第2話 槨離狭界

 乾井が、杵坂を強引に門の中に押し込んだ。

 不意をつかれた杵坂はタタラを踏み、しかし堪えきれず、門の中に転げるように飛び込んで姿を消した。


「うそっ! 美波が消えちゃった」

「穂乃果、何やらかしてるのよ」


 目を凝らしても、杵坂の姿はどこにもない。杵坂が入った門は、一瞬強い光を放ったかと思うと、目に見えて光を失い始め、今は門そのものが朧げになって消えていこうとしている。


「おいっ、門が消えてくぞ」

「ヤベェ。杵坂いないじゃん」

「おいっ、乾井! お前どういうつもりで……は!? なんだこれ?」


 ――『飛燕門』残3/4

 【職業】早成型

 【基礎能力】◎

 【応用能力】◯

 【技能】◯

 特典:技能解説書スキルマニュアル


「はにゃ? なんかキタヨ」

 

 杵坂が消えて間もなく、頭の中に奇妙な情報が滑り込んだ。認識がおかしい。貼り付けられた映像を見ているように、文字の羅列が見えている。 それに、人が消えるなんて。アレは、気味の悪いアノ門は、いったい何だ?


 ――転生門


 えっ?


 俺の疑問に呼応するかのように、『転生門』という声が頭の中に響いた。それも絶妙なタイミングで。だから、相手が誰かも分からないのに、つい反射的に問い返していた。


 転生門ってなに? 


 ――門を潜ると異世界で新たな人生が始まる、生まれ変わるための門。


 えっ! 異世界、新たな人生、生まれ変わるだって? そんなのまるで、ラノベじゃないか。じゃあ杵坂は、もう別の人間になってしまったってこと?


 冗談じゃない。死んだ覚えもないのに、異世界で人生をやり直さなきゃいけないなんて。そもそも、ここは? 俺たちはどこにいる?


 ――槨離かくり狭界きょうかい


 槨離狭界とは?


 ――時空間の狭間に生じた空隙。


 元の場所に戻る方法は?


 ――復帰は不可能。


 不可能? なぜできない?


 ――戻るべき座標が消滅している。


 じゃあ、ここから出る方法は?


 ――転生門が、槨離狭界に落ちた生体に与えられる唯一の救済である。


 救済? 全てを捨てて人生をやり直すのが? もし生まれ変わる先が劣悪な境遇だったら悲惨過ぎる。転生先が不本意だった場合、転生のやり直しは?


 ――否。転生門を潜った瞬間に転生に同意したとみなされ、使用された門は消滅する。


 門は使用したら消える、一方通行の消耗品なのか。

 不可思議な情報を鵜呑みにするのは危ないけど、この場には、他に参考にできるものがない。


 転生が不可避となると、俺たちはどう動くべき?


 改めて門を観察する。門の間口は、残りの人数を考えたら決して広くはない。同時に潜れるのは二人か、多くても三人がやっとだ。


 どう頑張っても、さすがに残りの七人全員が同じ門を潜るのは無理で、三つの門のいずれかに分散することになる。誰がどの門を潜るのか、誰と誰が一緒に行くのか。どう考えても諍いが起こりそうだ。


 気になるのは、どの門を選んでも、転生先の世界は同じなのかどうか。その点は?


 ――門の先の世界線は単一である。槨離狭界に門を開いた世界にだけ路が通っている。


 行き先は同じ。なら、当然のことながら、転生時の条件を良いものにしたい。そうなると、さっき出てきた門の情報。あの意味が重要になってくる。生まれる場所や能力が、もし選べるなら……えっ! なにやってんの!


 今の瞬間、左手にあった門が一際強い光を放った。


やなぎくん!」

「やだ!? なんで?」

「……マジか」


 ――『飛燕門』残2/4

 【職業】早成型

 【基礎能力】◎

 【応用能力】◯

 【技能】◯

 特典:技能解説書


 自ら門に飛び込む奴が出てきた。さっきまで警戒していたように見えたのに、なにも言わずに駆け込んで、門の向こうに消えてしまった。


 使用された門の存在が薄れていく。すっかり消えてしまうと、跡には暗闇だけが残された。


 また消えた。これで残った門は二つになった。

 なぜ柳は動いた?


 七人いるのに門が三つしかなかったから?

 元の世界に戻れそうもないのを知ったから?

 門が足りなくなる前にと、焦って飛び込んだのか?


「お先に!」


 そう言って、今度は小酒部おさかべが右手の門に駆け込んだ。


「おいっ、待てよ!」


 小酒部の背中に声をかけたが、こちらを振り向きもしないで消えてしまった。


 ――『飛燕門』残1/4

 【職業】早成型

 【基礎能力】◎

 【応用能力】◯

 【技能】◯

 特典:技能解説書


「男子ばっかりズルい! 最後のは女子の分だから」


 意味不明な主張をしながら、御子柴が残りひとつしかない門に足早に近づいていく。


 まずい。止めなきゃ。


「女子のってなんだよ。俺と辰巳には関係ないだろ! 戻れよ」

「ちょっと! なに勝手に潜ろうとしてるのよ。女子なら私にだって権利はあるでしょ」

「でもこういうのって。基本、早い者勝ちだから!」

「はぁ? 何言って……やだ、消えちゃった」


 早い者勝ちってなにさ。自分さえ良ければいいのかよ。


 ――『飛燕門』残0/4

 【職業】早成型

 【基礎能力】◎

 【応用能力】◯

 【技能】◯

 特典:技能解説書スキルマニュアル


 頭の中に浮かんだ情報は、悪い意味で期待を裏切らなかった。残数0。それが残された者に突きつけられた非情な現実だった。

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