隠しエピソード6 呪われた絵
大きな長テーブルが置かれた会議室。常なら大勢が集う時だけ開かれる部屋に、四人の人影があった。リオンの傅役であるグレイソン・リハイド・モリスと、彼に呼び集められた三人の分家当主たちである。
「お集まり頂いたのは、リオン様の素養について、皆さまに重大なお話があるからです」
「なんだ改まって。人払いが必要なほどの大事なのか?」
「はい。グラス地方の防衛にも関わりますので、機密扱いでお願い致します」
「おいおい。現状でも盛りだくさんなのに、これ以上何が出てくるんだ?」
「今からテーブルの上に、リオン様の作品の一部を並べますので、少々お待ち下さい」
丁寧に束ねられた紙束を紐解き、順番を確認するように並べていくグレイソン。
そして、長テーブルの半分を覆い尽くすほどになった絵を前に、分家当主たちは揃って難しい顔をする事態になった。
「何だこの呪われた絵は。絵を描いているのは知っていたが、コイツはヤバい。今日は、そういった方面の相談なのか?」
「やけに聞き分けの良い、大人しい子供だと思っていた。しかし、これは。私には絵の解釈は分からないが、素人目にも心の闇を感じる」
「やはり、親の愛情が欠けていたのがいけなかったか」
「子供たちと雪板で遊んだ時は、無邪気に楽しんでいたと聞く。親しく親族と触れ合う機会を、もっと増やすべきでは?」
「皆様、お気づきになられませんか?」
様々な憶測を言い合う当主たちに、グレイソンが横槍を入れた。
「何に気づくというのかね?」
「例えば、この形です。かなり特徴的だと思いますが、見覚えはございませんか?」
グレイソンが指し示したのは、繋ぎ合わせた絵の隅に描かれた、ある模様だった。そして、それを見て最も大きく反応したのは、ロイド家当主のサミュエルだ。
「ふむ。三日月型の文様。それも複数……ん? いやしかし、これだけではなんとも。他にこの文様が入った絵はないのかね?」
「残念ながら。しかし極秘に、この絵の複製を作らせています。思うところがあり、色を塗り替え、縮小して、一枚の紙にまとめてみたのです。それがこちらです。ご覧下さい」
グレイソンが、真っ赤な絵の隣に、折り畳んで置いてあった一枚の紙を広げていく。
「これは。確かに同じ図柄だが、全く印象が違う」
「ほぅ。色を変えたらこうなるのか。まるで地図のように見える。これは架空の場所の地図なのかね?」
「いや。この隅にあるのが三日月湖群の始まりだとすると、バレンフィールドの南の領域のように見える。南部地方の河川や田畑まで、かなり正確に描かれているのではないか」
「言われてみれば。そうすると、この線が精霊街道か。丸く塗り潰されているのは、宿場町や中継都市の位置と合致しそうだ」
「地図。それも、地形が目に浮かぶようじゃないか。しかし何故このような絵を?」
「縮小図は、もう一枚ございます。二枚を並べてみると、より絵の素晴らしさがお分かりになるかと思います」
グレイソンが、折り畳んだ紙をもう一枚取り出して繋げた。
「ああ、これは精霊湖周辺と東方面の地図か。森林境界や丘陵地の特徴がよく出ている。ん? 所々に小さな記号のようなものが描いてあるが、これは何かね?」
「どうやら、果樹園や農耕地など、人の手が入った場所に印がつけてあるようです」
「さて。ここまで詳しいとなると、果たしてリオン様は、いったい何を見てこの絵を描かれたのだ?」
「既存の地図を写しただけでは、こうはならない」
「どうやって視た? 加護か、あるいは職業か。それとも、盟約の力なのか」
「一番の気になるはそこじゃない。なぜだ。なぜ、南部と東部があって、北部の地図がないんだ?」
北部を治めるキャスパー家当主アーサーにとっては、リオンの能力を推測するよりも、自領の地図だけがない方が問題だった。
「理由は分かりません。ただ、絵を描かれる時は、かなり集中されています。これほどの大きさの絵です。一枚一枚、少しずつ隣接する地域を手がけ、ここまで仕上げて行くのに、相応に時間がかかっております」
「つまり、時間が足りないと? では、今現在は、どの地域を描かれているのだ?」
「このところお忙しかったこともあり、あまり描く時間を取れていませんが、おそらくグラスブリッジ周辺かと思います」
「リオン様の関心が高い順に描かれたのでは? 当家からは、バレンフィールドに料理人を派遣しましたし、食材も提供しておりますから」
南部を治めるサミュエルが、少し得意げにしているのは、おそらく気のせいではないだろう。
「つまり、食い物か。食い物が心、いや胃袋を掴んだということだな。そうであれば、北部には切り札がある。今探させているゲス・エグィス・マズィナが手に入り次第、リオン様に献上することにしよう」
「あの幻の食材と言われる? 前回見つかったのは、もう20年くらい前だと聞いています」
「大型の亀甲獣の目撃情報が出ている。甲羅に歯車の文様が確認されているから、期待できるはずだ」
「それは素晴らしい。ゲス・エグィス・マズィナは、大層美味なだけでなく、どこをとっても滋養に溢れています。リオン様も、きっとお喜びになられます」
「しかし、入手までには、今少し時間が必要だ。その間、北部にも関心を持って頂くには、どうすればいい?」
「そうですね。北部は独特な生き物が生息していますから、図鑑などがあれば興味を持たれるかもしれません」
「なるほど。それはいい考えだ。よし。早速手配しよう」
「皆様、一点だけご注意して頂くことがございます。この件に関しましては、万が一にでも領外に漏れてはまずいので、エリオット様には伏せてあります」
「賢明な判断だ。『顕盤の儀』の結果だけでも頭が痛いのに、これ以上、争点を増やしたくない」
「しかし、凄いな。ただそこにいるだけでも、多大なる恩恵をもたらすのに、このようなことまでできるとは」
「リオン様の能力は計り知れません。ぼんやりされているように見えますが、知性は高く、向学心もあり、周囲の者への気配りは年齢以上になされます。足りないのは体力と、親の愛情だけと言っても過言ではありません」
「体力はこれからつけていけばいいが、親ばかりはどうにもならん。エリオットは腑抜けだし、あのクソな母親じゃあ、いない方がマシだろう」
「できれば会わせたくないが、公式の場が初対面となれば、リオン様が我々に不信感を抱くような工作をしかねない。本当に厄介な女だ」
「次男のロニーを後継にと目論んでいたのだろうが、あの子には盟約がない。精霊への親和性までは計れないが、もしあったとしても、率直に言って、ウチのアーチー以下、アーロの足元にも及ばないだろう」
「本家の生まれなのに残念なことだ。母親に似たのかね?」
「ロニー様は、髪色や目の色が、夫人に似ておられますね」
「下の娘のエリザは、見た目だけならエリオットに似ているそうだ。だが、あの女が抱え込んでいるから、末はどうなることやら」
「できる限り、キリアムの血は外に出したくない。どうにかして取り戻せないか?」
「そこはエリオット次第だろうよ。本来ならグラスブリッジで養育するはずなのに、あの女の我儘で王都に留めているのだから」
「ロニー様であれば、引き取ること自体はできると思いますが、代わりに何を要求されるか予想がつきません」
「もし馬鹿げた要求がくるなら、遠慮なくはねつけてやれ。これ以上ない跡取りができたのだから、リオン様が成長された暁には、当主のすげ替えができる。そうなれば、金遣いの荒いただ飯喰いのクソアマともオサラバってわけだ」
「それまでに、リオン様をお支えする世代の子供たちを、しっかり鍛えておかねばなりませんね」
「そうだな。俺たちが早く隠居できるように、頑張ってもらわないとな」
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