第18話 魔力循環

 昔読んだ漫画や小説では、転生者が赤ん坊の頃から毎日魔力を枯渇させ、最大魔力量を桁違いに増やしていく——なんていう設定が定番テンプレだった。


 ところが、この世界ではそれが通用しない。


 魔力量は魔心のスペック次第で、載せ替えることができない以上、供給される魔力量を訓練で増やすことなんてできやしない。


 少なくとも魔術の領域においては、才能が努力を凌駕する。即ち、持って生まれた者が勝ち組だ。


 ゲームで言うなら資産がある状態が断然優位。課金上等、そんな感じ。


 才能が全て——とまでは言わないが、努力では埋められない差が明らかに存在する。運の良し悪しはあっても、それだけで大逆転なんて起こせない。


 そんな世知辛い状況で、いわゆる持って生まれ者が、持たざる者より努力したら、誰にも追いつけないのでは?


 そう考えた。これまでは努力の方向性が普通じゃなかったが、辛い開発にも何とか耐え切った。耐えて生き抜くことができた。


 だから、決して腐らせたりはしない。せっかくアドバンテージを持って生まれたのだ。最大限生かさなきゃ。


 目指せるものなら目指したい。まだ見えない頂きを。


 なんて、決意めいたものを掲げたけど、要は先取りで魔力操作に慣れておこうってことです。


 だって、これもアドバンテージのひとつだもの。本来は7歳で初めて手に入る職業を、生まれた時から持っている。だったら、英才教育しちゃうよね。


 アイ、ナビゲートをお願い。


《魔力操作の第一段階は、幽体の認識です。魔力の器である幽体を明確に捉える必要があります》


 ふむ。魔力は幽体内を流れている。正確に言えば、幽体内に構築された魔道網の中を、リンパ液のように緩く循環している。


 器を知らなきゃ流れの制御もできない。もっともな話だけど、日頃は意識していない幽体を、自力で認識するのは案外難しい。


 なんかいかにも躓きそうなポイントだよね? でも大丈夫。俺には心強い味方がいるから。


《蠱弦「アラネオラ」が、幽体の認識はもちろん、幽体内の魔力を既に掌握済みです。【感覚共有】しますか?》


 うん。やってくれる?


 一番手トップバッターとして、蠱珠から孵化したアラネオラ。この子の辿った道は共生進化だ。


 基体本体は魔道中枢と同化していて、魔導軌道の起点となり、幽体内に根を張るように分岐・伸長していった。


 つまり、魔導軌道の集合体である魔導網は、アラネオラの手足のようなものだ。


 従って、アラネオラと【感覚共有】すれば、第一段階の難易度を飛躍的に下げることができるはず。


 ——ああ、なんか不思議な感じだ。


 自分とぴったり重なって、もうひとつ別の身体があるのが分かる。これが幽体。予想よりぼんやりした感じなんだけど、上手く認識できていないのかな?


《マスターの幽体に対する固定観念が優先されているようです》


 つまり、先入観が邪魔してるってことか。幽体、幽、幽……幽霊、身体から魂が抜け出して——そうじゃない。この世界では、魂と幽体は別々に存在していて。


 これが認識が固まらない原因か。えっと、何か払拭する良い方法ってない?


《アラネオラと直接会話してみては?》


 できるの? アイは言語を使わずに概念でやり取りしてるんだよね?


《まだ言語の発達途上ですが、言語を介しての意志の疎通も可能になりました》


 いつに間に。でも、そういうことなら。

 アラネオラ。聞こえてる?


『ハイ マスター』


 おおっ! 今までアイを仲介していたから、なんか新鮮。

 当然、声を聞くのは初めてだ。こんなあどけない声なんだね。この声って初期設定デフォルトなの?


《マスターの潜在的な願望が反映されています》


 ははっ。そうなんだ……って、願望? うわっ、めっちゃ恥ずかしい。でも、まあ俺だしね。なんか納得かな。


 ねえ、アラネオラ。


 俺には、君の声は可愛い少女のものに聴こえる。意識してなかったけど、それが俺の願いであり、君に抱くイメージみたいなんだ。


 イメージを変えるのは簡単じゃないかもしれない。だけど、君が嫌なら違うものになるように頑張るつもりだ。どうかな?


『マスター ノ イノ ママ ニ』


 本当にいいの?


『マスター ノ スキ ガ イイ デス』


 ありがとう。ヤバい、何この健気なお返事。


 二人でひとつ。俺と君は別の人格だけど、最も近い距離で触れ合って、同じ感覚を共有することもできる。半身、あるいは結合双生児とも呼べる存在だ。


 君はどんな姿をしてるのかな?


 きっと凄く可愛い。だって、俺は面食いだからね。素直で、邪念なんか少しもなくて、決して嘘をつかない。そんな無垢なイメージ。


 なんだ。こんな簡単に描けるじゃないか。


 まだ幼い自分の身体と重なる、同じ背丈の少女の姿が見えた。


 少女の身体に満ちる魔力は、魔心から渾々と湧き出るもので、頭頸部や四肢末端に至るまで、分岐しながら緩やかに巡り、再び魔心に還っていく。


 幽体の隅々まで、余すところなく魔導軌道を伸ばしたアラネオラは、ほぼ幽体と同義になっている。だから、これで認識とやらはいけるんじゃない?


《第一段階を達成しました。第二段階は魔力の掌握です》


 いけた。次に行こう。


 魔心を稼働した当初、駆出される魔力は膨大なものだった。暴れ馬みたいな魔力の奔流。制御できるようになるまで、もの凄く疲弊した。でも今は、すっかり大人しい。


 順調に新陳代謝もできてるし、平常時の魔力は、いわゆるアイドリング状態にある。

 これが魔術を使い、魔力を消費すれば、幽体内で目まぐるしく動くのだ。


 魔力循環は、魔力操作の初歩であり、魔力消費を伴わずに魔力を動かす訓練だ。


 既に幽体内の魔力を掌握済みだというアラネオラ。本格的な魔力循環はまだだよね? さすがに体内で大きく魔力が動けば、俺でも分かるから。


『ハイ キョクショ ニ ゲンテイ デス』

 

 だったら一緒にやろう。二人でやった方が、きっと楽しい。


『ハイ マスター』


 宿主の能力を大幅に底上げしてくれるというレクス・トリニティ。生涯を共にする大切な仲間だ。相棒と言い換えてもいい。


 こうして会話ができるなら、相棒らしく密接に協力し合っていきたい。今は、俺が一方的に支えられてるけど、そこは将来への期待ってことで。




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