第17話 父の来訪
エリオット・ハイドラ・バレンフィールド・キリアム。聞いた話では、黒髪のイケメンで、グラス地方を治めるキリアム公爵家の若き当主でもある。
それが俺の父親だ。
息子の身体に精霊紋が出たと報告が上がったらしくて、急遽予定を変更して、この屋敷にやってくることになった。精霊紋が本物かどうか、自分自身の目で確かめるために。
「おおっ! これは見事な。……見れば見るほど素晴らしい。あまりの壮麗さに目が離せない。疑うべくもない。水精霊、それもかなり高位の精霊のものに違いない」
恥ずかしながら、実の父親の前で上半身裸ですよ。まだ幼児だからいいんだけどね。
「それにしても発育が良くない。とても四歳には見えない上に、あまりにも細過ぎる。身体の具合はどうなっている?」
ははは、そりゃあポッキンポッキンに細いから。もっともな指摘だ。ただこれでも、以前の骨皮状態に比べたら、少しマシになってきたんだけどね。
「精霊紋が顕れてから、ようやく寝込まれることがなくなって参りました。お食事も以前より召し上がる量が増えていますので、これから成長を迎えられるかと存じます」
そうなんだ。一度に沢山は無理だけど、少量ずつ日に何度も食べているので、一日の食事量はだいぶ増えた。
料理長が張り切って、消化吸収がよいだけでなく、美味しく食べられるようにって工夫してくれている。
「そうか。では、王都からも滋養のあるものを送らせよう。くれぐれも無理はさせないように。元気に育つまでは、恵みの多いこの屋敷で、穏やかに過ごさせた方が良さそうに思えるが……どうだろうか?」
父親が、どこか遠慮がちにモリ爺に尋ねた。そりゃあ、普段の様子は手紙でしか知らないのだから、判断に迷うよね。
「仰る通りかと。外には煩わしいものが多過ぎます。ここにいらした方が、余計な干渉を避けられるでしょう」
んん? 煩わしいもの。余計な干渉。それっていったい何? 教えてモリ爺!
「では、引き続きよろしく頼む」
「はい。我ら一同、万全の体制でお守り申しあげる所存です」
「念には念を入れて、屋敷の警備を増やすとしよう。主都騎士団と本邸から人員を回す。人選はモリスの判断に任せるから手配しておくように」
残念。よく分からないまま、会話が終わってしまった。警備が増えるようだし、心配しなくていいのかな?
優男風の父親は、嵐のように来て嵐のように立ち去った。
「父上は、お忙しい方なのですね」
「ご夫婦で社交に励んでいっらっしゃるので、ご予定が詰まっていると伺っております」
どこかオブラートに包むようなニュアンス。それをちょっと感じた。幼児に面と向かっては言えない、大人の事情があるのかも。
「父上たちは、普段は主都にお住まいなのですか?」
「いえ。王都か王都近傍の分領にご滞在されています」
家族の情報を引き出したくて、ここぞとばかりに質問してみた。言葉の学習には積極的に取り組んでいるので、順調に語彙は増えている。周辺の地理も少しだけ学んだ。
それによると、主都と呼ばれているのは、ここバレンフィールドの東にある要塞都市グラスブリッジだ。行政機関やキリアム公爵家の本邸もそこにある。
要塞都市なんて格好良過ぎ。ここからそれほど離れていないみたいなので、体力が付いたら是非行ってみたい。
「王都って遠いの?」
「はい。バレンフィールドは、ベルファスト王国の西端にありますので、王都まではかなり距離があります」
俺の両親は、日頃は王都邸に住んで活動しているようで、領地にはあまり戻ってこないらしい。特に母親は全然。
今回父親は、多忙にもかかわらず、スケジュールを無理にやり繰りして来ている。とても喜んでいたように見えたが、精霊紋を確認しにきただけで直ぐに帰ってしまった。
それだけ、精霊紋に価値があるってことだよね? 周りはみんな、凄い凄いと言ってくれる。俺的には、まだピンと来ないのに。
その他に新たに得た情報は、弟妹についてだ。
王都には二歳下の弟がいて、生まれて間もない妹もいる。母親は全員同じなので、同腹かつ正妻腹になる。
きっちり二年ごとに子供を作るなんて、計画出産っぽい?
精霊と親和性が高い子供を沢山欲しい。あるいは、虚弱な長男のスペアなのかもしれない。世襲貴族なら、跡継ぎは必要だものね。
弟か。前世はやかましい姉と妹だったから、男兄弟は初めてだ。
会ってみたい。でも、距離が離れ過ぎているから、当分は無理かな。焦っても仕方ないのは分かっているけど、早く大きくなりたい。
そしていつか、この世界のいろんな場所に行ってみたいな。
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