第38話 授職式


 職神の神殿に到着した。


 神殿前の広場で次々と停車し、馬車から降りて家族単位で固まった。

 俺の付き添い人は傅役もりやくのモリ爺なので、先に到着していた爺と一緒に、神殿の中に入って行った。


 授職式は、一度に参加する人数が多い。そのため、幽明神殿のような個室ではなく、主拝殿で行われる。


 その主拝殿は、巨大な立方体の建物の南側に、参拝用の長方体の建物を繋げた形をしている。

 一度に大勢の人を収容できるように、参拝用の建物の中央通路の両脇に、一枚板で4-5人が腰掛けられそうな長椅子が、何脚も並べられていた。


 見事なのは、立方体の建物の天井に嵌め込まれた薔薇窓だ。

 複雑な模様を描くそれは、聞いた話では、その窓のひとつひとつが、なんらかの職業を表しているらしい。このステンドグラスを見れただけでも、来た甲斐があったね。


 薔薇窓の真下には、大きな職神の立像が据えられている。

 恐らく10メートル近くあるんじゃないかな? 職神は職業三神とも呼ばれていて、三柱が背中合わせにくっついて、一体の立像になっている。


 正面が鳥頭の男神、向かって右に顔があるのが、鮫のような上半身の性別不明の神、そして反対側は、豹頭の女神の姿をしていた。


「【職業】は、神から与えられる公職です。私たち人間は、職業と共に、様々な優れた能力を授けられます。神々が作られた職業の数は、数え切れないほどあります。未だに詳細が不明なものもあり、果たして全部で幾つあるのか? その全体像は計り知れません」


 式の冒頭は、説法から始まった。なるほど、こうして他の家族と一緒にいると、付き添い人として、大人が必要なのがよく分かる。


 女の子は大人しく座って、神官の顔を見たり、ドレスの皺を伸ばしたりしている。

 ところが、男の子の何人かはソワソワしていて、いかにも落ち着きがない。見れば背後から大人の手が周り、子供が無駄に動かないように抑えているようだった。


「どのような職業を授かるかは、神々が公平に判断して下さいます。しかし、職神はこうもおっしゃっています。『職業に甘んじることなく、能力を糧にして邁進せよ』と。要は何を授かったかではなく、手に入れた能力をどう使うか、また、どう伸ばしていくかであり、それは我々自身で考え、努力していかなければなりません」


 説法は、大人向けのままなのだろう。子供の興味を引くように、もっと噛み砕いて話せばいいのに。最初はそう思った。

 でも、聞いているうちに考えが変わった。同席している親にこそ聞いて欲しい。そういった内容だから、この話し方をしているのではないかと。


 適性がある職業を授かると言われている。だけど、それが必ずしも、当人や親が望んだものとは限らない。その場合、誰かが失望することになる。

 それを諌めるため。あるいは、職業で全て決まるわけではないと諭す目的で、語っている気がした。


「飛神アリゥス、蹴神パルドゥス、游神ストリークゥスにお願い申し上げます。今日ここに集いし幼な子に、等しく祝福を授けたまえ」


 長い説法が終わり、説法台が片付けられて、一人一人、立像の前に呼ばれることになった。


 先ほどまでは説法台で隠れていて見えなかったが、立像の前に子供の背丈くらいの柱がある。


 その形は方尖柱ほうせんちゅう、いわゆるオベリスクに似ていた。

 柱は透明なのに、先端にある四角錐ピラミッドの部分は、天井のステンドグラスを映したように、赤や青を交えた光を放っていた。


「お名前を呼ばれたら、この柱の前に立ち、合図があるまで両手で先端を軽く握って下さい」


 呼ばれる順番は、分家の人たちが先で、続いて御三家、最後が俺になる。


 ほぼ同じ間隔で、次々とテンポ良く名前が呼ばれていく。終わった者は別室で『顕盤の儀』を受けるので、家族と一緒に退室していった。


 あっという間に俺の番がやってきた。少し緊張しながら前に進み、両手を先端に載せた。


 ん? いつまで載せていればいいんだ?

 合図がないのはなぜだろう?

 チラッと合図係の神官を見るが、まだ触っていろとジェスチャーをされた。


《神々が協議中です。マスターに関わりのある神が多く、イレギュラー対応になるため、授けるべき職業が直ぐには決まらないようです》


 またもや協議中。


 そのまま、じっと待つ。合図係の神官さんの、まだまだジェスチャーが繰り返される。

 なんか居た堪れない。悪党とか、あるいは奇天烈な職業でなければ、最早何でもいい気がしてきた。


 ちなみに何が問題なの?


《現在候補として上がっている、適性がある職業は5つです。その内、どれが最も相応しいか決めかねているそうです》


 その候補って教えてもらえたりは?


《以下の5つになります。

 ・虫使いインセクトマスター

 ・先見者シアー

 ・門番ゲートキーパー 

 ・隠者ハーミット

 ・地図職人マッパー    》


 なんか見事にバラバラだ。でも、地図職人なんかいいじゃん。趣味と実益を兼ねられそうで。


《地図職人が外され、候補が残り四つに絞られました》


 えーっ! なんで? あの中では一番いいと思ったのに。なんか普通っぽいし、マッピングは結構好きなんだ。


《今のままのが面白……適性が少し足りなかったようです。続いて隠者も、隠れ住んでいた経緯が病弱で強制的だったという点を突かれ、少し根拠が弱いと外されました》


 残り3つ。どれになるんだろうね。


《協議が終了しました。最終候補の三つは、いずれも既得能力との重複が多いため、再編という形で三つ全部組み込んで下さるそうです》


 それなら、地図職人が欲しいです。交換ってできないの?


《終了案件として、提案は却下されました》


 そんなぁ。気前がいいのか渋いのか。


 残念、グッバイ地図職人。

 マッピングは、現状のまま自己満足止まりだ。まあ、それでもいいか。紙も絵具も、追加いっぱい買ってもらえた。好きな時に好きなように描く。


 拠点をグラスブリッジに移して、【感覚同期】が及ぶ範囲が変わった。諸々の儀式が終わったら、新しいエリアに行ってみよう!


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