第4話 暗闇の中で
「知らない天井だ……っていうか、そもそも天井があるのかさえ不明。だって真っ暗だから」
目が覚めたら何も見えない暗闇で寝ていた。さすがに殺されはしなかったか。
どのくらい意識を失っていた? 落ちてから意識が戻るまで、恐らくそれほど時間は経っていないはず。
辰巳は絞め技が得意だったからな。それが不幸なのか不幸中の幸いなのかは分からないが。
「マジでなにも見えない」
思わず独り言が溢れてしまうくらい、全てが闇に沈んでいる。こういうのを無明の、あるいは漆黒の闇というのかも。
「悔しいけど、辰巳の予想通りだったな」
光る門がある内は、自分たちの姿形が見えていた。そのくらいには明るかった。でも今は、目の前にかざしているはずの手さえ見えない。
一切の光を感じない。即ち、次の門は出ていない。突きつけられた現実に、どうしていいか分からなくなる。
「ははっ……馬鹿みたいだ。みんなで相談して門を潜ろうだなんてさ」
そう考えたのは俺だけだった。
杵坂だけは、自分の意志でなく強制的に門に押し込まれたが、他の六人は違う。あのわずかな時間で、自分を最優先することを決断し、即、実行に移した。移せたんだ。
まさか門を潜れるのが一人だけなんて。そんな非情な答えを得られる質問を、俺だけが思いつかなかった。
慎重さが自分の長所だと思っていた。実際に、今までの人生では、その気質が概ね役に立っていた。でも、今回はそれが思いっきり裏目に出ている。
いや、いきなりこんな状況に陥って、すぐに他を切り捨てて、動けるあいつらがおかしい。
どうしてこんなことになったのか。
俺たちの高校がある岩坂市は、決して都会とは言えないが、私鉄の支線が開通して以降、若い子育て世帯に人気が出た地域だ。
農地や宅地の開発が進む一方で、いまだ鎮守の森が各所に点在し、有名無名問わず御神木や霊石が数多く残されている。
地域研究のフィールドワークに際して、実質雑用係と変わらない班長になった。もし自分が率先してテーマを決めたら、面倒ごとの全て押し付けられる。それが嫌で、杵坂の班の提案に乗ることにした。
「ねえここって、マジモンだって聞いたよ。地元の住民は絶対に近づかないって」
「これだけ人数がいれば平気だろ。心配なら、俺が手を繋いでやるよ」
「やだぁ。それは違う意味で危ないよ」
二班、男女八人で、神隠しの伝承がある神社を訪ねた。いくつかピックアップした中でも、ひときわ"本物"じゃないかとされていた場所だ。
現地に行くまでは、女子たちは"怖い"とか言いながらもキャッキャしてたし、男子はここぞとばかりに女子に絡みにいって、ワイワイ楽しくやってた。
こんな状況になったのは、その神社で、現地で何かがあったはずだ。なのに、肝心な部分の記憶が欠けている。誰かが空間移動と言っていたけど、気づいたらこの場所にいたのだから、案外当たっているかもしれない。
転生門に、異世界転生。まさかそんな事態が、自分に降りかかってくるなんて。
でも、以前読んだ漫画とは違って、土下座して我儘な注文を聞いてくれる女神なんていない。生まれる先を指定することもできないし、チートの大盤振る舞いも要求できない。そもそも、肝心の門が既にない。全て消えてしまった。
もう、次の門は出てこないのだとしたら。吐息すら吸い込まれそうな暗闇の中、抑えきれない焦燥に吐き気がこみ上げてくる。
いつまで、俺はこの場所にいられるのか? まだ渇きや空腹は感じないが、それはずっと続くのか?
考えたくはないけど、もしこの空間が消滅したら、俺も一緒に消えてしまうのかどうか。
それに、門を潜ったあいつらにしたって、無事に異世界転生できたとは限らない。
転移じゃなくて転生だ。行った先の世界の文明度や転生先の条件次第では、まともに生き抜くことさえ難しいかもしれない。
元の世界に戻れるのが一番いい。それが無理なら、ここじゃないどこかに、別の場所に移動したい。
明るい日が差す、人が暮らす世界へ。
繰り返し同じことをグルグル考え、望みを見出すべく、何度も暗闇に問いを投げかけた。でも、答えは全く聞こえなかった。
門がなくなったから?
『槨離狭界に門を開いた世界にだけ路が通っている』確か、そう言っていた。
門を開いた異世界へのリンクが切れてしまったから、質問に答えてもらえないのか?
「くそっ……なんで」
重苦しい塊が胸を押しつぶし、呼吸が早くなる。息が苦しい。不安で不安で堪らない。
何度瞬きしても、黒く塗りつぶしたような闇しかない。一人、たった一人で、こんな場所にとり残された。
「うわぁぁぁぁぁ――っ!! おいっ、出せよ! ここから出せ! 出せったら出せ! 元の世界に返せよ! なんで俺がこんな目に。俺が何をしたって言うんだよ!」
辰巳に引き倒されたままの惨めな姿で悶え、身体を丸め、頭を両手で抱えて喚くしかなかった。
でも、いくら喚いても、喉が痛くなるほど叫んでも、声は誰にも届かない。暗闇に虚しく吸い込まれるだけで、状況は依然変わらない。変わってくれない。
「……なんで、なんで返事がないんだよ。誰でもいい。誰か、誰か答えてくれよ!」
滲んだ涙を擦り、重い身体を起こして、その場で胡座をかく。
自分の姿すら見えないから、そんな単純な動きさえ覚束なく感じた。
目が見えない。あって当たり前だと思っていた視覚を閉ざされると、五感がこんなにも曖昧になるなんて、初めて知った。座った姿勢で周囲をぐるっと見回す。
「やっぱり何もない」
どんなに見回しても、360度、全方向、暗闇以外に何も見えない。
「門だよ、門。俺用の門。どうにか開いてくれよ。救済だったら、人数分なきゃおかしいだろ!」
情けない声を出しながら、瞬きを惜しむかのように目を凝らす。
ゆっくり、探るように。何度も、何度も。視線の先を少しずつ変えながら暗闇を探る。
門、門、門、門、出てこい、門。いい加減、出てこいったら!
ただひたすら、そう念じ続けるしかなかった。
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