08 第一日目の月


 【施錠】と唱えた途端に、歪な形をしていた穴が一か所に収束していく。渦を巻いて縮まっていくのだ。どこまで小さくなるかと眺めていたら、直径十センチほどになったときに、黒い円盤状のもので蓋をされた。


 これはなに?


 不思議に思って円盤をじっと見つめたら、鍵章けんしょうという概念が滑り込んできた。


 鍵章は、門の役割を果たすと同時に、セキュリティ的な役割も備えているらしい。マットな黒い円盤の表面には、門の直接の作製者である待宵にそっくりな、ワンコの頭部が浮き彫りになっていた。


「おおっ! 目が光った。なんか格好よくない?」


 彫刻の獣の瞳に光が宿った。


 瞳の色が、金色、青みがかった銀色、赤みが強い銅色に、繰り返し移り変わっていく。美しい輝きに見惚れながら、鍵章に触れてみた。そうしたら。


「わっ、噛んだ!?」


 レリーフの待宵の顔がニュッと立体的に飛び出してきて、鮮やかなピンク色をした口腔内が見えたと思ったら、俺の手をパクッと噛んでいた。


 突然のことに驚いたけど、甘噛みで痛くはない。でも、早くしろと何かを急かしているのが伝わってくる。


「えっと、目の色が定まらないのは、管理者である俺の承認待ちだからか。決めなきゃいけない項目があって、それは何かといえば……は? 通行料金の承認!?」


 通行料金。それが意味するところは、門を通る際にお金を取るってことだ。でも、誰から徴収するの?


 俺が払う……わけじゃないよね。よかった。能力を使うたびに使用料を払うなんて無理だから。だって、お金なんて一枚も持ってない。そもそも、この世界に来てから、自分で買い物をしたことがない。


 さっき、幽明遊廊は幽明境界の住人や肉体を持たない者の前庭的な場所だと言っていた。そういった存在が、料金を払って俺が作った門を出入りするってこと?


 幽明境界の住人も気になるけど、肉体を持たない者って、いったい何を指すんだろう?

 パッと思いつくのは、精神生命体、エネルギー生命体、あるいは幽霊ゴースト


 この門は俺の部屋、それも寝室に繋がっている。自分が寝ている傍で、門から得体の知れないものがポコポコ飛び出すなんて。


 ホラーかよ!


『バウッ、バウウッ!』


「待宵、どうしかした?」


 再び何かを訴えるように、急に吠え出した待宵。残念ながら、やっぱり意味が分からない。アイ、通訳をお願い。


《課金して門のランクを上げよう! だそうです》


「ちょっとまって。門への課金って……ああ、そういうことね」


 追加情報が来た。門にはランクがある。現在は小門で、必要最低限の機能しかない。従って、通行料金は最低価格になる。


 ちなみに、通行料金の価格設定は、門の機能拡張を伴わなければ、ワンコイン定額制の基本料金で、「キル黄貨」「キル蒼貨」「キル緋貨」という三つの貨幣の中から、門のランクに合わせて支払う。


 と、ここまでは分かったが、肝心のキルなんとかの貨幣価値が分からない。


《キル貨は、幽明神の支配領域で使用されている貨幣で、単位は「クルス」。キル黄貨=100クルス、キル蒼貨=1000クルス、キル緋貨=10000クルスです。用途が限定されているので、現世の貨幣には換算できません》


 キル貨って何に使えるの?


《主に自身の施設のランクアップや機能拡張、幽明境界内の施設利用に使用できるようです》


 機能拡張? 俺の場合は……んんっ? 何かできそうな気がするのに、現状では無一文……無一クルス? なせいか、はっきりしないや。


 門を自分以外には使用できないようにする……のは、現段階では無理だって。門は基本的に公共のものだから。それこそ、キル貨を払ってオプションで設定する必要がありそうだ。


 これは、お金を溜めるしかないね。地獄の沙汰も金次第のリアルバージョンだ。


「無い袖は振れない。今回はランクアップはなしで、基本料金で通行料金を設定・承認する」


 そう決めた途端に、鍵章上の待宵モドキの目が金色みを帯びた。よく見れば、眼球部分が黄金色の珠になり、その中に橙色の炎がゆらめいている。なんかカッコイイな、これ。


『バウウウッ!』


《作成した門が常設になり、大層嬉しいとのことです》


 本当だ。フサフサの尻尾がブンブンいってる。ますますワンコっぽいぞ。


 ……おっと。なんかお知らせみたいなのが閃いた。


 門の名称を決めろって。そうすれば、職業【門番@】の管理画面的なものが開くらしい。


 プライベートエリアに直結するだけに、この門は、いずれ使わなくなるかもしれない。だけど、待宵がこんなに喜んでいるなら、名称はきちんと考えて決めてあげたい。


 待宵にちなんで月の呼び名にしようか? この子が最初に作った門だ。それなら。


「『朔月門』。それが、この門の名称だ!」


 朔月の意味は新月。第一日目の月を表す。ニュアンス的にいいんじゃないかな、なんて思ったり。


《【門番@】に派生能力が生じました》


 職業:【門番ゲートキーパー@】

 固有能力:【施錠】【開錠】【哨戒】【誰何】

 派生能力:【管理台帳】


 【管理台帳】を意識すると、目の前に文字列が浮かんだ。


【管理台帳】

  ◆出入管理 利用者数

  [朔月門]☆:0 人

  ◆通行基本料金 

  [朔月門]1往復:1キル黄貨 徴収総額:利用者がいません


「なるほど、こんな風に確認できるのか。今後項目が増えるなら便利かも」


 さて。【門番@】の他の固有能力も気になるし、幽明遊廊についても調べたい。だけど、さすがに身体が心配だ。とりあえず今は一旦戻ろう。


 ちなみに、鍵章は目印としては小さいけど、俺とリンクしている感覚があり、離れても方向くらいは分かりそう。


「【開錠アンロック】」


 これで門が使えるようになるはず。門の固定のときとは違って、今度は文言だけでOK 。これで鍵章が元の穴に戻……あれ? 鍵章のままだ。


 でも、門が開いたという感覚は伝わってきた。同時に、鍵章(門)に向かって行けば通過できることも。


「じゃあ、今回はこれで撤収ってことで。待宵、またね!」


『バウッ!』


 お別れのつもりで挨拶をしたら、待宵が一声吠えて、俺より先に門に飛び込んだ。


「待宵! こっちに来て大丈夫なの?」


『バウウッ!』


《召喚主であるマスターの側にいれば存在は安定します。当人もそれを希望しているようです》


 でも、いきなり部屋の中に犬……みたいな生き物がいたら、みんなが驚いちゃうよ。待宵は派手な外見をしていて、どう見ても普通の犬じゃないから。


《その心配ありません。待宵は幽明境界の生き物ですから、契約者以外の一般人には見えませんし、声も聞こえないはずです》


 そうなんだ。


 発光が収まった待宵は、まるで番犬のように、行儀良く門の目印である鍵章の前にお座りをしている。


 こうして改めて見ると、待宵のスタイルの良さが目につく。背は高めで細身。かと言って、痩せているわけではなく、しなやかな筋肉に覆われている。後頭部から始まる鬣が、細く括れた腰まで続いている。四肢が長くてスラリとしているせいか、どこか優雅な印象があり、人間だったらパリコレモデルになれそうだ。


 こんな風に大人しくしてくれるなら、本人がしたいようにさせてあげてもいいかも。


 絵本の閲覧から思わぬ展開になった。だけど、ずっと謎だった職業と加護について、目に見える形で進展したのは収穫だといっていい。


 戻ってきた安心感からか、なんか急に眠たくなってきた。本当にお昼寝しようか。寝る子は育つっていうし。


 さて。じゃあ、肉体に戻らなきゃだ。


 側臥位でゴロンと床に寝転がったままの自分の身体が目の前にある。鏡で見るのとは違う、凄く不思議な感じだ。戻るにはどうすればいい?


《いかようにも。お好きなやり方で構いません》


 じゃあ、あれだ。ここはあれしかない。ちょっと。ちょっとちょっとですよ。

 自分の身体に被さるように近づき、まずは爪先を合わせて、続いて下半身を重ねて座る。上半身を起こしたまま一時停止。そして、床に向かって倒れた。


 マジモンの幽体離脱~!


「……か、ら、の蘇生~に、成功ときた!」


 目を開けると、視界が肉体のものに切り替わっていた。声がちょっとつっかえちゃったけど、思っていた以上にすんなりいけたな。


「クゥン?」


「あっ……」


 待宵が首を傾げて不思議そうな顔をしている。

 だよね。双子の芸人の十八番ネタなんて、見たことなきゃ分からない。いやでも、この絶好の機会に、やらないなんて選択肢はなかった。


 でも、これっきりで封印カナ。


「さて、せっかくだから昼寝しよ」


 既に寝巻きなので、ひとつだけ開けていた窓のカーテンを閉めて、ゴソゴソと布団に潜り込んだ。マイ枕を抱えて、ゴロンと横になる。


「おやすみなさい」


『バウ!』


 起きたらまた調べ物だ。嚮導神について調べて、時空の穴、もしくは常設の門に関する文献を探す。上手く見つかるといいけど。マイナーな神様らしいから、どうかなぁ?

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