隠しエピソード4 アイ・ベル・アイン

 私の名はアイ・ベル・アイン。

 マスター・リオンの指南役を拝命している。


 マスターは地球という近接異世界からの転生者であり、幽明神キルクルス大神に導かれた、稀有な人物の一人である。


 私の役目は、共生体である理蟲を開発段階に応じて孵化させ、マネジメントしながら、計画的に自己開発を推し進めることである。


 自己開発に当たって、マスターと私は『互いに円滑な意思疎通を図ることが不可欠である』という共通見解に達していた。私への擬似人格の付与が可及的速やかに行われたのは、それ故である。


 マスターが私に求めたのは、第一に知性である。


 思慮深いマスターが異世界知識を駆使し、斬新でハイブリッドな名称を登録したことで、私に適応進化への道が開いた。

 それは予測を越える副産物を伴い、バージョンアップと同時に、異世界の知識や概念をも吸収するに至ったのである。


 そこには、マスターが所有していた個人的な記憶はもちろん、長い年月をかけて異世界から取り込まれ、世界記憶アカシックレコードに蓄積されていた、膨大な知識の積層も含まれていた。


 地球人類史上に輝く二人の天才。素材とした彼らの名前を導線として、私は時間と空間の概念や光と重力、世界秩序の解明といった、科学的な方面への知の泉に触れた。


 しかし、その一方で、マスターの個人的な記憶にあった現代日本の文化・教育・娯楽などについても、大いに関心を寄せている。


 地球人は、空想という未だ不確かなものへの欲求がとても強いのだ。


『空想は知識より重要である。知識には限界があり、想像力は世界を覆う』


 その意味する所は、知的好奇心を絶やさず、疑問を持ち続け、1週間、1カ月、1年と思索を巡らせれば、新たな発見を現実に引き寄せることができる——といったもの。


 想像を絵空事に終わらせず、科学へと発展させた原動力は、地球人類の柔軟な頭脳の内にあった。


 一方、この世界では、不確かなものへ手を伸ばす人はとても少ない。

 なぜなら、物心がようやくついたばかりの幼子に、職業という分かりやすい未来が提示され、多くの者は盲目的に従ってしまうからだ。


 与えられた能力を最大限生かそうとして、結果的に効率が良い生き方を選ぶ。

 もし与えられた未来に対して、多少の反骨心が芽生えたとしても、取り巻く環境が許さない。地球のように、成人を過ぎても自分探しをしていては、日々の糧すら得られないのだ。


 マスターの記憶に効率厨という概念があった。

 より短い時間、より少ない労力で、目に見える成果を上げることを目指すという考え方で、遠回りや無駄を嫌い、あるかどうかも分からない遠い未来よりも、現在と直近の未来を重視する。


 効率厨は、限られた時間で利益を量産するのに適した方針と言えるが、効率を追求し過ぎると、選択肢の幅が狭まり、誰もが似たような手法を繰り返すことになる。


 そして、世界を変えるような知の転換点は、効率重視の社会では生まれ難い。


 停滞しがちな文明を乱すのは、大抵はマスターのような異世界からの転生者だ。

 複数人の転生者が現れた時代は、既存の常識が少なからず覆されて、いずれも乱世となっている。


 前回地球から受け入れた転生者は、昭和という時代からやって来たらしい。マスターは、彼らより数世代後の世界から来ているという。

 少子高齢化が加速し、社会に閉塞感が生まれる一方で、人々の娯楽は多様化していった。


 マスターが好きだと言っていたマッピング。あれも娯楽の範疇に入る。

 実際に嬉しそうに作業をしていて、マスターの記憶を検索すれば、地球での日常生活や娯楽の中に、様々な形で取り入れられていた。


 先日、マスターが職神の神殿を訪れた際、適性があるという5つの職業が提示されたが、神々から授けられたのは、マスターが渇望した地図職人ではなかった。


 神の決定は覆らない。


 だからといって、全てを諦める必要はないのではないか? マスターが望んだ職業に類似した、いや、それ以上に発展した能力を、我々が提供すれば良いのだ。


 地図職人の固有能力は、作画力や方位及び距離感覚の向上といった地図作成補助である。しかし、それでは物足りない。マスターにサプライズを贈れるような、地球文明を模倣したシステムを構築しようかと考えている。


 マスターは、弱音は吐くが逃げはしなかった。

 最速で自己改造を終えることを望み、忍耐強く、ある意味とても貪欲で、なにより、私に全幅の信頼を寄せて改造を任せてくれている。


 その厚い信頼に応えるためにも、マスターが心から望むことは、できる限り叶えてあげたい。


 幸いにも、【理皇】の片翼である理蟲は、感情表現に乏しい反面、知能は高く、獲得できる能力には柔軟性がある。


 世界秩序はむろん、惑星の構造自体が地球とは異なるため、人工衛星の打ち上げは無理だが、別の形を目指せばよいだろう。


 理蟲といえば、そろそろ3体目を孵化させねばならない。

 なぜなら、次の攻略対象である「理伍」と、その先には、「理」の扉の前に、『神の試練』が立ち塞がっているのだから。

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