとすれば「卯」になり、小酒部は酒に着目して、サンズイを除くと「酉」といった具合に。
◆青門
柳 ——卯——東
小酒部——酉——西
御子柴——子——北
杵坂 ——午——南
◆赤門
左坤 ——未申(坤)——南西
乾井 ——戌亥(乾)——北西
◆白門
辰巳 ——南東
◆黒門
咲良 ——丑寅(艮)——北東
見事に各人に八方位が当てはまっている。さすがに、これが偶然だったら驚きだよ。
——へぇ。君は八人揃っての転生だったのか。
そうですけど、人数に何か意味があるのですか?
——おおいにある。転生様式の目安になるからね。実は、この世界に来る転生者は、大きく二通りに分けられる。ひとつは、なんの因果か、集ってはいけない時と場所に、偶然、転生に必要な因子が揃ってしまったケースだ。
「転生に必要な因子。それって何ですか?」
——正確には、特殊な方位術式を起動しうる因子を持つ人間と言えばいいかな。因子は全部で八種類あって、名前の共通点は、おそらく偶然ではない。特定の因子を受け継ぐ家系を表しているのかもね。そして、八つの因子が特殊な条件下で揃うと、起動キーとして機能して、時空間の壁に穴が開く。
「でも、八つ全部が揃う確率って、とてつもなく低いのでは?」
共通点があるといっても比較的珍しい苗字が多いし、数多いる人の中では、ごく少数になるはずだ。それを八つもだなんて、探すのさえ難しい。
——普通はそう。でもね。確変しちゃうときがあるんだ。地球とこの世界の距離は一定ではない。近づいたり遠ざかったりしていて、二世界間の距離が極めて接近している時期には、牽引力のようなものが働く。そのときは、起動キーが不完全な状態でも、術式が発動してしまう。僕たちが生きていた時代が、まさにそれでね。
そういう理屈なら、一度に大勢の人が集まる場所であれば起こりうるのか? 大きなイベント会場やターミナル駅、繁華街、そして……学校とか。
「必ずしも、八人揃わなくていいってことですか?」
——そう。ただその場合、術式が酷く不安定だから、転生による職業の授与が中途半端になったり、失敗したりするリスクが大きくなるみたいだ。
卯田さん……この世界ではマートさんか。彼は、職業による能力が使えなくて、転生当初はとても苦労してたよ。
なるほど。偶発的な転生は、上手くいくとは限らないわけだ。っていうか、マートって、パミチキを広めた人だよね? 転生が上手くいかなかったのに、屋台から身を起こすなんて、凄く逞しい人だったのかも。
——うん。彼には、バイタリティと人間的な魅力が凄くあった。南部地方に転生者が集まってきたのは、彼ともう一人、稲作を普及させた庄子さんの功績だね。
ああ、やっぱり。南部には転生者が多くいる。そして、そうなるべき理由があった。もしかすると、クラスメイトの連中も食文化に惹かれて来ている可能性もあるのか?
――彼らみたいに、偶発的に転生したり、巻き込まれたりした人は、割とまっとうに生きている。問題は、もう一つのグループだね。
それって、どんな人たちなんですか?
――もうひとつはね。条件を完璧に整えた上で、計画的な転生をしてきた連中だ。
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