第56話 降臨、そして。
金属性の魔物を倒すには、複合魔術がいる。
複合魔術は、二属性以上の魔術を融合させたもので、超級魔術とも呼ばれていて、守護者がいる「理伍」の扉を打ち破らないと手に入らない。つまり、俺にはまだ使えない。
でも、だからといって、諦めるつもりはなかった。
今現在の俺の持ち札—職業【理皇】で獲得した単属性の魔術と、盟約による水精王の精霊術を使って、それに匹敵する効果が生み出せるのではないか? そう考えたからだ。
金属性といっても、このファンタジックな世界の金属であり、地球とは必ずしも同じではない。しかし、全く別物というわけでもなく、似通った性質を有しているという。
例えば、結晶構造とかね。
硬くて砕けない金属も、原子レベルになれば配列の乱れや欠陥が見えてくる。不純物が混ざっていたり、原子の配列が異なる異種金属で構成されているなら、脆弱性が生まれる余地があるのだ。
この世界は、魔術という地球とは異なる「理」が導入されている。それは当然、物理法則にも影響を与えているが、本職が魔術師である俺にとっては、それこそ都合の良い話で。
つまり、いかようにもやり用がある、という結論に達した。
《魔術と精霊術の融合により、敵の破壊を試みます。現時点でマスターが持てる能力を駆使して、独自に金属性への対抗魔術を構築しました》
オリジナルの対抗魔術。いいね。【理皇】は、そういう面でも自由度が高いのだ。
《魔術は具象化概念により強化されます。マスターにおきましては、このクラスの魔術の行使は初めてです。従って、対抗魔術の発動を円滑にするために、各魔術のイメージリソースを、マスターの記憶野から抽出しています。遺憾なく童心を発揮して下さることでしょう》
えっ? ちょっと待て。童心? それって、具体的にはどういった……お、おうっ、これか。
えーっと、なるほどね。これなら確かにイメージを固めやすい。だけど、この参照元って、まさか。
《ちなみに、発動キーである魔術名の一部は、先見性に優れるマスターが小学生時代に執筆された『僕の考えた最強の魔法ノート』から着想を得ています》
や、やっぱり。どこか既視感があると思ったら。
——へぇ。子孫君は、そんな小さな頃から魔術師志望だったんだ。最強の魔法ノートか。いいじゃない。子供の頃の夢を異世界で実現しちゃうなんて、やるねぇ。
初代様!? 確かに、夢だったかもしれない。だけど、今となっては黒歴史に近いもので、この歳(精神年齢)になって掘り起こされるのは、恥ずかしいしかない。特に日本文化をよく知っている、ご先祖様に聞かれちゃったのは。
まあ、今更か。
初代様には、能力開発の過程でゲロを吐いたり、諸々の汚汁を漏らしたりしているのを、散々見られているわけだし。
——そう。気にしない、気にしない。
初代様と水精王様は、三傑と呼ばれていた時代には戦闘民族だったみたいで、既に準備万端。
そして、上空のフェーンをリーダーとする風の小精霊たちは、やる気満々だ。
親戚のおじさんたちは、水盤に近づかない限り、水精王様が守ってくれる。
さて。じゃあ、気を引き締めて。長年に渡る借りを返すとしようか!
——その調子。子孫くん。いや、リオン。盛大にやっちゃって!
空は晴れ渡り一点の曇りもない。本来なら、爽やかな風が吹く、気持ちの良い日だったはずだ。
でも今は、上空に小精霊の群体がいるせいで、のし掛かるような圧力を感じるし、周囲を取り巻く緑のカーテンは不自然に揺れ動き、水路の水は荒く波立っていた。
水盤に向かって足を進める。
力の集中。それが大事だ。やり過ぎて、グラスブリッジが壊滅なんてことになったら、それこそ本末転倒だから。
各属性の中でも安定性が極めて高い金属性。その不利属性は「水」か「気」だ。「水」単独では通じないなら、「気」単独、あるいは二属性で防御を剥がしてやればいい。
それにしても、まさか中級魔術をスキップして、上級魔術を行使することになるとはね。それも、ぶっつけ本番で!
まずは極質から「気」の魔素へ変換する。
以前やった練習とは、桁違いの膨大な質量。これで火力が決まるのだから、出し惜しみなんてしないさ。
極質層から極質が溢れ出し、俺の身体の中に流れ込んでは駆け抜けていく。無数の幾何学の軌跡を残して。五芒星の星印による構造変換が、凄まじい速さで進んでいった。
異形が動いた。周囲の魔素濃度の変化を察したのか、黒い
目の前にいるコイツが魔物である以上、魔術の起動、あるいはそれに伴う転化の動きを見逃すとは思えない。そんなことくらい、予想してた。だから、フェーン!
——サセナイ!
——リオン ニ サワルナ!
上空の風の小精霊たちが、すかさず降りてきた。
水盤全体を覆うように、異形を拘束するための風のヴェールが蓋をする。
—— ムシバム シミ
—— ハイジョ スル
—— ヤッツケロ!
了解した! じゃあ、行くから!
『基するは気風』
『起するは
『
圧倒的な魔素の奔流を制御し、現象へと昇華する。
魔術師の頂点たるべく作られた理皇。
その真価を、思い知るがいい!
『【牙狼・
魔物の体躯全体に目まぐるしく紫電が巡り、表層がボロボロと脱落し始めた。しかし、これはほんの手始めだ。次!
『【牙狼・大割砕】!』
猛りくる風狼の
『【牙狼・凶削杭】!』
巨大な螺旋状の杭が、容赦なく魔物を穿つ。
『【牙狼・気弾爆撃】!』
圧縮された気体による集中爆撃は、魔物の身体の至る所で弾けた。
でも、まだまだ手ぬるい。ここで、穴だらけになりつつある魔物に追い討ちだ!
「我、汝と盟約を結ぶ者なり。我が呼び声に応えよ。【精霊召喚】リクオル!」
声に出して初めて理解が及んだ。この名前は、おそらく許可された者しか発音できない。
名前そのものが大いなる精霊の力を宿し、自分の口から出たのが不思議なくらい、常ならぬ不思議な韻律の音階が紡がれた。
水精王の数百年ぶりの降臨。
だというのに、あまりにもアッサリとそれは成された。大自然の脅威に匹敵する圧倒的な存在の顕現に、膝をついて首を垂れそうになる。
水精王と呼ばれるに至る、強大な水属性の力が辺り一帯を覆い尽くす。
——ワレ 水ノ精霊王ナリ
—— 精霊ヲ 貶メル者ニ 懲罰ヲ
——精霊ニ 仇ナス者ニ 死ノ贖罪ヲ
魔物の頭上、遙か上に巨大な水球が現れた。水の精霊力が充満した高水圧の檻だ。いまだ水盤にしがみついている魔物を引き剥がし、あの中に閉じ込める。
『【
風属性の鷲が、魔物の身体に鋭利な爪を食い込ませ、強引に持ち上げていく。
バラバラとこぼれ落ちる、水盤の破片。
魔物を掴んだまま、鷲を水球に突っ込ませた。
途端に、魔術で穿たれた無数の孔や罅から、精霊の力が浸食していく。計画通り、水属性に対する耐性が剥がれたのだ。
さて。そろそろ仕上げかな。
これから行うのは、ちょっと繊細な魔術なので、アシストが要る、ってことで。
「【並列起動】【幽体分離】! おいで! アラネオラ!」
蠱弦「アラネオラ」の現界。光輝く少女と共に操る破壊の旋律。
『【滅魔・結晶崩壊』!』
既に残骸となりつつある魔物を、原子レベルで破壊する。精密な魔術構築と、操作持続力を要し、魔力及び魔素の消費量が半端ない。
俺が転化しまくった魔素を消費して、俺とアラネオラの共同作業で魔術は成った。
目に見えないほどに粉々になった魔物は、金属性の魔素を大量に放出した後、水球の中に赤黒い不定形のシミのようなものを残した。
——この汚いやつ。飛び入り参加君が欲しがってるみたいだけど、どうする?
あっ、下に落として下さい。ぺって吐き出すみたいに。
ほら、行けよ。いつもみたいに。「待て」なんてしてないし、お前には似合わないからさ。
水球から零れ落ちた魔物の成れの果てに、真珠色の巨大な
あれ? 丸呑みじゃないんだ。
それにしても、エグい光景だな。この距離で見ると、グニャグニャした赤黒い物体が、癒合した人面瘡であることを確認できた。
これって、他の人は……うん、俺以外の人間には見えていない?
魔物が完全に消滅すると、用が済んだとばかりに巨蛇も姿を消した。
さて。これでやっと、感動の再会——になるのかな?
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