44 ブラザー&シスター


 早朝に隣街を出立し、馬車で半日もすれば王都の城壁に到着した。


「うわぁ、さすが王都だ。人が多いですね」


 初めて見る都会にルイスが目を丸くしている。グラスブリッジも大きな都市だけど、西の辺境にあるから賑わいではさすがに敵わない。


 まあ、それでも渋谷のスクランブル交差点なんかと比べれば、そこまで過密じゃないけどね。


 転生日本人としては、人の多さよりも古色蒼然とした異国情緒的な面が気になるかも。


 グラスブリッジは要塞都市の側面が強く、城壁の外と中は明確に分けられていた。ところが王都は、街門を大きく開放していて、盛んに人が出入りしている。


「うん。商取引が活発だと聞いてはいたけど、城壁外にまで市が立っているんだね」


 幾たびもの戦火を潜り抜けてきた王都は、増築や改築を重ねて、巨大な人口密集地と化している。


 付け焼刃の知識だけど、この場所には元々「神聖ロザリオ帝国」の都があり、帝国の崩壊後に一旦は瓦礫と化したらしい。


 中央大森林が今ほど広がる以前は、中原の東西南北を繋ぐ交通の要所であったため、統一王国の首都として再建され、そのままベルファスト王国の都になったという経緯がある。


「あそこに見える尖塔はなんですか?」


「あれは……おそらくだけど献神教会の総本山じゃないかな。王都で最も壮大で目立つ建物らしいよ」


「えっ!? 王城より教会の方が大きいんですか?」


「うん。そう聞いている。歴史が古い都だから、いろいろあったんだよ」


 先っぽだけとはいえ、王都の周辺から視認できるなんて相当高い塔に違いない。献神教会の前身は生命教会といって、あくどい所業を行っていたと聞く。例えば隷属とか。


 数日前に遭遇した賊の末路に思いを馳せた。あれが禁術の産物だというなら、絶対に存在を許してはいけないものだ。


 生命教会は三傑の一人であるリリア・メーナスに粛清されたはずなのに。なぜ禁術の使い手がいるのか?


 献神教会にも行ってみたいけど……今回は無理だろうな。ただ、遠くから建物を見ることはできるかもしれない。


 王城や貴族街は、教会に隣接した地区にあると聞いているから。


 王都はやはり呪素まみれで、空気中の呪素密度が明らかに濃い。魔道具を身に着けているとはいえ、あまり長居したい場所じゃないな。


 ちなみに、念のため鎧馬にも風の魔道具を装着している。大切な交通手段だ。もし具合が悪くなって、万一にも王都から動けなくなるのは絶対に避けたかったから。


 王都邸に着いたら、井戸や食糧庫はもちろん、馬の飼い葉や水桶もチェックしないとだめかも。


 それにしても……周囲からめっちゃ注目を浴びている。見るからに貴族の馬列だし、人数や馬車の台数も多い。でもそれ以上に、迫力がある鎧馬が人目を引いていそうだ。


 試しに超鋭敏で聴覚の感度を上げてみれば、周囲の人々の声を拾うことができた。


「どこのお偉いさんだ? やけにものものしいな。まさか戦争か?」


「すげえ凶暴そうな馬だ。あれって全部軍馬か? どこで買えるんだ?」


 グラスブリッジ北部原産です。でも、一般の人は簡単には買えないらしいよ。


「おいっ! お前、なに馬車に向かって拝んでるんだよ!」


 ん? 


「いいじゃねえか。見ろよあの旗を。九首水蛇だ。あの旗のおかげで大飢饉のときに死なずに済んだって、俺のひいひい爺ちゃんが言ってた。ありがたい話だろ? だから拝む」


「それいつの話しだよ。百年くらい前じゃねえか」


「いや。今だって、この王都の食いものの大半は、あの旗の領地から運ばれてきているんだぞ」


「つまり、あれって西の大領キリアム家の一行なのか。なんでまたこんな季節に……」


 貴族の一行だと一目で分かる外観に加えて、鎧馬やそれに騎乗する騎士たちの迫力もあって、人の波が面白いくらいに道を開けてくれる。


 そのおかげで、衆人環視に近い状況の中、粛々と馬列は進んで王都邸に到着した。


§ § §



 弟妹との対面は、妙な緊張感が漂っていた。


 先触れをしていたので、玄関先で彼らの出迎えを受けた。そこに両親の姿はなく、弟妹はそれぞれ、乳母あるいは家庭教師だと思われる女性に付き添われている。


 五歳になるはずのロニーは、くすんだ金髪をした綺麗な顔立ちの少年だった。でもなぜか、俺が馬車から降りて姿を現したときに顔をゆがめ、それ以降ずっと睨んでいる。


 ……うん。ロニーの顔立ちは母親似かな? 将来は王子様系イケメンになりそうだ。その頃までには仲良くなれるといいな。


 ロニーの視線や表情には、子供ながらに敵意やそれ以外の複雑な感情が浮かんでいるように思えた。

 

 なんでだ? 初対面だし、遠くに離れて暮らしていたから、互いに何の干渉もしていないのに。


 一方の妹は、おどおどと人の顔色を窺っているように見えた。三歳という本来なら無邪気であどけない年齢なのに、やけに元気がないのが気になる。


「初めまして。君がロニーで、その陰にいるのがエリザ?」


 俺はなるべく、できる限り優しく見える微笑みを浮かべながら、ふんわりと声をかけた。ところが、弟妹からは一向に返事が返ってこない。


「ロニー様、エルザ様、兄上のリオン様ですよ。ご挨拶を」


 付き添いの女性に背を押されるような恰好で、ロニーが一歩前に出てきた。そして口から飛び出した言葉は、残念なことに期待された挨拶ではなかった。


「……な、なんで? 黒髪だから? なんで、なんでなんで? コイツばっかりずるいよ! すぐに死んじゃうって言ってたのに! ウソつき、みんなウソつきだ!」


「ロニー様! なんてことを! 公爵様とのお約束を忘れたのですか? お教えした通りになさって下さい!」


 すぐに死んじゃうってまあ……事実ではあったけど、もはや過去形だ。誰が言ったのかまでは追求しないが、幼い子供の前で口に出すべき言葉じゃないよね。


「やだ! 僕はわるくない! わるいのはコイツだってお母さまが……」


 あーあ。発信源がバレバレだ。


 そこでロニーは、お付きの女性に口を塞がれながら退場になり、もじもじとスカートの布を両手でにぎにぎするエリザが残された。


「エリザ様は、お兄様にご挨拶をできますね?」


 やや後方に引っ込んでいたエリザが、付き添いの女性に促されて、おずおずと前に出てきた。


「……はじまして。エリザです」


 やっと聞き取れるほどの小さな声で、それでも軽く膝を折って淑女の挨拶をするエルザ。動きがぎこちないけど、この状況で十分に頑張っていると思う。


「改めて初めまして。上手にご挨拶できてエリザは偉いね」


「じょうず?」


「うん。三歳なら上出来だよ。しばらくこの屋敷にいるから、仲良くしてね」


「……なかよく?」


 不思議そうに首を傾げるエリザ。……可愛いじゃないか。これが今世の妹か。


「そう。今までは離れて暮らしていたけど、せっかく会えたしね。そうだ! 上手にご挨拶できたご褒美に、エリザにこれをあげる」


 上着のポケットから、エリザ用に作った風の魔道具を取り出した。まだ幼いので、鎖や紐が首に絡まるのを懸念して、特別に髪飾りに仕立ててもらったものだ。


 台座に花を模した装飾が付いていて、一見すると魔道具とは分からない。


「きれい!」


 エリザが髪飾りを見て目を輝かせた。


「でしょ。これはね。髪に留めて使うもので、装飾品だけどお守りにもなる。いつも身に着けていると、きっといいことがあるよ」


 エリザが側にいた女性をもの言いたげに見上げた。どうやら、受け取るには彼女の許可がいるらしい。


「エリザ様、よかったですね。お兄様からの贈り物ですよ。お礼を申し上げて下さい」


「ありがとう! おにいさま!」

 

 やっと笑った。ずっと精彩に欠けた表情を浮かべていたエリザが、パッと花が開くような笑顔になった。


 よかった。喜んでもらえて。


 ……問題は、ロニーか。ロニーにも魔道具を用意してきたけど、これは大人しく身に着けてもらえるかどうか分からないな。


 仕方ない。両親の登場を待つか……っていうか、あの人たち、いったいどこにいるの?


――『代償θ』1巻 本日発売です! ――

ぶっちゃけますと、発売から一週間くらいの売れ行きが非常に非常に大事なようなので、ぜひぜひ冬の暇つぶしに『代償θ』、Bob様のイラストが青く輝く『代償θ』を、よろしくお願い致します。

漂鳥 (*- -)(*_ _)ペコリ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る