第46話 墓参

 父親と分家当主たちとの会合で、キリアム公爵家の後継者、つまり次期当主が内定した。


 はい、俺です。順当に? 嫡男の俺に決まったらしい。


 『同世代で最も優れた盟約の保有』


 これが本家の当主に望まれる資質なので、満場一致で即決され、この決定は誰にも覆せない。


 なぜなら、キリアムの後継者の選定に、王家は口出しができないからだ。グラス地方がベルファスト王国に加入した際の約定において、一切の介入が禁止されている。

 従って、王家の役割は、誰それに決まりましたという報告を受け、それを追認するに留まる。即ち、拒否権のない事後承諾でしかない。


 ただし、貴族位の継承は話が別で、他家と同様に王家の勅許状を必要とする。

 しかし、それについても駆け引きは難しい。もしそこで王家がゴネるなら、グラス地方が王国から離脱する格好の理由になってしまうからだ。


 従って、所定の手続きと然るべき貢納を行えば、公爵位と従属爵位の勅許状が発行される。少なくともこれまではそうだった。


 さて。内定といっても、ほぼ当確の後継者に決まったので、過去の歴代当主に挨拶をしに行くことになった。彼らは、父親のひとつ前の当主も含めて、全員故人である。


 つまり、墓参に行くわけです。


「キリアム本家の墓廟が、二箇所に分かれているのはご存じですね?」


「もちろん。ひとつはバレンフィールドに、もうひとつはグラスブリッジにあると聞いている」


 4代目までの墓廟は、湖上屋敷の屋内にあった。礼拝堂のような雰囲気がある小部屋で、遺骨以外にも、遺品や遺髪、子供の頃に抜けた乳歯なんかも保存されていた。


「仰る通りです。二つ目の墓廟は、ここ本邸の下郭にあり、5代目以降の歴代当主の遺骨が埋葬されています」


 遺骨。そう、日本と同じく葬法は火葬なんだよね。


「遺体を焼却した際に立ち昇る煙は、幽魂が天に還る道筋を示すと言われています。その一方で、肉体は灰になり塵となって自然に還元される。また、グラス地方では、精霊信仰、特に水精霊への信奉が強く、人々は死後、土中に埋められることを望みません」


 遺灰は生まれ育った土地の水辺に散骨される。一般的には。


「唯一の例外は、精霊と盟約を交わした者の遺骨です。概ね、本家や分家の当主のものが、それに該当します」


 生前とは比べるべくもないが、彼らは魂が肉体から離れ、灰になってさえも、生前に親しく交流していた精霊たちを、惹き寄せる性質を帯びている。


 それ故に、遺骨は墓廟に埋葬する形で管理され、死後もグラス地方に、より多くの恩恵をもたらす役目を担っている。これは、精霊との盟約者が長く生まれない時の、保険的な意味合いを持つらしい。


 かつては、遺骨を狙う墓荒らしが、繰り返し侵入を試みたこともあった。

 しかし、この地を離れて、知らない精霊の支配圏に持っていっても、新たに精霊を惹き寄せるほどの効果は期待できない。


 これが、グラス地方の外で精霊との盟約は眉唾物だという風評を立てるのに、一役かった時代もあったとか。


 だから、グラス地方内でも、盟約者の遺骨は、生前長く過ごした場所に埋葬するのが基本とされている。


「火葬や散骨の風習は、グラス地方ならではのもので、他の地域――ベルファスト王国や諸外国の多くでは土葬が行われています」


「なぜ地域により葬法が異なるの?」


「葬法の違いは、信仰する宗教と密接に関連しています。神聖ロザリオ帝国で布教されていた宗教が、火葬を禁じていました。その影響が今なお強く残っているのです」


「神聖ロザリオ帝国?」


「いずれ古代史の授業で出てきますが、統一王国以前に中原に覇を唱えた宗教国家です」


 へぇ、統一王国の前にも、大きな国があったのか。


「その国は、どのような宗教を信奉していたの?」


「生命神を唯一神とした生命神教なるものを国教と定め、皇帝は神の代行者であるが故に皇帝権がある、即ち、統治の正統性を有すると主張していました」


「唯一神なのか。多神教でないのは驚きかも」


「彼らが生命神を讃えていたのは事実ですが、その教えは、現在の生命教会が説くものとは似て非なるものです。独自解釈と言っていいでしょう」


「その独自解釈で、火葬を禁じていたの?」


「そうです。『世界の滅びの時に死者は復活する』と、生命神教は説いていました。終末思想と呼ばれるもので、信仰厚き者だけが魂を身体に呼び戻され、滅びの後に顕現する地上の楽園で永遠の命を与えられるとね。そのための土葬です」


「なるほど、確かに言っている内容が全く違うね。現在の生命神の教えでは輪廻転生を説いているのに」


「はい。それだけでなく、生命神が禁じている他者への精神操作や隷属化を強制する魂縛術を、公然と使用していました。その点だけでも、別物だと考えた方がよいでしょう」


 魂縛術だって。うわぁ、そんな術もあるのか。いわゆる傀儡や魅了、隷属させて支配するってことだよね? 異世界、怖っ。


 禁術なら今は使われていないのかもしれないが、何らかの対策を考えておいた方がいいかもしれない。いつの時代にも、悪いことを考える人間はいるものだから。


 *


 上郭から建物内の回廊を通って中郭へ移動し、一旦屋外へ出て、大きな空堀と旧本邸を左手に見ながら中郭を抜け、初めて下郭にやってきた。


 なんかね、下郭にはとても生活感があった。

 常駐する騎士や従業員のための宿舎や食堂を始めとして、厩舎と馬場、工房や鍛冶場に診療所。ちょっとした村か、それ以上だ。

 他にも大小様々な施設があり、目立つ所では、軍事訓練場や、騎士の叙勲式典を行う大儀典堂などがある。


 荘厳な大儀典堂は、格式高い欧州の礼拝堂みたいな外観をしていて、その敷地の一画に、目的の墓廟があった。


「ここが、歴代当主の墓廟です。足元に、敷石の代わりに銀板に名前が刻まれている箇所がありますが、その下に遺骨が納められています」


 白い漆喰壁に、碁盤状に張られた明るい石灰岩ライムストーンの床。偶像や華美な装飾の類は一切なく、採光や風通しは良好で、予想を裏切る清涼感が漂っている。


 床石の間に規則正しく嵌め込まれた四角い銀板は、5代目から15代目までの11枚あるはずだ。


 端から順番に、ひとつひとつの銀板の前で立ち止まり、名前を確認していくことになった。墓標には、名前だけでなく、座右の銘などの文言が刻まれていることもある。


 4代目セオ卿の『平穏の導き手』、6代目メイソン王の『産めよ増えよ』、7代目ベンジャミン王の『兄弟の絆』、8代目ルイス王の『天災に備えよ』のように、当時の世相を想起させて案外面白い。


「あれ? 順番通りではないの?」


 一番端の銀板に刻まれた名前は、6代目のメイソン王のものだった。5代目はどこに行った?


「この墓廟を作られたのがメイソン王なのです。5代目のヒューゴ卿のお名前は、もう少し後にございます」


 6、7、8、9と来て、その次にやっと5代目の名前を見つけた。なぜこの位置に? 5代目の後は……10代目から16代目まで、ちゃんと順番に並んでいるのにって、あれ?


「えっ、16代目? まだ生きてるよ?」


 16代目の銀板には、既に現当主である父親の名前が刻まれていた。


「はい。当主に就任された時点で、ここに名前が刻まれることになっております」


「早過ぎない? 亡くなった後ではダメなの?」


「ダメというわけではありませんが、初代様からの慣例ですので」


 初代ルーカス卿は、生前に自ら墓を用意して、墓石代わりの銀板に名を刻んだ。後に続く当主たちも、それに倣ったという。


 湖上屋敷には、湖の至る所に精霊が満ちていた。本邸にも相当な数の小精霊がいる。この墓廟内も例外ではなくて。


 ――ダレ?

 ――アタラシイ コ?

 ――チイサイ ケド オオキイ

 ――カワイイ


 実はずっと、風や光の小精霊の囁きが聞こえていた。中郭でフェーンと群れていたのとは別の集団。また違う新しい子たちだ。だから。


「次期当主に内定したリオンです。ここに眠る歴代当主のように、灰になっても精霊に慕われるような生き方をしていくつもりです。みなさんと仲良くなれたら嬉しいです。よろしくお願いします」


 俺なりに今の気持ちを表明して挨拶した。

 盟約の主が亡くなっても、会いに来てくれるような人懐こい精霊たちに。俺とも仲良くしてねって。そしたら。


 ――リオン

 ――ナカヨク スル

 ――ヨロシク

 ――ウレシイ

 ――ネガイ


 小精霊がどんどん集まってきて、吸い込まれていった。


 どこに吸い込まれたかって?

 朝から俺に纏わりついていた、風の小精霊フェーン。最近育ち気味のフェーンの精霊球に、なぜか周囲の風の小精霊が群がって、ひとつになった。


 ――コレデ ミンナ イッショ


「今、何が起こったの? 他の子たちは、フェーンと共にいるの?」


 またひと回り以上大きくなり、小精霊とは言い難くなってきたフェーンに、目の前で起きた不思議な現象について尋ねた。


 ――ミンナデ ヒトツ


「そういうもの?」


 ――ミンナ ツナガッタ


 名前をつけた時から、フェーンとは細いリンクのようなものができていたけど、それが若干強化されたような気がする。


「ミンナデ ヒトツ」は、おそらく意識の集合体のような形態を指していて、新たな小精霊たちが、フェーンのリンクに相乗りしたような感じ?


 といっても、精霊の生態はよく分からない。感覚的に捉えるしかないんだよね。

 精霊について、もっとよく知りたい。歴代当主が書き残した文献とかないかな? 聞けば出てきそうな気もするし、探してみるか。

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