隠しエピソード3 キャスパー

 グラス地方北部。この地を治めるキャスパー家の当主、アーサーの元に、一通の手紙が届いた。一族の聖地、バレンフィールドから来た喫緊きっきんの知らせであった。


「どうやら、本家のくたばり損ないが、大化けしたようだぞ」


 言葉は悪いが、アーサーの口調にも表情にも、隠しきれない喜びが滲んでいる。そのただならぬ様子に、手紙の開封に立ち会ったブリジット夫人は、大きな吉報であることを瞬時に悟った。


「誠ですか? 病弱で生き延びるかどうかも分からない。もし助かっても、目がろくに見えないままなら、廃嫡は確実と言われていたのに? 大化けとは、いったい何が起こったのです?」


「水精霊の精霊紋を得たそうだ。それも、かつてないほどに大きく、素晴らしいものを。であれば、間違いなく上位精霊の盟約を持っているはず。もしかすると、話に聞く精霊の愛し子なのかもしれない」


「まあ。それは驚きです。生まれてからずっと『六角錐堂』で養育されているのですよね? その恩恵でしょうか?」


「さあな。あそこで子供を産み育てたからといって、必ずしも盟約を得られるわけじゃない。それは歴史が証明している」


「そうでしたわね。盟約がその程度で手に入るなら、今頃、そこら中が分家だらけになっているはずですもの」


 盟約を持つ子供を産むことは、キャスパー家をはじめとする、分家当主の妻たちの切なる願いであり、義務に近いものであった。従って、もし産み育てるだけで盟約を授かる場所があるなら、誰もが実行していたはずだった。


「目の具合は改善されてきたとある。そもそも盲人というのとは違うらしい。どうも色の見え方に支障があるようだ」


「その程度なら、全く問題になりませんわね。個性の範疇ですもの。直にお会いになられますの?」


「そうしたいところだが、虚弱を理由に面会は当分無理だと断りを入れてきた。まあ、つい最近まで、いつ死んでもおかしくない状態だったらしいから、嘘ではないだろう」


 手紙には、予防線を張るように配慮を求める旨が記されていた。まだ健康というには程遠い、ひ弱な状態であることも。


「四年も寝たきりだったのでしょう? 本来なら死んでしまう子が、強力な水精霊の盟約により生かされた。だとしたら、直接世話をしている者たちの歓喜する様が目に浮かぶようです。だからこそ余計に、目が離せないのでしょうね」


「エルシーをやろうかと思う。元々そのつもりであったし、年齢がちょうど釣り合うから話を通し易い。側妻の件を引っ込めると言えば、エリオットも嫌とは言えまい」


「まあ、気が早いですこと。でも、エルシーを温存しておいて正解でしたわね。。ロイドに先を越される前に、我が家キャスパーから申し出ることには賛成です」


「いや、ロイドとは話し合う余地がある。精霊紋が出るほどの人物であれば、分家から何人か嫁取りさせるのが当然だからな。モリスも筋を通せば受け入れるだろう。上手く活用すれば、分家御三家が一つにまとまる良い機会になり得る」


「でしたら、問題は中央ということですね? あの女の腹から出たのは事実ですから、横槍を入れてくるかもしれない。そうお考えですか?」


「ああ。しかし、キリアムの所領を狙う禿鷹どもに、これ以上、つけ入る隙を見せてはならない。エリオットの二の舞は、断固として避けなければ」


「同感です。この地は我々の先祖が、大いなる精霊の温情を得て、血と汗をもって切り開いたものです。乱世ならともかく、現状では、こちらから王国の連中に譲歩する理由など塵ほどもありません」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る