第14話 ****との邂逅

「やあ、子孫くん。初めまして。僕の精霊は、うっとりするほど綺麗かい?」


 明るく話しかけてきたのは、姿形が見えない声だけの存在だった。


「そう警戒しないでよ。君は僕にとって、待ちに待った人材なんだ。なのに、すぐに死んじゃいそうで冷や冷やしたよ。でも、僕の愛しの精霊は、そんなか弱い君をいたく気に入ったみたいだね。そりゃあ、妬けちゃうくらいに」


 俺を子孫くんと呼ぶ楽しげな声。やけに馴れ馴れしくて、怪しさ満載だ。でも俺には、この声を無視できない理由があった。


「あの。死にそうなときに助けてくれていたのは、あなた方ですか?」


 声に聞き覚えがあった。


 蛛弦縛枷がひとつ外れた時から、微かに聞こえていたのだ。途切れ途切れに、何かを伝えようとする声が。


「うん、そうだよ。君、いくらなんでも身体を虐め過ぎだよ。我慢強いにも程がある。見張ってないと、すぐに心肺停止しちゃうんだもの」

「ありがとうございます。お力添えがなければ、死んでいたと思います」


 やっぱり。命の恩人だ。助けてくれたのは俺が子孫だから? それとも何か他に理由があるのか?


「そうだろうね。率直に言って、あれが試練の一部なら、僕や僕の精霊が手を貸していいものかと迷いはあった。けれど、君は僕らの領域に生まれた。そのこと自体が、暗黙の了解だと解釈している」

「試練の一部とは?」


 引っかかる言葉はいくつもあったけど、そこが一番気になった。


「妙な門を潜ったでしょ。この世界に来るときに。門にはいろいろ種類があって、僕のは潮解γガンマ型だった。君のもおそらく似たようなのじゃなかった?」

「僕の? あなたも転生者なのですか?」

「うん。僕は君と同じ、あの神様に拾われた。転生したのは、すっごい昔だけどね」


 同じ神様なのか。すっごい昔ってどれくらい前だ? 話している感じでは、そう世代が離れているようには感じないけど。


「俺の門には、代償θ型とありました。雰囲気が似ていますが、同じではないですね」

「代償? それはまたヘヴィそうだね。まあ、徒然を紛らわす神様の気まぐれだから、同じものはないのかもしれない。いわゆるオンリーワンなのかも」

「神様の気まぐれなのですか?」

「多分。これは僕の主観だけど、あの神様はかなり変わっている。娯楽としての人間観察が好きなんじゃないかな? 特に、馬鹿正直で、お人好しで、諦めが悪い。そんな人間の生き様を見るのがね」


 娯楽としての人間観察? まあ、ギリシャ神話でも、神様ってやりたい放題、フリーダムな印象があるし、そんな神様がいてもおかしくないのかも。


「そうなのですか? でもまあ、例え暇つぶしだったとしても、それで助かったのなら、観察されるくらいは……」

「化け物と呼ばれるような、人外になっても?」

「はい。人外になってもです」


 これは、はっきり言い切れる。


 あの暗闇の空間に一人取り残されたとき、ここで人生が終わるのかと絶望した。どうにかして生き延びたいと切実に願った。


 だから、もしそれがちょっとした娯楽のためであったとしても、願いを叶えてくれた神様は、俺にとっては救世主で間違いない。


「よかった。君とは気が合いそうだ。僕の子孫が君のような子で嬉しいよ。そこで、実は頼みたいことがあるんだ」

「……唐突ですね。いったいなんでしょう? 俺にできることですか?」

「ひとつは確実にできる。他は疑問符がつくかな。どっちを先に聞きたい?」


 二つ以上あるのか。命の恩人の頼みなら、できる限り応えたい。けど、なにしろまだ幼な子だから、あれもこれもは厳しい。


「確実な方からにします」

「分かった。まず前提から話すと、精霊はこの世界から生まれたわけじゃない。別の世界の住人だったんだ」

「だった……ってことは、今は違うのですか?」

「その線引きが微妙でね。そうとも言えるし、そうでないとも言える。理由はよく分からないが、二つの世界の境界がくっついてしまった。その結果、癒合した境界の隙間を通って、数多の小さな精霊がこの世界に流入した。それが、そもそもの始まり」


 世界と世界がくっついた。なんかスケールが大きい話をぶっ込んできたな。


「つまり元々は、精霊はこの世界にとっては外来種、外から来た異物なわけだ。でも、役に立つ異物だったから共生ができた。例えると、腸内細菌と宿主の関係みたいな感じかな。あれって、宿主の身体の代謝を助けたり、感染防御に働いたりしてるでしょ?」


 腸内細菌。それってビフィズス菌みたいな? 俺の中の可憐な精霊のイメージが、ガラガラと崩れていく。


「でね。僕と僕の精霊は、長いことこの地を守ってきた。でも、もう限界なんだ」

「限界というと?」

「腸内細菌が時に病気の原因になるように、元々異物である精霊も、育ち過ぎると世界に『揺らぎ』を与えてしまう。僕たちくらい『存在』が大きくなると、長く居座るほど世界秩序のご機嫌を損ねて、終いには排除されかねない。その前に退去しようってわけ」


 精霊の『存在』の大きさ? 世界の『揺らぎ』。それに世界秩序のご機嫌だって。なんか難しいけど、この世界には防衛的なルールがあって、それに抵触するってことかな?


「どこに退去する予定なのですか?」

「精霊界に行く。本来いるべき場所にお引越しだね」


 精霊界。それがもうひとつの世界なのか。とてもファンタジックな響きだけど、どんな場所なのだろう?


「行ったらもう戻れないのですか?」

「いや。行き来しようと思えばできるよ。世界秩序のお目溢しの範囲内で、だけどね。たまに遊びに来るくらいは許される。だから、問題は引き継ぎなんだ」

「なんの引き継ぎですか?」


 面倒ごとの予感がする。無茶ぶりを言われそうな気がしてきた。


「さっき言った、精霊が世界の役に立つって話。この世界はまだ若くて、極質層プリマ・マテリア・ラミナがどんどん肥大している。その一方で、極質プリマ・マテリアを魔素に変える転化能力は低い。だから、過剰な極質を精霊が引き受けて、転化が足りない分を代替しているんだ」

「それが共生関係ですか?」


 魔術の源になるのは魔素(魔元素とも言う)だ。世界の上層に満ちる極質が、属性転化されて魔素になり、人々が生活する地上に供給されている。アイからは、そう説明を受けている。


 その過程に精霊が関わっているなんて知らなかった。精霊がこの世界にとって外来種だということも。


「そう。この地の精霊は、実はかなりの量の転化を請け負っている。従って、最上位精霊、即ち統率者である僕たちが急にいなくなると、大変なことになる」

「大変というと?」

「分かりやすく言えば、精霊たちの気まぐれで天変地異が乱れ飛ぶ。放置すれば、いずれこの地は枯れ果てるだろうね。元の不毛の荒野に逆戻りだ。もしそうなったら、確実に世界秩序の怒りを買うよ」


 大変なんていうレベルじゃない。地上に生きる者にとっては一大事じゃないか。


「それほど大きな影響があるのですか?」

「あるね。この土地では精霊信仰が根強いせいもあって、僕たちは神様の領域に手が届くほど、『存在』が大きくなってしまった。本当はもっと早く退去したかったのに、後継者がいなくてさ」


 なんか先が読めてきた。もっと話を聞きたいのに、逃げたくなってきた。


「もしかして、俺にその後継者になれと仰る?」

「そう。理解が早くて助かるよ。なにも難しくない。僕らの力の一部を受け取るだけだ」

「無茶振りにも程があります。数多いる精霊たちの制御? できるわけないです」

「そこは心配いらない。僕たちの精霊紋を刻んでおくから、制御自体は任せて欲しい」

「それはつまり、二人羽織的な感じですか?」

「まあ、それに近いかな。僕たちがこの世界に繋がるためのアンカー、あるいは中継局と言ってもいい。少なくとも最初はね。でも、君は愛され体質だから。精霊たちも、いずれは君自身のお願いを、喜んで聞いてくれるようになるよ」


 愛され体質ってなに?

 凄く気になる。でも、それを問いただす前に、確認しなきゃならないことがある。


「その、ご存じかと思いますが、俺はかなり魔改造されています。あなた方の力を受け取る際に、支障はでませんか?」

「子孫くんなら大丈夫。というか、君じゃないと上手くいかない。子孫は沢山増えたけど、僕たちを受け入れる素質のある子――精霊に無条件に愛される体質のことね――は、最近は全然生まれてこなくてね。五代目までかな? そういう子がいたのは」


 俺っていったい何代目なんだろう? この口ぶりだと、相当長く続いてそうだ。


「受け入れる素質があるのなら、望めば精霊と交流できるようになりますか?」

「もちろん。交流程度なら【精霊の恵み】でもできちゃうからね。君の父親は、それすら使いこなせていないけど。でも、あの程度の素質じゃあダメなんだ。背負いきれない」


 顔さえ曖昧な父親に、結構なダメ判定が入った。そして、俺はいったい何を背負わされようとしているのか?


「愛され体質があると、何が違うのですか?」

「精霊にめっちゃ愛される。友愛、親愛、庇護愛、恋愛と、形はそれぞれだけど、共に生きることを精霊に望まれる。そう言い換えてもいい」


 なるほど、生涯を共にするなんて求愛に近い。確かに愛され体質だ。


「でも俺は、今まで精霊を見たことがないです」

「それは、邪魔されてたから。僕はこれでも頑張ったんだよ。君を縛る枷は頑丈だったから、この地に来てくれなきゃ介入すら出来なかったと思う」

「思い当たるものはあります」


 うん。蛛弦縛枷のせいだ。あれが能力だけでなく、素質も抑え込んでいたのか。


「精霊紋はお勧めだよ。精霊への抵抗力がつくし、僕たちが現界する時の目印にもなるから、困った時には助けを呼べる」


 つまり、精霊召喚ができるようになるってこと? それはとても魅力的かも。


「呼んでもいいのですか?」

「もちろん。ただし、僕たちが精霊界で安定したらね。ある程度時間が欲しいんだ。だから、その間は安全装置をつけておくよ」

「時間ってどのくらいですか?」

「たぶん数年? こちらの時間ではそれくらいかな?」


 だったら俺的にも丁度いい。まあ命の恩人だしね。よほど酷い提案でない限り、断る考えは最初からなかった。


「分かりました。その日を楽しみにしてしています」

「おっ、引き受けてくれるの?」

「はい。この土地は俺の第二の故郷なので、荒れ果てる姿なんて見たくないです」

「子孫君、最高! やっぱり僕が見込んだ通りだった。いやあ、これで肩の荷が下りたよ」

「まだ下ろすのは早いです。疑問符がつく依頼が、もうひとつあるのですよね?」

「記憶力がいいね。そっちは今すぐどうこうじゃないんだ。急ぎではないから、いずれやってもらえればいい」

「それは、いったい何ですか?」

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