第16話 精霊紋
アイとの打ち合わせが終わると、俺はおもむろに自分の身体をチェックし始めた。どうしても気が逸る。部屋に人が来る前に確認を済ませてしまいたい。
いったい何をしているのかというと、精霊紋を探している。
精霊紋:【水精王】【精霊召喚(封印中)】
生体サーチの結果、新たに追加されたこの項目。精霊紋というからには、身体のどこかにそれらしき模様があるに違いない。
見えなきゃ見えないで構わないが、もし他人にも見えるのなら注意が必要になる。さて、どこにあるのかな。
まずは両手を広げて裏表ひっくり返す。なにしろ精霊紋の大きさが分からないので、細かいところまで丁寧に見ていくしかない。
うん、手にはなさそうだ。袖を捲ってみたが、腕にも見当たらない。足の甲や足裏、大腿や下腿にも見つからなかった。
四肢にないとすると体幹になる。胸や腹、あるいは背中……まさか尻の可能性もあるのか?
もし蒙古斑みたいに出ていたら恥ずかし過ぎる。一瞬想像してしまい、貫頭衣のような寝巻きを慌ててめくって、潔く脱ぎさった。
細くて小さな子供の身体だから、身体の前面にあれば、すぐに視界に入るはず。
見つけた! 角度的にかなり見づらい場所だが、嫌でも目に入る大きさなので、すぐに分かった。
左の肩と鎖骨にかかり、おそらく首や背中にまで及ぶ大きな紋様。紫色を帯びた青い燐光が噴き出す、濃紺色の巨大な雪の結晶――中央に六芒星が輝く樹枝六花――が、大輪の花が咲くように華やかに浮かんでいた。
思わず肩を迫り出し、身体をはすに構えて膝を立てる。
おうおう、目玉かっぽじってようく見やがれ! おめえが見たのは〜この氷吹雪か〜なんて、ふざけてみたりして。
我ながら滑ったと思いながら、いそいそと寝巻きを身につけた。だって、いろんな意味で寒いから。
《マスター、お呼びですか?》
ごめん、独り言。呼んだわけじゃないから気にしないで。ちょっとやってみたくなっただけ。
そう言えば、遠いお山の金色の人のは、俺とは反対側の右肩だった。それに、あれって春を想起させる桜だからいいんだよね。片肌を脱いでも温く見えて。それが雪の結晶なのだから、マジモンの吹雪なわけで。うん、鳥肌が立ちそうだ。
でも、尻じゃなくて本当によかった。よかったけどさ。目立ちすぎだろ、これ! 隠しようがない。
……いやでも待て。そうだ。俺は今、魔眼で見ているんだった。つまり、この模様は、普通の人には気付かれない可能性がある。
精霊紋だから、精霊に対して親和性が高い人には見えるかもしれない。それくらいなら、あまり該当者はいなさそうだし、気にしなくていいのかな?
こういう時に、従来の見え方ができないと困ってしまう。果たして、他人に見えるのかどうか。ちょっとドキドキだ。
――すぐに分かった正解は、やはり“見える人”には見えるだった。
懸念していた色は、肉眼では青い燐光を帯びた銀色に見えるらしい。ただ予想外というか、うっかりしていたことがある。この屋敷には、該当者が多かったのだ。
よく考えれば当たり前。なぜなら、ここには公爵家の縁戚が何人もいるから。
キリアム公爵家の血を引くものは、概して精霊との親和性が高い。それを証明するかのように、実際に精霊紋を見える人たちが何人も見つかった。
見え方は人それぞれぞれで、個人差があることが分かった。
・青い燐光と銀色の紋様が明瞭に見える人が1名(家令のモリ爺)
・模様を描くように青い燐光を伴う銀粉が散って見える人が1名(フォレスター家出身の武官)
・薄ら青く光って見える人が3名(筆頭乳母のエヴァンス夫人、ファウラー家出身とウォード家出身の武官)
青い燐光は精霊光と呼ばれるもので、水の精霊が同色の光を放っているらしい。
ちなみに、精霊光は暗闇でも見えるそうです。夜間でも居場所が分かり易くなって助かりますと、武官たちに感謝されてしまった。
本当に本当に肩でよかった。これで尻だったら笑うに笑えない。
精霊紋が見えた人たちは、誰もが凄く感激していた。最初に目にした時なんて、画面がフリーズしたみたいに動きが止まり、解凍されたと思ったら、今度は胸に手を当てて跪いてしまった。
いわゆるお祈りのポーズをされて、どう声をかけようかと困ってしまった。なぜなら、そういう決まりでもあるのかと問いたくなるほど、皆が一様に同じ行動を取ったから。
どうやら、精霊紋や精霊光が見えることは、精霊との縁の深さの証明になるらしい。精霊信仰が根強いキリアム公爵家の門閥にとっては、これが大いに価値があるのだとか。
見えるだけでマウントが取れるなら、デカデカと身体に浮き上がっている俺ってどうなの? その点が気にかかる。
幼い子供の身体には、やけに大きく感じる【水精王】の精霊紋。
今後成長したらどうなるのか? できれば目立たなくなって欲しいが、あまり期待できない気がする。
だって、今現在は精霊召喚が封印されている。それでこの状態だ。じゃあ、この封印が解けたら?
まあ今更手遅れか。なるようにしかならない。そう思うしかないね。
(2023.7.30 乳母の名前の誤りを修正。2023.7.31 一部文章を修正)
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