第21話 あたたたTATATA!


 指先に灯る小さな炎。チロチロと揺れる火影を見ながら、俺の胸は歓喜におどっていた。


 ——これぞファンタジー。魔法、魔術。摩訶不思議な超常現象。


 前世では道具が必須だったことを、この身体ひとつで、いとも簡単に実現できる。魔改造に耐えた甲斐があったね。こんな奇跡ミラクルを起こせるなんて。


 つい先日、ひとつ目の「理」である「理壱」の埋刻が終わった。この控え目な炎は、その成果の現れでもある。


 「理壱」は「理」の中では最も取得が容易で、魔術に要する魔力消費も少ない。その分、起こせる現象も小さいので、小魔術と呼ばれている。


 代表的な現象は、発光、着火、帯電。あと、ちょっと難易度が上がって、結露。


 正直言って、現象として見ればショボい。えっ、これだけ? って思った。でもね、たったこれぽっちの現象を具現化するのに、実はかなり面倒な手順を踏んでいる。


 幸いにして、俺がその面倒さを自覚することはないけどね。


 でも、理屈くらい知っておいた方がいいと思って、アイによる魔術理論講座を受けた。そしたら、これがかなり難解で、何度も聞き直す羽目に。


 教えて、アイ先生! もう一度最初から。めっちゃ噛み砕いて。


 《魔素を現象に昇華させるには、加工した魔力で魔素を励起し、「理」の鋳型に流し込み、押し出す必要があります》


 励起について、もっと詳しく。


 《この場合の励起とは、外部から魔力というエネルギーを与え、魔素をより高いエネルギー状態に移すことを指します》


 魔力の加工はどうやるの?


《「理」及び扱う属性に最も叶った形に、自らの魔力を最適化し、また、反応促進のための修飾を加えます。その触媒的な役割を果たすのが魔導基盤です》


 魔導基盤ね。あの痛い思いをして掘ったやつだ。


《「理」と属性の組み合わせが多岐にわたる以上、扱う魔術の種類が増えるほど、必要とされる魔導基盤も多くなります》


 だからあんなに掘りまくってたのか。


《魔術の起動から魔力加工、魔素の励起、「理」への嵌め込み——発現までの一連の作業を繋ぐのが、魔法言語による詠唱や魔術式です》


 俺はその辺り、どう処理されているの?


《魔導基盤を連結し、魔導中枢で一括制御しています。ですから、詠唱や魔術式は不要です》


 いわゆる無詠唱ってやつか。魔術の発動が早くていいね。


《「理肆」即ち上級魔術以上になると、これに、極質層へのアクセスと、極質から魔素への転化という作業が加わります》


 俺はそういうのは一切いらないんだよね?


《はい。【理皇】の職業特性として、どちらも息を吐くように行えます》


 極質層へのアクセスや転化は、実は相当に難易度が高いらしい。この点に関しては、【理皇】様様ということになる。


 両者を補助する能力がなければ、まず上手くいかない。おそらくそれが原因で、魔法を根幹とする世界なのに、大多数の魔術師は自然魔術だけで行使できる中級魔術止まりになっている。

 

 まあ要するに、俺は“そうしよう”と考えるだけで魔術を使えてしまう。


 実際に、火を灯すのも本当に簡単だった。あっさり過ぎて驚いてしまった。いろいろ試してみてもいいかなって思うくらいに。


 深夜。


 陽がとうに落ちた真っ暗な部屋で、幼い子供が一人で火遊び。見つかったら、大騒ぎになること間違いなし。だから、そっと起き出した。


 敷物や可燃物がない場所に移動して、ちょこんと座り、手を開けば準備OK。


 1本、2本、3本……両手の指全てに、小さな火を灯した。バースデーケーキみたいになるかと思ったら、紅葉みたいに小さな手なので、手全体が眩く輝いた。


 へぇ。これだけやっても、熱くないんだ。自分が作ったものだから?


 火傷の心配がないと分かり、一気に気が緩んだ。そうしたら、前世で家族と行った温泉リゾートで見た、あの光景を不意に思い出したんだ。


 暗闇を切り裂く火焔の爪痕。打ち付ければ火の粉が舞い。チラチラと花火のように散って行く。


 幻想的な炎と光。あのファイアーショーとは似ても似つかないけど、気分だけはオンステージだ。泳ぐように腕を回して、必殺の構えをする。


 あちょーっ! あたたたTATATA! オラオラオラオラORAORAORAORA! 打つべし! 打つべし! 打つべし!


 なんか、いろいろ混ざっている気がするけど、まいっか。


 アイ先生による魔術理論講座は、何回も噛み砕いてあれだ。最初のバージョンを聞いた時は、途轍もなく難しい物理学の講義って感じで、マジで何を言ってるのか分からなかった。


 ふんっ!!


 これでも前世では頑張って勉強に励んでた。なのに、学んだことが、ちっとも役に立ちやしない。誰だ。今は無駄に思えても、将来役に立つ時がきっと来ます、だから大いに学びましょう! なんて言ったやつは。


 アチョーーーーーッ! 大人なんて、肝心なときにいなかった癖に。


 ——オワッタ! 割とすぐに終わった。もう終わったっていうか、ギブアップです。


 楽しかった。こんなのでも、息ゼェゼェ。今日はこれでおしまい。でもまたやろう。憂さ晴らしにはぴったりだ、なんて思ってやしないよ。魔術の練習。そう、魔術訓練だよ。


 健康状態の改善により、寝ずの番がベッドに張り付かなくなった。とはいえ、控えの間や回廊には当直の人たちがいる。だから、無言でこそこそ、内なる声で我慢して、できる範囲でやっている。


 これから「理弐」の埋め込み作業に着手する。


 「理弐」は初級魔術、あるいは具象化魔術と呼ばれている。

 例えば、光球、火球、気球、火盾。距離が離れた任意座標に、現象を出現させることができる。頑張れば飲用の水球も出せるらしい。


 その次の「理参」は中級魔術で、「理弐」よりも攻撃力が高くなる。操作魔術とも呼ばれ、光弾、炎弾、鎌鼬、追風など、現象の座標移動を伴う。


 この「理参」までは、魔術系統の特化職なら、真摯に時間をかけた修行により、修得に至る人が多いそうだ。


 でも、それ以降は修得難易度が一気に上がるらしい。


 上級魔術、超級魔術、複合魔術。もっと上には、災厄を越える魔術なんていうのもある。


 どこまで行けるか分からないけど、【理皇】という名に恥じないくらい強くなりたい。それが今の目標だ。




―――――――――――――――――

【あとがき】

 第三章終了です。

 ようやくベッドから離れ、自力で動けるようになりました。

 まだまだ続きます。

 

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 漂鳥

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