第40話 キリアム家の歴史 6thー9th


 リオンです。

 『授職式』と『顕盤の儀』が終わり、幾組かの家族を残して、分家の人たちは領地へ戻って行った。


 残ったのは、御三家と乳母たちの家族だけだ。それでも子供の人数が多くて、今までの暮らしより、ずっと賑やかになった。


 彼らにとって、何をおいても大事なのは、この地に恩寵をもたらす精霊との盟約だ。盟約を持つ者は、そこにいるだけで豊穣をもたらす。


 実際に、俺に精霊紋が現れてからの三年間、精霊の森だけでなく、その周辺の農耕地一帯に、かつてないほどの豊作が続いているらしい。だから、精霊紋を所有する俺自身に対しては、彼らは非常に友好的だといっていい。


 その一方で、俺の母親については、まるで存在しないかのように彼らは振る舞う。完全スルーで、話題にすら出ないのだ。それはもう不自然なくらいに。


 どうもね、個人的な好き嫌いだけではなく、両親の結婚そのものが歓迎されていないみたいなんだ。


 なぜだろう?


 その答えは、グラス地方とキリアム家を取り巻く状況、そして歴史にあった。


「前回は、5代目当主ヒューゴ卿の話で終わりました。ここグラスブリッジを交易都市として発展させた功労者であり、『巨人の一撃』での戦い以降、ジェミニ大橋の要塞化とグラスブリッジの城郭都市化を推し進めた人物でもあります」


 今日は、キリアム家の歴史学習の続きだ。


 外敵の撃退には成功したが、統一王国内の動乱の影響で、他にも少なからず、グラス地方を狙う勢力が存在していた。


 防衛のために、ジェミニ大橋やグラスブリッジで大規模な公共事業を始めたが、一代では終わらず、次代に引き継がれて完成をみている。


「ヒューゴ卿は生涯独身を貫いたため、実子がいませんでした。そこで甥のメイソン卿が後継者となり、ジェミニ大橋の要塞化を進めながら、幾度も外敵を追い払ったのです」


 統一王国で、諸侯の脱退と再編がなされる中で、キリアム家にも臣従を促す誘いが来た。


 開拓が進んでも尚、辺境と呼ばれていたグラス地方。キリアム家は、その版図を広げつつも、いまだ立ち位置を旗幟鮮明きしせんめいにはしていなかった。


 メイソン卿は決断する。


 どの既存勢力に与することもなく、相互不可侵の独立国として立つことを。そして、グラス地方内外に向けて、キリアム王国の立国が宣言された。


「メイソン卿、いえ、後に城塞大公と呼ばれたメイソン王は、子沢山でもありました。その子供たちには、精霊との親和性が高い者が複数名現れました。【精霊の恵み】を持つ三人の男子の内、ベンジャミン王子が後を継ぎ、残り二人の男子は、分家を立てることを許されました。それがロイド家とモリス家です」


 7代目のベンジャミン王の時代になると、ロイド家が南部の開拓に乗り出し、支配領域が年々、加速度的に増えていく。


 土地はあるが人手が足りない。労働力不足を解消するため、紛争地からの入植者を受け入れ始め、より拡大路線へ向かうことになる。


「8代目のルイス王の時代に、遥か東方のイグニス大火山が噴火します。日差しが遮られ、降灰が広範囲に降り注いだことにより、大陸東部に5年以上に渡る大飢饉が発生したのです」


 大量の流民の発生、食糧を巡っての私掠しりゃく戦争。

 統一王国の崩壊は、もはや止めることはできないと、誰もが考えた。


「そこに登場したのが、ベルファスト王国中興の祖と呼ばれるロジン・ベルファストです。彼は、王国の国庫のみならず、私財まで投げ打って食糧の確保に奔走します。そして、その類稀たぐいまれな求心力で、中央大森林の西側の勢力をまとめ上げ、中央集権国家であった統一王国から、領邦りょうほう国家のベルファスト王国へと形態を変えて、再起復興を遂げました」


 ロジン・ベルファストは、決断力があり、かつフットワークが軽く、人心を掌握したり、交渉したりするのが非常に上手かった。キリアム王国へも自ら足を運び、食糧の大量輸出の約束を取り付けたという。


「9代目ウィリアム王の時代には、各国が大飢饉の影響から脱却し、力をつけていきます。ロジン・ベルファストが亡くなり、世代交代が起こると、我々の豊かな土地を狙う領邦貴族とのいさかいが起こるようなっていきます」


 ベルファスト王国は、その成り立ちから諸侯の独立性が高く、統一王国からベルファスト王国に引き継がれたキリアム王国との相互不可侵の原則を、不服とするものが現れた。


『あれは辺境の一地方であるからこそ、成り立っていたのであり、今に適用されるべきではない』


『不毛の荒野だったから見逃していたが、あれほど開拓が進んだのなら、我々が支配するのが当然である』


『キリアム王国を僭称しているが、あの地は元々、統一王国の一地方に過ぎない』


『流民として移住した民は、我々から奪ったものである。従って、利益を還元すべきだ』


 彼らの主張を要約すると、不毛の土地ならいらないが、豊かになったのだから分け前を寄越せだ。


 傲慢な彼らは、こうも言った。


『【精霊の恵み】の独占は許し難く、あの地だけが豊作を約束されているなど不公平極まりない』


 随分と勝手な言い草だと思う。

 そもそも、【精霊の恵み】は、ルーカス卿を祖とするキリアムの私的な盟約である。


 そして、建国当時、その立役者の一人であるルーカス卿を、統一王国関係者は煙たがり、王国に留まることをよしとしなかった。


 隠棲のために、単身、不毛の荒野へ向かうルーカス卿。彼を引き止めたのは、アーロン・ベルファスト唯一人。【精霊の恵み】の独占も何も、自ら進んで手放したのだ。


 開拓民の入植についても、王国貴族たちにその責任がある。

 彼らは、戦争で荒廃した土地から、命からがら逃げてきたのだから。


 若い男女は徴兵や掠奪りゃくだつでいなくなり、残されたのは、老人や子供だけだった。生活するのも苦しい中で、翌年の種籾たねもみまで根こそぎ奪われ、着の身着のまま、少なくない脱落者を出しながら、バレンフィールドを目指して大渓谷を越えた。


 しかし、戦争の大元である貴族たちは、自らの主張を譲らず、実力行使に出る。


 キリアム王国への圧力として、輸出品への高い関税、検閲と称する商品の没収、通行税の大幅な値上げなど、物資の荷止めが公然と行われ始めた。


 このまま物流を封鎖されたら立ち行かない。いや、むしろ鎖国した方がいいと、キリアム王国内でも意見が二分し、議論が紛糾していた最中さなか、天が嘲笑うかのように、再びイグニス大火山の大噴火が起きたのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る