第20話 さらば毛根


 先送りになってたけど、そろそろいいかなと思って「分体を作ろう!」とアイに告げた。そしたらさ。


《蠱式「ルシオラ」に分け与える、身体の一部を指定してください》


 分け与える? マジか。そんなの以前言ってた? 聞いていない気がする。


《身体を分割したものを、分体と呼びます。マスターが異世界のご出身であることを鑑みると、説明が不足していたようです》


 ああ、言われてみれば。分体、体を分ける、分割する。染色体が分裂するようなイメージなのか。

 てっきり、分身というか、自分に似た要素を持つ別個体が、ポンッと宙から現れる。そんな風に思ってた。ご都合ファンタジー脳が過ぎたかも。


 自分由来の素材がいる。それは、どこでもいいの?


《肉体・幽体の両方を使用します。魔導軌道の修正がしやすい末端が推奨です》


 分かった。主要な魔導器官に影響が出なくて、欠けても支障がないところを探すとしよう。


 今回は俺の思い込み、つまり勘違いだったけど、そもそも俺はこの世界を知らない。知らなさ過ぎる。

 今後、俺の常識が他人にとってはそうじゃないってことが、ポロポロと出てくるはずだ。だから、認識の擦り合わせはとても大切。くどくなってもいいので、細かい説明をよろしく。


《承知しました。常識とは18歳までに身につけた偏見のコレクションと言います。ましてや世界を越えたなら、必ずしも共通認識とは限りません。随時確認と説明を心がけます》


 お、おうっ。アイは、ときどき格言っぽいのがコメントに混ざる。命名がオッサン(天才)二人のハイブリッドだから? いったいどこから引用しているのやら。


《マスターの記憶野を参照しています》


 マジ? 本人は覚えてないよ。脳の不思議ってやつかな?


 まあいいや、話を戻そう。分体に分割した部分はどうなる? あるいは、側からどう見える?


《吸収置換されます。形状は元と同じです。分体が本体から分離した際は、その部分は欠損して見えます》


 分けるのは、身体の内部でもいいのかな?


《耳目としての利用目的であれば、体表面に露出している場所を選択して下さい》


 それだとかなり限定される。うーん。どうしようか?


 考えた末、毛根を含む一房の髪の毛が犠牲になった。

 いずれ分体が成長して本体を離れたら、その部分は円形ハゲになる。だから、他の毛で隠れる目立たない場所を指定した。


 まあ、一束ならね。毛根が最も欠損被害が少ないはずだ。つるっ禿げになるようなら、さすがに他の場所にした。


《基体間の序列はどうされますか?》


 予定通り、筆頭はアラネオラで。次点がルシオラ。


 厳密に言えば、アラネオラと俺は二心同体だ。でも、アラネオラは俺の意向を汲んでくれる。だから、実質的には一心同体みたいなものだ。それもあって、他の二つより上位に置く。


 三つの基体を三姉妹だとすると、蠱弦「アラネオラ」が大姉、分体の蠱式「ルシオラ」が歳の離れた次姉、いつ起こすかまだ未定の蠱珠が末の妹といった格付けにした。

 妹は姉に逆らえない。前世では弟も姉に逆らえなかったが、そんな図式。喧嘩せず、上手くやって欲しい。


 生まれたてのルシオラは、直ぐには使いものにならない。とりあえず今は、身体に馴染ませている最中だ。俺の方は、幸いにして違和感は全くない。


 ただし、見た目は少し変わってしまった。


 分体に置換された髪束は、形状こそ変わらなかったものの、色素を失って脱色してしまったのだ。


「リ、リオン様の御髪が……黒くて美しい御髪が!」

「し、白髪!? いったい何が、何がいけなかったの?」

「お食事でしょうか? それとも髪油、あるいは石鹸の類。ああ、全部調べなければ」


 見た瞬間、乳母たちが悲鳴をあげ、揃ってパニックになった。

 幼児の黒髪にいきなり白いメッシュが入ってたら、そりゃ驚くよ。メッシュであれほど動揺するなら、円形ハゲを見つけ時はどうなる? それが今から心配だ。


 予想外の事態は仕方ない。ポジティブに今後のことを考えよう。


 分体には視覚だけでなく、それ以外の感覚も備えるつもりだ。できれば、移動能力や変態能力など、便利なものも盛り込みたい。そういうのってできるかな?


《カスタマイズ可能です》


 よかった。


 完成したら、分体を使っていろいろ試したいことがある。引きこもりの俺に代わって、耳目と言わず、手足となって活躍してもらいたい。


 ただし、機能最優先だから、急いで成長させるつもりはない。ゆっくり、優秀な分体に育って欲しい。


 ある程度育ったら、【感覚同期】にリトライだ。


 前回の【感覚同期】の失敗原因は、対象者の選定ミスだった。今回は自分の分体なので、安心して取り組めそうだ。

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