第48話 魔女の紋章

 モリ爺が言っていた通り、母親は本当に一泊しただけで帰ってしまった。


 ここに来るのは嫌だった。懐かせるのは無理。なんて言っていたから、世間体あるいは王家やスピニング伯爵家の圧力で、仕方なく動いたのかもしれない。


 俺が次期当主に内定したせいで、母親としては当てが外れたのかな? 盟約の有無次第だけど、手元に置いている弟が家を継ぐ可能性もあったのだから。


「リオン様、どちらへいらっしゃるおつもりですか?」


 本邸でも、周りにいる人たちは皆優しい。丁重過ぎるきらいはあるが、居心地は悪くない。ただ、なかなか一人になれないのが目下の悩みだ。


 俺はまだ子供で、以前よりは身体も健康的になってきたけど、相変わらず体力はないし、丈夫になったとは言いきれない。

 だから、どうしても大人に守ってもらう必要がある。そこは重々理解しているつもりだけど、さすがにもうちょっと自由が欲しいのだ。


「あの。城門……に行きたいのだけれど、案内してもらえるかな?」


「城門でございますか? 確認して参りますので、少々お待ち下さい」


 あっ、これダメっぽい。


 本邸は物凄く広い。それなのに、日頃の俺の行動は、ごく狭い範囲に制限されている。

 建物の内側からしか出入りできない場所なら、護衛付きで行けなくはない。でも、外の人間が紛れ込める場所へは、墓参などの特別な理由がなければ、まず許可が出ない。


 過去に盟約持ちが誘拐されたなんて話を聞いているので、仕方ない対応だと思うけど、城門には行ってみたかったんだよね。


「リオン様、なぜ城門に行きたいのですか? 誰かに勧められましたか?」


 ジャスパーが、目に警戒の色を浮かべながら聞いてきた。


「それはないよ。城門に行きたい理由は、門そのものに興味があるから。城門が無理なら、もっと小さな門でもいい。良い場所を知らない?」


 俺の答えに、みんな不思議そうな顔をしている。

 まあ、そうだろうね。俺の職業に【門番】があるのを知らないのだから。


 俺に限らず「顕盤の儀」の結果については、むやみに口外してはいけないことになっている。だから、他の子供は俺の職業を知らないし、自分も、みんなの職業を知らない。


「それなら、旧本邸はいかがですか? 常に跳ね橋が下りていて分かりにくいですが、あの入口にも門があったはずです」


「本当? なら行ってみようかな」


「私もご一緒してよいですか?」


「もちろん。他にも行きたい人がいればどうぞ」


 ということで、俺+子供三人で散歩に出かけることになった。


 それ以外の子は、騎士団の見学や実際に混ざっての訓練、行儀作法や読み書きなどの学習、年長者なら親の仕事の手伝いと、それなりに忙しくしているので、各分家の三人――エルシー(キャスパー家)、クレア(ロイド家)、ジャスパー(モリス家)といることが、比較的多い。


 旧本邸への跳ね橋を渡り、楼門とアーチ型の通路に進んだ。通路の入口で頭上を見上げると、金属製の落とし格子の先が尖った杭が見えた。

 昔、この建物が現役だった時は、いざ攻城戦となれば容赦なく落とされたはずだ。今は巻き上げてあるけど、ギロチンの下を通るみたいでソワソワした気分になる。


 落とし格子の内側に、内開きの木製の門扉が付いていて、通路の出口にも同じく落とし格子があった。


 うーん。確かに門なんだけど、何か違う気がした。これじゃない的な。

 概ね、門番と聞いて俺が思い浮かべたのと、体裁は似たような感じなのに。


 一応、門扉をペタペタ触ってみたり、通路を行ったり来たりしてみたが、閃くものはないし、何も起こらない。そう都合良くはいかないか。


 門番。門の番人。

 ゲームでは、「◯◯村へようこそ!」って言うだけの人。


 わっかんないな。モリ爺にこっそり聞いてみたけど、この職業、何気に謎なんだよね。


「門は確認したから、もういいや。空中庭園に行ってみよう」


 以前、風の小精霊たちが、しきりに何か伝えようとしていた。あそこには、風だけでなく、光の小精霊も集まっていたけど、いったい何があるんだろう?


 屋上に上がり、みんなで庭園を散策する。水路に沿って歩いていると、自ずと水盤にたどり着いた。


『我が唯一』『高貴なる貴女に 永遠の愛を誓う』


 愛の誓いが刻まれたプレートが、今日も日差しを反射している。


 少女や一角獣、華麗な花々といった幻想的かつ優美な彫刻に、てっきり女の子たちは喜ぶかと思っていたのに、どうも反応が違う。


「こんなの壊しちゃえばいいのに」


 エルシーがそう言いながら見つめているのは、水盤の中央にある彫刻そのもので。


「なぜそう思うの?」


 不思議に思った。眉を顰めるエルシーだけでなく、クレアも浮かない顔をしている。ただ一人、ジャスパーだけが、いつも通りのクール顔だ。


 なぜ彼女たちはこの彫刻が嫌いなのか? いつも笑顔で楽しそうにしている少女たちが、あからさまに態度を変えた理由。それを知りたくなった。


「だってこれは『魔女の呪い』だもの」


「呪い? 単なる装飾ではないの?」


 なんか不穏な言葉が飛び出してきたぞ。


「魔女の姿を写したもの」


「魔女の紋章。魔女の名付けの由来になった不吉な花」


 いやほんと、いったい何があるんだ?


「魔女? なぜここで魔女が出てくるの?」


「あれは魔女なの」


「リオン様はご存じないのね。あの彫刻の花はフロル・ブランカ。傲慢で卑劣な魔女の花なのよ」


 ご存じも何も、魔女なんて存在自体を初めて聞いた。


「では、なぜそんな像や花の意匠がこの場所に?」


「もちろん魔女の仕業よ。元々植えてあった草花を絶やし、花壇や墓標を壊して、納められていた遺骨を動かしてしまったの」


「呪いの花の彫刻で覆って、自分の似姿を置いて、神聖な誓いまで書き替えてしまった。こんなの許せない」


 つまり、この水盤は、設置された当初は違う姿だった?


 魔女に呪い。子供が言うことだからと、軽く聞き流せない言葉が、他に幾つも出てきた。もし今の話が本当なら、その行為が許されて、現在まで放置されている理由が分からない。


「墓標を壊して遺骨を動かした? それって誰の遺骨なの?」


「もちろん、ヒューゴ卿のよ」


「5代目当主の? 墓廟にお墓があったけど……そういえば、一人だけ墓標の位置が変だった。でも、なぜそんなことに?」


 元はここに墓があった。それなら、安置された場所が一人だけズレているのに合点がいく。しかし、二人の幼い少女たちから、続けて出てきた言葉がヤバかった。


「陰謀」

「加害」

「人質」

「脅迫」


 おっと。一気に漂う事件臭。


 交互に羅列されたキーワードを聞いて、歴史の授業で聞いた話が頭に浮かんだ。

 あれと関わりがあるのかな?

 だとすると、正史には出てこない裏話的なものかもしれない。いったい過去に何があったのか。もう少し突っ込んで聞いてみようか。

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