第58話 エピローグ ☆
初めての精霊召喚と上級魔術の連続行使。
実際には俺一人の力ではなくて、アイやアラネオラ、フェーンや風の小精霊、そして初代様と彼の精霊との共同作業だったけど、周囲に及ぼした影響は絶大だった。
建物の破壊を抑えるための苦肉の策として、水精王様に水球という形をとってもらった。目的は果たせたが、その一方で、より多くの人たちに、ただならぬ状況が起きていると気づかれてしまった。
キリアム「あるある」である。
なにしろ最上格の精霊の降臨なのだ。加えて、風の小精霊の群体も上空で騒めいていた。
分家当主たちはもちろん、日頃は精霊を視る力がない者まで、尋常でない存在感を肌で感じ取っていたらしい。
更にあの後、この辺り一帯にシトシトと大地を潤す雨が降った。
魔素濃度がとても濃かったせいで、慈雨だと言って、みんな大喜びして、ちょっとしたパーティーが開かれる事態になってしまった。
大袈裟にしないでとは、俺の口からは言えなかった。
だって、水盤が破壊された件は、俺が考えていた以上に、本邸の人々に暗い影を落としていたから。
魔女の呪いを恐れるあまり、水盤を長年放置していた後ろめたさ。
大精霊に愛されたヒューゴ卿を蔑ろにしたことが、精霊の怒りを招いたのではないか? 精霊信仰の強い人々にとって、そうした懸念は、かなりの重荷になっていたらしい。
そこに、精霊王が顕現し、大精霊を解放して、かつ目覚めた大精霊の昂りを鎮め、慈愛の雨を降らせたという、キリアム本家からの通達があった。
空中庭園から上郭に引き上げた後、人払いをした部屋で分家当主たちに囲まれて、根掘り葉掘り問いただされ、あの攻撃が上級魔術であることをカミングアウトしている。
その中には、いつから魔術を使えたのかとか、指導者もいないのに、どうやって覚えたのかとか、ハッキリ答えられない質問も多かった。
そして、魔物の存在や、俺が魔術を使えることを隠すために、彼らが夜遅くまで膝をつき合わせて考えたのが、先程のカバーストーリーだ。
それが、この地方の人々には却ってウケた。いや、大いに感心されたと言っていい。
次期当主の召喚にルーカス卿の精霊が応えただけでなく、ヒューゴ卿の精霊が新たな絆を残したからだ。
長年の鬱屈や抱えていた不安が、すっきり綺麗に片付いて、そりゃあ、これは目出度いという気持ちになるのも分かる。
「リオン様。新しい精霊紋も、大層素晴らしいものだそうですね」
「弟やジャスパーが得意気なのが悔しいです。僕もほんのりとした光りは見えるのですが、模様までは、はっきりしなくて」
氷の大精霊グラシエスがくれたお礼。それは、精霊紋だった。
“視える人”には見える。樹枝状十二花の繊細な模様の精霊紋が、左手の甲から前腕にかけて、レースの手袋を嵌めたように覆っている。
これで左半身は、首肩から手の甲まで銀色の紋だらけになった。遠いお山の金色の人ごっこが、もはや洒落にならない。ド派手な外観なので、普通の人には見えなくて、本当によかったと思っている。
それにしても、今回はいろいろと考えさせられた。
目覚めた大精霊は、ヒューゴ卿の想いと共に精霊界へ旅立ち、復活の時を待っている。
あれだけ想い合えれば、人だとか精霊だとかは最早関係がない。彼らの互いに向ける愛情を見て、素直にそう思えた。
生前は精霊狂いと呼ばれていたヒューゴ卿。ヒューゴ卿の死後も、盟約を破棄できなかった精霊。それは、魔女と呼ばれたフロル・ブランカが羨むほどの、一途な想いだった。
何もかも、望むものは全て与えられて育ったフロル・ブランカ。
初恋は叶わないと言うけれど、彼女の場合は、周囲が強引に叶えてしまう環境に生まれてしまった。
しかし、恋するアレクサンダー卿と結婚しても、相手からは上辺を取り繕った反応しか得られず、恋が実ることはなかった。
俺には男女の情愛なんて分からない。だけど、彼女が真っ当な愛情を育む方法を知らなかったのは想像できる。
尽くされるのが当たり前で、他人の心情を推し量ったり、相手に配慮することを、彼女に教えてくれる人はいなかった。
たぶんそれが不幸の始まりで。
愛されるのが当たり前だと勘違いしてしまったのは、彼女の生い立ちを考えれば当然の成り行きだと思う。
持て余した恋情は、周囲が何よりも恐れていた呪いへと昇華し、結果として、恋する男から婚約者を奪い、尊厳を奪い、故国を奪い、王位を奪った。
それだけでなく、強力な呪いは大勢の人々を死に至らしめ、誰も彼もが、影では彼女を魔女と呼んで恐れた。
水盤や墓までぶち壊すなんて奇行に走ったのは、どう考えても八つ当たりで、ヒューゴ卿の精霊が与えられた深い愛情なんて、どうやったって自分には手に入らないと、気付いてしまったせいかもしれない。
少女の像の傍らには一角獣が寄り添っていた。この世界でも、一角獣は処女性を象徴する生き物だそうだ。
あえてその意匠を選んだのは、彼女が清らかな乙女のままであることを、男に当てつけるためだったのか。それほどまでに荒んでしまった恋心。
愛ってなんだろう? 可愛さ余って憎さ百倍?
恋愛素人の俺には、その行為は的外れに感じるけど、じゃあどうすればよかったかなんて、それこそ思いつくことができない。
望んで得た加護ではなかった。彼女はそう言っていた。
この世界の神々は、恵みを与えるばかりではない。特に生命神の眷族である呪神の加護には二面性があり、その恩恵は両極端だと言われている。
白い加護と呼ばれる【呪華】は、魂の損耗を対価にする代わりに、奇跡ともいうべき治癒を成し遂げる。その一方で、黒い加護と呼ばれる【妖華】は、術者の感情を反映して呪いを撒き散らす。
そう簡単に都合の良いチートは与えない。自然の摂理を曲げることを望むなら、報いを受けるがいい。神様がそう言っているように感じる。
黒い加護の被害の大きさを考えれば、血統を絶やすという選択肢もあったはずだ。しかし、黒い加護は数百年に一人と、発現頻度が極端に低かった。
その根絶と引き換えに、当事者に多大な恩恵を施す白い加護を犠牲にするのは、反対する人も多く、惜しまれたことが推しはかれる。
自分たちが受け取れるだけ白い加護の恩恵を享受し、問題を未来へ先送りにした結果、フロル・ブランカの時代にツケを払う羽目になった。
そして大いに痛い目を見たはずなのに、問題は再び先送りにされている。もう意図的だよね、これ。血統は変わらず保護されたまま、あれから既に百年の時が経っている。
保護血統は、人にとって旨味のある加護を、独占して利用し続けようという、人間のエゴが作り出した制度だ。でも神々は、小賢しい人間の考えなんかに、いちいち忖度なんてしてくれない。
そういう俺も、異なる家系ではあるが、保護血統の血が流れていて、ばっちり加護も付いている。今回はそれにかなり助けられているので、文句を言うの筋違いなのかもしれない。
でも今思い返せば、最初からあの真珠色の蛇に誘導されていた気がする。利用されたのは俺の方なんじゃないか? なんて思ったり。
精霊の盟約と、織神の加護。このところ、この二つに振り回されっ放しだ。俺の本業は【理皇】で、魔術師なのに。
分家当主たちは、『顕盤の儀』の結果を確認しているから、俺に魔術系統の職業があることを知っていた。でも聞くのと見るのとは大違いで、今回、目の前で上級魔術を披露したことにより、彼らは仰天したらしい。
直ぐに、きちんとした魔術教育を受けさせた方がいいという共通見解に達して、秘密を厳守できる教師を探し始めた。
そして、教師を招聘するまでは、魔術を使うのは禁止だと言われている。その理由は、ひとつには、自己流は危険だということ、もうひとつには、情報漏洩を懸念してだ。
尤もな主張だったので、現在は放出魔術を自粛中である。
あーあ。魔術の訓練したいな。そう言えば、すっかり音沙汰がないけど、三体目の理蟲って、どうなったんだろう?
それに、調査も再開しなきゃ。この世界について、俺はまだまだ知らないことがあり過ぎる。転生したクラスメイトたちの動向も気になるし、彼らと下手に鉢合わせしたくないから、少しずつでも情報収集を続けた方がいいと思った。
そして、職業【門番】は謎のまま。もうひとつの加護については、全く手付かずの状態で、何から手をつければいいのかさえ分からない。
なんかやらなきゃいけないこといっぱい……なのに。
「リオン様、お飲み物はいかがですか?」
「少しずつお菓子を切り分けてもらいましたの。どれか召し上がりませんか?」
「甘い物より、血肉になるもののがよいのでは?」
「あら。肉や魚ばかりでもいけませんわ。健康な身体を作るには、お野菜も必要ですのよ」
本邸をあげてのパーティは、基本的には無礼講だった。
本邸で生活する関係者が大人も子供も勢揃い。ほぼ全員に血縁関係や婚姻関係があり、身内ばかりの気負わない集まりとも言える。
この際だから、歳が近い同性の知り合いを増やしたいなぁなんて思ったのに、なぜか幅広い年齢層の女性ばかりが座るテーブルに放り込まれて、右も左も正面も、とにかく全方位で姦しい。
みんなが俺の世話を焼きまくる。特に母親世代の女性たちが積極的だと感じるのは、気のせいじゃないよね。毒親を持った俺への労り? あるいは、あの母親への対抗心かもしれない。
前世では、わりと婆ちゃん子だったし、母さんや姉ちゃんにも頭が上がらなかった。
ぶっちゃけ、年上の女性の善意を断るのが苦手だ。彼女たちが、押しが強いからというのもあるけど、そう教育されてしまったのだ。
もうお腹いっぱい。腹がぽっこり膨らんで蛙みたい。
あっちの男子テーブルに行きたいなぁ。彼らは各々の皿に肉を山盛りにして、ここぞとばかりに黙々と食べてる。君たち。成長期とはいえ、よく食べるね。その強靭な胃袋が羨ましいよ。
特に、武官の家の子たちは、日頃の運動量が違うのか、食べる量が半端ない。彼らの親たちはタイプが異なるマッチョ揃いだから、子供たちも将来はムキムキ方面で有望だ。
あの中に混ざれるくらいになれば、俺にもマッチョコースが開けるのかな?
でもなぁ。立場的に、誰かと仲良くなろうとしても、主従関係が付いてきてしまって、対等の友達は望めそうもない。少なくともグラス地方にいる間は、見込みが薄いかも。
前世では、日常は婆・母・姉・妹といった女性比率が高くて、数少ない男友達はアレだった。今世では、もっとマシな人間関係を築きたい。そう思っているんだけどね。
はぁ、前途多難だなぁ。
——生体サーチ結果——
個体名:リオン・ハイドラ・バレンフィールド・キリアム
年齢:7歳
種族:〆⁂
肉体強度:微弱
転生職:【理皇】
固有能力:【究竟の理律】
理律:理壱/理弐/理参/理肆
派生能力:【魔眼+++】【超鋭敏】【並列思考】【感覚同期】【
職業:【門番@】
固有能力:【施錠】【開錠】【哨戒】【誰何】
盟約:【精霊の鍾愛】
精霊紋:【水精王】【精霊召喚[リクオル]】
精霊紋:【氷精霊】(【精霊召喚[グラシエス]】封印中)
固有能力:【精霊感応】【愛され体質】
派生能力:【指揮】【水精揺籃】【甘露+】【架界交信】【封想珠】
加護:織神【糸詠+】
固有能力:【織神の栄光】【柩蛇】【蚕蛛】【明晰翅】
派生能力:【万死一生】【先見者@】【
顕彰:【
加護:嚮導神【
固有能力:【裂空】【幽遊】
一般能力:【痛覚制御】【精神耐性++】【飢餓耐性】
【不眠耐性】【速読】【礼儀作法】【写し絵】
特典:【自己開発指南】
備考:転生 前世記憶
[第一部 完]
2023/12/25に書籍1巻が発売されます。
WEB版を読まれた方でも楽しめるように大改稿+新エピソード(書籍オリジナル)幾つも追加しました。
ご購入のご検討いただければ大変嬉しいです。
(MFブックスから刊行)
【あとがき】
第一部を最後まで読んで下さって、ありがとうございます。
作品・作者フォロー、星☆☆☆評価を入れて頂けたら、小躍りして喜びます。
第一部完結にあたってのコメントと、今後の予定については、別途掲載予定の近況報告をご参照ください。
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