第55話 隠蔽

 あれ? なんで落ちないの?


 ほぼ狙い通りにいったと思ったのに、水面の少し上で動きが止まって、磁石の反発を受けたかのように跳ね返されてしまった。


 コツンと宝玉が縁石に当たる音が聞こえて、慌てて水盤の縁に拾いに行く。


 ——弾いてきたか。疑問に思うってことは、子孫君にも何も見えてないよね?


 あそこに何かあるのですか?


 ——うん。正確には、何かだ。精霊眼では捉えられない何かがね。


 それだと、正体までは分からない?


 ——推測はしている。でも、確証は得られていない。

 こんな近くでも誤魔化されるってことは、おそらく僕が苦手な性質のものだろうね。


 初代様でも把握できないなんて。いったい何なんだよ!


 ——そこで、君の出番だ。

 カスタマイズしまくったという、例の魔眼で見てご覧。そうすれば、僕にも自然と見えるはずだから。


 なんで初代様が魔眼のことを知っているの? その点が少し気になったが、今はそれより水盤だ。あれを、なんとかしなくては。

 促されるまま、切り替えた魔眼に映ったのは。


 うわっ! なんだこれ?


 多脚の醜い異形。そうとしか言えないものが、水盤をべったり覆っている。これって、台座に取り憑いている? 宝玉の侵入を阻んだのは、コイツか。


 ——うわぁ、気持ち悪いのが出てきたね。随分と不自然な生き物だ。天然ものとは思えない。


 生き物……なんですか? これが?


 ——うん。一応ね。地球にはいなかったから、違和感が強いけど、魔物もこの星の生命体の範疇だと思うよ。


 魔物!? そんなのがいるんだ。


 ——いるんです。コイツはこんな使われ方をしているくらいだから、ワケアリかもしれないけどね。


 一見すると、巨大な虫が崩れたような形をしている。胴体を台座の上に載せて、節のある長い脚は水中深くに潜り込んで、台座の下にある脚部をガッチリと掴んでいるように見える。


 脚はおそらく六本。身体全体に黒いもや を纏い、それが体表面をうねる様に蠢くと、隙間が空いて、くすんだ銀色の地肌が覗く。


 確かにこれは、真っ当な存在じゃない。


 そう思ったのは、地肌に幾つもある赤黒いイボだ。気になって、つい拡大して見てしまったら、そのひとつひとつが、凄まじい恐怖あるいは苦痛に歪んだ人の顔——つまり、人面瘡が浮きまくっていたからだ。


 あまりの気持ち悪さに、ゾッとするような悪寒が走る。


 人面瘡のある部分は他より魔素が濃いので、酷くマダラに見えた。しかし、これは。身体が魔素の塊に見える。こんなに大きいのに、魔眼でないと見ることすら叶わない。いったい、どこから出てきたんだよ!


 ——その答えはね。ずっとあの場所にいたが正解。ここにいる精霊には、不愉快な枷がかかっているって言ったよね。それがコイツだろう。


 では、魔物の存在をご存知だったのですか?


 ——ご存知というほどには、把握していない。なにしろ、狡猾に隠蔽されていたからね。


 隠蔽? 


 ——そう。以前は、今よりもっと気配が薄かった。それでも、存在自体は感じていたのだけれど。上手く考えたものだよ。キリアム一族に、強力な魔術師はいなかったからね。今までは。


「リオン様、いったい何が起こっているのでしょう?」


 あっ、そうだ。他に人がいたんだった。


 宝玉が跳ね返って来ても、俺がピカピカ精霊紋を光らせながら黙り込んでしまったせいか、モリ爺が遠慮がちに声をかけてきた。


「爺には、あれがどういう風に見えてる?」


「特には何も。変わりがないように見えます」


「やっぱりそうか。これから、ひと騒動あると思う。ここだと水盤に近過ぎるから、みんな少し離れて」


「ひと騒動とは?」


「精霊を閉じ込めている悪い奴がいて、退治することになった。せっかく工事して貰ったのに、また壊れるかもしれない」


「危のうございます」


「大丈夫。俺には精霊王がついているから。そうですよね?」


 ——もちろん。僕と僕の精霊も一緒に戦うさ。


 ひときわ精霊紋がビカビカと光り、精霊王の意志を主張してくれる。


「しかし……」


「とにかく、ここは危険だ。できれば一人にして欲しいけど、無理だよね? だから、あの辺りまで下がるよ! 護衛の人たちも一緒に」


 場所を移し、精霊王と大事な話があると言って、一人黙り込んだ。


 

 ——じゃあ、さっきの続きから。アイツの属性は金属性。それで合ってる?


 はい。そうです。


 ——水属性への高い耐性がある金属というと、おそらく特殊合金かな。水に強い上に、大抵は硬いんだよね。


 金属なら錆びたりはしないのですか?


 ——大概は湿食、つまり、水属性の影響で腐食するんだけどね。コイツは違う。 水に耐性があって、僕とはすこぶる相性が悪い。大精霊を抑え込むために用意された特別製の枷だから、そういうヤツを選んだか、作ったんだろうけどね。


 排除できないってことですか?


 ——それは、やってみないと分からない。ただ、もし力でゴリ押しして、水属性だけで倒そうとしたら、目も当てられない大災害が起きるかもね。

 閉じ込められた精霊も、この辺り一帯の住人も全て巻き込んで、人工物も自然も軒並み破壊。一緒くたに巨人の一撃からドボンみたいな。


 それは、絶対にやっちゃダメな奴だ。では、どうすれば?


 ——さっきも言ったけど、あれは魔物なんだ。金属性の魔物。これが非常に厄介でね。倒すには複合魔術が必要だと言われている。


 複合魔術ですか。でも、俺はまだ……アイ、あれってどうにかできる? 今持てる力で、どうにかしたいんだ。


《既に試算済みです。魔眼で得た情報を分析した結果、対象は単一金属性ではありません。複数の異なる金属の複合体です。本来であれば、こういった状態は不安定なのですが、長期に渡って水辺で安定を保っていた。破壊された彫像に、安定化させる仕掛けがあったのかもしれません。しかし、今はない。そこが付け入る隙になります》


 ——なるほどなるほど。アイ君の考えは分かった。


 えっ? 今ので何が分かったの?


《以前、精霊術との互換性を高めたことにより、精霊紋起動時に、速やかな情報共有が可能になっています》


 つまり、分かってないのは俺だけ?


 ——まあまあ。アイ君がメインパーソナリティで、子孫君が主役なのは間違いない。僕と僕の精霊は助っ人で、相棒は上空でフンスカしているあの子だ。エキストラは、あそこにいる、おじさんたちね。他にも、飛び入り参加があるなら募集中。


 おじさんって、モリ爺と分家当主のこと? ご先祖様に、おじさんって呼ばれたのを知ったら、泣いちゃうかもしれないよ。


 ——というわけで、作戦会議といこうじゃないか。




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