第54話 蛇の軌跡
hurry up!(急げ!) hurry up!(急げ!)
I am riding on the snake now.(私は蛇で移動中です)
ははは。おかしなテンションで独り言が
このところ、問答無用で真珠色の蛇に飲み込まれていた。
“視る”だけなら、あれが一番手っ取り早い方法らしいけど、今回は、それじゃあダメなんだって。
早く乗れよと促され、ただ今、巨蛇に騎乗中。いやもう、ファンタジー感が溢れ過ぎですね!
蛇がデカければ、棘もデカい。自分の身長くらいある、背中の棘に掴まって、過去への軌跡を遡る。
最初に道案内された時と似た感じだけど、あれよりはずっと速くて、 移りゆく景色を楽しむような余裕はなかった。
散らされる星花、黄暈の魔女、大火山の噴火、流民の流入。もの凄い速さで、グラスブリッジの歴史を逆行して行く。
そして、一人の男の死の間際で、その流れがピタリと止まった。
彼の周囲には、悲痛な表情をした親族たちが取り巻いている。彼はもうすぐ、人生に幕を引こうとしていた。命の灯が消えそうなのだ。
しかし、死して尚、遺骨に残留思念を宿すほどの強い想い。
臨終の時ですら、いや、その目で自分の精霊の行く末を見届けることができないと悟ったからこそ、激しい後悔と深い愛情が、彼の心の中に大きく渦を巻いていた。
『ヒューゴ卿、聞こえますか? 大切な話です。あなたの精霊を助けるために、俺に力を貸して下さい』
――僕の精霊を助ける? あの子に何が起きた?
『遠い未来に災厄が起こり、星花は失われ、愛の誓いが遠ざけられます。あなたの精霊は、盟約の誓いに囚われて復活できない状態です』
――僕にはもう時間がない。何をすればいい?
『あなたが精霊へ抱く想いを、僕が預かって未来に届けます。だから、お願いです。全身全霊を込めた愛の言葉を、今この場で、あなたの精霊に捧げて下さい』
――請われるまでもない。それであの子が助かるのなら、いくらでも誓おう。
お願いします!
――グラシエス……ああ、僕の愛しの精霊よ。
――君と共に駆け抜けた人生は、何をするにも楽しくて、見るもの全てが美しく色づいていた。寄り添う君が愛しくて、僕は君から、何ものにも代え難い幸せをもらった。
もっと一緒にいたかった。君のそばにいてあげたかった。君を独りぼっちになんてしたくない。でも、僕はちっぽけな人間でしかなくて、もう命の限界がきてしまった。
――僕の精霊。僕の唯一。僕の全てを君に捧げよう。
身体が灰になり、魂の器が天に召されても、君への想いは変わらない。
どれほどの季節が移ろうとも、僕の心は君のものだ。
——愛してる。過去も、現在も、未来も、君だけを……愛してる。未来永劫、悠久の愛……を、かけがえの……ない、愛すべき……君に……てる。
思念が途切れ、彼の命が燃え尽きたのが分かった。
泣き
hurry up!(急げ!) hurry up!(急げ!)
――やぁ、戻ってきたね。上手く行ったみたいじゃないか。
「こ、これをどうすれば?」
預かった想いには実体がない。両手で包み込むようにしてはいるが、存在が酷く不安定で、消えてしまいやしないかと気が焦る。
――ギュッとする。手の中に封じ込める感じで、ギュギュギュッと想いを固めてしまうんだ。
「そんなの、やったことがないです」
――大丈夫。君ならできる。できるようになっているから。やってみれば分かるよ。
両手に力を込めてギュッだって? ん? 空気を圧縮するみたいなイメージでいけるか?
最初はフワフワしていた手応えが、ギュウギュウと圧をかけていくと、次第に小さく固くなっていくのが分かった。
――できたじゃないか。上出来だ。それを、あの子に届けてあげて。
よかった。これでいいのか。
「あっ、目を覚まされました!」
「リオン様! お気を確かに!」
急激に水の中から引き上げられるような感じがして、目を開けたら、モリ爺にすっぽりと抱き抱えられているのに気づいた。どうやら、金縛りの瞬間に倒れてしまったみたいだ。
「大丈夫。心配をかけた」
「精霊紋が強く光ったかと思うと、崩れるように意識を失われました。床との衝突は免れていますが、念のため医師の診察をお受け下さい」
そのまま、有無を言わさず六角錐堂に運ばれて、医師が呼ばれた。
身体には特に問題はないと診断されたが、それでも安心できないと、当面は絶対安静ですなんて言い出した。
だから仕方なく、精霊王に会ってきて、名前を教えてもらったと告げてみれば。
最初は皆びっくりして、更には感銘を覚えたらしくて、その場が急遽、大祈祷会場になってしまった。待て待て。俺を崇めても、何のご利益もないってば。
「お手にされているものについて、お伺いしても?」
少し落ち着いてきたところで、目敏く質問が飛んできた。
「これは、ヒューゴ卿から彼の精霊への大切な届け物なんだ。だから、すぐにグラスブリッジに戻らなきゃ」
目覚めた時に左手にギュッと握っていたのは、水滴のような形をした瑠璃色の宝玉だった。これに、ヒューゴ卿の想いの丈が詰まっている。
心配する周囲をなんとか説得して、一路、グラスブリッジへ引き返す。移動中の馬車では、することが何もなくて、宝玉を握ったまま、暇つぶし用に持ってきた魔獣図鑑を読んでいた。
これがモリモリなのか。鶏とダチョウを足して二で割り、見上げるほどに大きくした、凶悪面の生き物。
ゲゲントは冠状突起、いわゆる
本邸に到着すると、分家当主たちが手ぐすね引いて待ち構えていたので、バレンフィールドで宝玉を手に入れたことや、ヒューゴ卿の精霊を復活させるつもりであることを話した。
「まさか水盤にヒューゴ卿の精霊が眠っているとは」
「我々も何がしかの精霊力は感じていたのです。しかし精霊本体は、グラスブリッジの攻防戦で消えてしまったと考えられていました」
「我々も同席致します。再び庭園が破壊されるような事態が繰り返されないとは限らない。それに、過去の過ちが修正されるのなら、是非とも見届けたいのです」
意気込む分家当主たちと共に、空中庭園に向かう。
今日は風の小精霊が騒がしい。あの子たちは、ずっと水盤にいる精霊を気にかけていた。あそこに眠っているから、早く助けてあげてと、言い続けていたのだ。
空中庭園の上空は、この辺り一帯の風の小精霊が一堂に会したのかのような様相を呈していた。
見られている。数多の小精霊が、これから眼下で起こることに注目している。
フェーン、あの子たちを抑えてきてくれる? 興奮して、バラバラに動くと危ないから。
彼らの声が、既にその兆候を示していた。だから、フェーンに彼らの制御を頼んでみる。
——ヤット ……トキ ガ キタ
—— ……ガ クルヨ
——タスケル
——ミン……デ ヒトツ
——……ルイ……ヤッツケロ
残骸はとうに撤去され、水盤の周りの修復はあらかた済んでいた。復元された花壇には、既に星花の苗が移植されていて、ヒューゴ卿の墓標も元の位置に戻されている。
「精霊紋が光っても、気にしないでね」
予め断ってから、初代様との交信リンクを繋ぐ。分家の当主たちは、精霊王の精霊光なら見えるはず。驚いて不適切な挙動をされたら困るからね。
――リオン。ヒューゴの想いを、あの子に投げてあげて。それとね。決して気を緩めちゃダメだ。投げる前も後も、警戒MAXでいて欲しい。僕にもちょっと、どうなるか予測がつかないから。
初代様の指示に従って、水盤の中央手前を狙って下手投げで投擲する。瑠璃色の宝玉は、緩い放物線を描きながら、
(2023/4/8 一部表現を修正)
(2023/12/1一部表現を修正)
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