30 遺跡調査隊

 

 魔術の時間。


 箱庭サイズの迷路を前にして、俺は杖を片手にめっちゃ集中していた。


 先生曰く。

 

「君は魔力の器が大きい上に、苦も無く転化ができる。それは素晴らしい才能であり、だからこそ鍛錬を疎かにしてはならない」


 本来魔術師は、魔力操作・属性転化・魔術構築・「理」への到達において、日々の地道な訓練を積み重ねて少しずつ技能を上達させていく。当然、時間もかかる。


 俺は肉体改造という荒業で転化能力と「理」を取得しているが、実践が圧倒的に足りていない。そのせいで、どうやら魔力操作が目に見えて粗いようなのだ。


 従って、当面の実践魔術の講義は、繊細な魔力操作――柔軟性と巧緻性を伸ばす――という方針に決まった。


 その魔術教育のための教材として与えられたのが箱庭迷路だ。その入口に、木製の小さく軽い玉がひとつ置かれている。


 これを指定された風の魔術を使って、出口まで転がすわけだけど……む、難しい。


 まずは玉を押すための小さな風球を作り、圧縮して内圧を高めていく。


 風球を維持しながら対象を目的の方向に押す……のだが、力任せにやれば木製の玉が勢いよく跳ね、箱から飛び出して失敗となる。


 優しくだ。ちょっとずつ、背中をそっと押す感じで……あっ! しまった!


 力を絞ってそろそろと動かしているが、迷路の床に絶妙な傾斜がついていて、気を抜くとコロコロと玉が戻ってしまうのだ。こんな風に。


 ふぅ。力を加減するのがこれほど大変だとはね。大量の転化をして、全力でドカンと魔術構築する方がよっぽど楽だ。


「はい、止め! 今日はこれで終了とする」


「……あまり先に進めませんでした。これ、凄く難しいですね」


「初めてにしてはかなり上手い方だよ。大抵は玉を意図した方向に動かすのにさえ苦労するからね。やはり君は筋がいい。箱庭迷路は貸出するので、体調が悪いなど特別な理由がなければ毎日挑戦するように」


「はい。ありがとうございました」


 毎日は大変だけど、きっといい訓練になる。頑張って励もう。


「さて。まだ時間に余裕があるけど、何か質問はある?」


「授業に関係ないことでもいいですか?」


「構わないが、何を聞きたいの?」


「大陸西側の古代遺跡と遺跡調査隊についてです」


 遺跡調査隊は北部諸国のひとつであるカリブンクルスから来たとクストスさんが言っていた。隣国のテグラ出身の先生なら何か知っているかもしれない。


「それはまた通な質問だね。遺跡調査隊か……君には少し早いかもしれないが、この際だから話しておいてもいいか。君自身の立ち位置に大なり小なり関わってくるしね。まずは前提として、北部諸国への理解が必要になる。そこから話すけどいい?」


 俺の立ち位置? 何が飛び出すか分からないけど、俺に欠けている情報だ。聞いておいた方がいい。


「はい。お願いします」


「まずは位置関係から。北部諸国は大陸北西部の沿岸にある。横に細長くて、西から順に魔導国カリブンクルス、テグラ王国、ラウルス魔技国と数珠繋がりに三つの国が連なっている。そう聞いて、何か疑問に思うことは?」


 はい、質疑応答形式ですね。以前、地理の学習で教わったときは、ふーんって感じで流してしまったが、よく考えれば妙かもしれない。


 どの国も優れた魔術師を輩出する家系を数多く抱えていて、魔術の研究が盛んなのが共通点。


 妙だと思ったのは、似たような国が三つ固まっていることだ。この地に魔術師を引き寄せるものでもあるのかな?


「えっと、なぜ魔術師の国が三つも隣接しているのですか?」


「端的に言えば、元はひとつだったものが三つに分裂したからだ。魔究都市マギ・エメルジェン。それが北部諸国の前身になる」


 魔術師の魔術師による魔術師のための都市。それが魔究都市マギ・エメルジェン。


 外部からの政治的な干渉を避けるために、あえて中原から距離がある大陸北西部に、志高い魔術師たちが集まった。それが魔術師の国の始まりだって……なるほどね。そういう歴史があるのか。


「なぜせっかく集まったのに分裂してしまったのですか?」


「人が集まれば派閥ができると言われるが、それは魔術師の世界でも顕著でね。元が寄り合い所帯だったせいか、都市が発展するにつれて幾つもの派閥ができた。次第に派閥間で論争や意見の対立が顕著になっていき、大きな派閥が率いる形で三つの勢力に分裂して、それが国になったってわけだ」


 都市を割るほどの意見の対立? それぞれに譲れない主張があったってこと?


「主要な論点はなんだったのですか?」


「カリブンクルス派は魔術の秘匿を主張し、テグラ派は精霊との友好関係を求め、ラグルス派は魔道具の一般への普及を目指した」


「カリブンクルス派とラグルス派の対立は分かります。方針が真逆ですから。ですが、なぜテグラ派が論争に巻き込まれたのですか?」


「それは、他の二派閥が精霊に対して攻撃的、あるいは否定だからだね」


 続く話は、なかなかに衝撃的なものだった。


 カリブンクルス派は魔術至上主義で選民意識が高く、自分たちは古代文明の末裔だと自称しているらしい。


 彼らは古の栄華を取り戻すべく、古代遺跡に幾度も調査隊を派遣して研究を続けていた。


 卓越した魔導技術を持ち、先進的な文明を築いていたはずの古代文明がなぜ滅びたか?


 カリブンクルス派の研究者たちは、その原因が精霊にあると判断を下した。


 この見解は国を興した後も変わらず、今現在に至っても、精霊は排除されるべき存在だと彼らは主張しているそうだ。


「根拠は? 精霊のせいだという証拠はあるのですか?」


「彼らが言うには、人類が失った能力を精霊が持っているのは、精霊が人類から奪ったからにほかならない……だそうだ」


 は? なにそれ? そんなの証拠になんてならないよね? ただの言いがかりじゃないか!


「その能力って何ですか?」


「属性転化、つまり転化能力だね。古代人は身ひとつで自在に転化を行うことができたそうだ。しかし今では、人類にとって転化は非常に困難なものになっている。補助魔道具に頼らざるを得ないほどにね」


 彼らの研究によれば、魔導文明が滅んだ時期と精霊が活発に活動を始めた時期が被っているらしい。


 そして、その時期を境には自在に転化することができなくなった。


「精霊が古代人から転化能力を奪ったせいで、人類は優れた転化能力を失い古代文明も滅んでしまった。だから、精霊を滅ぼして奪われた能力を取り戻す。状況証拠とすら言えないお粗末な推論だが、支持する者が少なからずいた」


 えっ、でもさ。古代人って魔人じゃないの? だったら、今の大陸の人類とは別の種族だよね?


 魔人と呼ばれるほどなら転化なんかスイスイできて当たり前だと思う。なのに、精霊に奪われた?


  そんなの筋が通らない。精霊が行う属性転化は精霊特有のもので、今の人類とは違う構造変換方式なのだから。


 これは遺跡調査隊が魔人の情報を掴めていないのか? いやそれはおかしい。クストスさんは魔人に仕えていたことを別段隠していなかった。


 でも、古代人が魔人であることを秘匿して何の得がある? それこそ、精霊を攻撃する材料にするためではないかと穿った見方をしたくなる。


「ラグルス派もカリブンクルス派に同調したということですか?」


「いや、彼らはまた別の理由で精霊を嫌っている。ラグルス派は魔技――すなわち魔導技師の集団なんだ。彼らは魔道具に生じた不具合を『精霊の悪戯』と呼ぶ悪癖があってね。実際に精霊が関与する魔道具事故もあるから『精霊はけしからんっ!』って感じかな」


「そうなると、テグラだけが精霊に友好的な姿勢を貫けたのはなぜですか?」


「なぜと改めて問われると答えに困るね。そうだな……我々が他の二派閥と違うのは魔術を特別視していないからかな?」


 魔術は神に選ばれた者だけが持ちうる特権だと主張するカリブンクルス。彼らの魔術への傾倒は宗教に近いそうだ。


 一方のラグルスは、魔導技術を人が持ちうる叡智の頂点に位置付け、魔導技術こそが世界を変えると、新しい技術の開発に並々ならぬ使命感と執着を抱いているらしい。

 

「我々テグラは、少し離れた位置から魔術を見ている。精霊の観察もその一環だ。魔術も精霊もあるべくして世界に存在する。この世界に精霊が増えたのなら、それが世界にとって必要だったからだ。我々人類の魔術に不自由な制約があるのもね。だったら、精霊から必要なものを学べばいい。これがテグラ派の基本的な考え方だ」


「テグラ出身である先生が教師に選ばれた理由がよく分かりました。なぜ守秘義務が課せられたのかも」


 自分たちが特別視している魔術を精霊使いの代名詞みたいなキリアム家が使えたら、気に入らないと攻撃される可能性が高い。


「本当に分かってる? 人類が失ったはずの自在な転化能力を『精霊の愛し子』である君が持っている。これってカリブンクルスの精霊が能力を奪った説を後押しする理由になり得るって」


 あっ!


 そうか。俺の転化能力を精霊から与えられたと勘違いする奴が出てくる可能性もあるってことか。


 違うのに。めっちゃ痛い思いをして、ゲロ吐いて、死にそうになりながら獲得したのに。


「いえ。非常に危うい状態なのが今わかりました。ご教示ありがとうございます」


「人前で魔術を使う際には、杖あるいは補助魔道具を携帯するのを習慣づけるように。いいカモフラージュになる」


「はい。重ね重ねご助言ありがとうございます」


「質問の遺跡調査隊についてだが、あれはカリブンクルスが単独で行っていることなんだ。彼らは古代遺跡を『聖地』と呼び、調査隊の派遣を『巡礼』とみなしている。古代遺跡については、ときに限定的な情報を漏らすだけで、そこに辿り着くまでの正しい経路すら秘匿していてね。遺跡に近づく者は粛清されるという噂もある」


「それは穏やかではないですね。あれ? でも、古代遺跡から出土した魔道具が市場に流れていますよね? 秘匿したいならおかしくないですか?」


「ああ、そういった魔道具は実は迷宮産のものなんだ。古代遺跡の手前に厄介な迷宮があり、腕に覚えがある者なら浅層までは立ち入り可能だ。その戦利品を古代遺跡から出土したと言って売っているのだと思う」


「迷宮から魔道具が出るんだ」


「その迷宮も古代遺跡と全く無関係というわけではないのかもしれないね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る