第4話 雨過天晴

 ウーム族の長・リュコスは、灰褐色の毛並みを整えながら昨日のことを思い出していた。


 スビトー族唯一の生き残りであるレオの戦闘能力は、やはり反則だと言いたいほどに強かった。


 テクニカ族が得意としている集団戦闘で戦い、ウーム族の選りすぐりの狼たちが戦いを挑んだというのに、たった一匹で抑え込まれてしまったのだ。


 もちろんレオは無傷ですまなかったが、それはこちらも同じことだ。リュコス自身も戦場にいたが、レオの鋭い爪による一撃の傷が、いまだに体に鈍い痛みを伝えてくる。


 負傷した狼たちもそれは同じようで、つい先ほど行ってきた治療室では、うんうんと唸っている者たちがたくさんいた。


 この領土争いは、いつまで続くのだろうか。


 スビトー族は、今のところレオしかいない。


 レオが死ねば、自然スビトー族の領土は解放される。


 しかし本当の問題は、その後なのだ。


 もしレオが死んだら、解放されたスビトー族の領土を、今度はウーム族とテクニカ族で奪い合うことになる。


 そうなれば、今度はテクニカ族との泥沼戦が待ち受けているのだろう。

 いや、ウーム族とテクニカ族の間でも、長い間お互いの領土争いによる終わらない戦いが続いているのだ。


 そのことを考え、リュコスは再びため息をついた。


 そもそも、今はたまたまスビトー族がレオしかいないだけであって、今後、ウーム族とテクニカ族のどちらかからまた白銀の毛並みの狼が生まれる可能性だってあるのだ。そうなった時、その狼は頼れる群れも領土もないまま、ルプスエンパイアを彷徨うことになるのだ。

 生まれた種族のところで世話を見ればよいと思うのだが、それはやたらと頭の固い老狼たちが許さないだろう。


「ため息ばかりだね、リュコス」


 その時、リュコスの前に座っていた黒色の毛並みを持つ狼が苦笑しながら言った。


 彼女の名前はウォルク。


 テクニカ族の長であり、リュコスと同じくフェラデア候補の一員である。

 今日は昨日の戦いについて話をしようということで、リュコスの住処にやって来たのだ。


 リュコスとウォルクは、立場上は別種族で、言ってしまえば敵同士である。


 しかし、彼女たち自身はその立場を取り払ってしまえば、仲の良い友達だった。


 リュコスとウォルクは、ウーム族とテクニカ族の間で同盟を結んで、長年の領土争いをなくしたいと思っていた。

 しかし、ウーム族とテクニカ族の長同士の仲は良好だというのに、お互いの群れに必ずいる、自分の種族こそが絶対だと信じている者たちが同盟を拒み続けているのだ。

 2つの種族が協力するのだって、スビトー族の領土を奪うための一時的なものだと思って、ようやく納得してくれるのだ。


 リュコスは気心の知れた友に疲れた笑顔を見せた。


「そりゃあそうよ。もう戦いはうんざり。何とかしたいのに、仲間たちが全然言うこと聞いてくれないんだもの」

「あーうちも一緒。いいかげん、自分たちの考えが古いって気付いてほしいよね」

「レオとも和解したいのに…。これじゃあ、どう話したらいいのかも分からないわ」

「そもそも、レオ自身があたしたちのこと敵だって認識してるだろうしね…」

「にしても、いくらスビトー族のことを目の敵にしているからといって、まさか勝手に領土侵攻するなんて思わなかったわよ…」

「あたしも…」


 そう言うと、リュコスとウォルクは揃ってはぁ…とため息をついた。


 そう、昨日の領土侵攻は、いつまでたってもスビトー族の領土をとろうとしない長たちにしびれを切らした者たちが、勝手に部隊を収集して起こったものだったのだ。


 そして、あわよくば領土拡大という功績を挙げれば、自分の種族の長が次期フェラデアに選ばれるかもしれない、という野望と共に。


 それに気づいたリュコスとウォルクが慌てて駆け付けたところを、レオにざっくりとやられてしまったのだ。


 レオはスビトー族の長になってから、いや、それ以前から、スビトー族の領土から出てきたことがなかったはずだ。


  リュコスとウォルクの顔を知らない可能性が極めて高い。


 長同士の顔合わせなんてものは、この世界にないのだ。


 混戦状態の中、またリュコスたちが駆け付けた時にはすでにぼろぼろだったレオには、自分が2種族の長たちを傷つけたために部隊の士気がさらに上がってしまったということに気が付かなかっただろう。


 ウーム族とテクニカ族、そしてスビトー族が手を組めるようになるのは当分先になりそうだと思い、リュコスとウォルクは同時にため息をついた。


その時だった。


「リュコス様!!大変でございます!!」


 突然、リュコスの住処に慌てた様子の灰褐色の狼が入ってきた。


 その狼は、ウォルクに気が付くと一瞬睨みつけるような目線を投げてきたが、すぐにリュコスに向き直った。


「スビトー族でもテクニカ族でもない、いえ、そもそもルプスエンパイアの者でもないと思われる者が、領土に侵入してきました!」

「ええ⁉」


 突然もたらされてきた情報に、リュコスと、そしてウォルクも目をむいた。


「な、ど…どういうこと⁉」

「わ、分かりません。とりあえず、拘束して牢の中に入れたのですが…」


 ウーム族の牢は、リュコスの住処から真っ直ぐ東に行けばすぐに着く。リュコスはさっと立ち上がった。


「分かりました。行ってみましょう」

「リュコス、あたしも行っていい?」


 同じく立ち上がったウォルクに、リュコスはしっかりとうなずいた。





 やはりというか、なんというか。


 捕まってしまった。


 灰褐色の狼が『牢』と言った場所に押し込められたまりは、鉄格子のはまった狭い岩穴の中の、冷たい石畳の上にペタリと座り込んだ。


 フェラデアに会えるかもしれないというわずかな可能性に懸けてウーム族の領土にやって来たが、やはり事はそう簡単には運ばない。


 あっさりと見つかった挙句に少しの抵抗もできずに捕まってしまったのだ。


 しかし、狼たちの話を聞いていれば、どうやらこのウーム族の長であるリュコスという狼を呼んでくるようだ。


 自分の望んでいたシチュエーションではないが、トップの人物――狼が出てくるというのなら好都合である。どこまで話が通じるのか分からないが、どうしてもレオのために何かできることがしたかった。


 そして、そんな自分の行動が、ただ純粋にレオのためというだけでないということは、心の奥底でまり自身がよく分かっていた。


 しかし、今はそんなことを考えている場合ではない。


 ふっと、俯けていた視界に、影ができた。


 ハッとして顔を上げると、目の前に灰褐色の狼と黒色の狼がいた。


 まりを牢につないだ狼よりもつややかな毛並みをしている。

 おそらくウーム族の長だろう。黒色の狼は確かテクニカ族だとレオから聞いていたが、なぜここにいるのかは分からない。


 そしてまりは、目の前の2匹の狼のつややかな毛並みの一部が少し抉れていることに気が付いた。

 その理由は、もう察することができる。


「私はウーム族の長、リュコスです」

「あたしはテクニカ族の長、ウォルク」

「…まりです」


 ウーム族の長は予想していたが、まさかテクニカ族の長まで来ているとは思っておらず、まりは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに自分の名を名乗った。


「さて、聞きたいことはたくさんあるのだけど…。とにかくあなた、どこから来たの?ウーム領土では見たことないけれど…ウォルクはどう?」

「うーんあたしも見たことない。テクニカ領土から来たわけじゃなさそう」

「…てことは、スビトー領土?」


 その言葉を聞いて、まりはふるりと体を震わせた。そのまりの反応を見て、リュコスとウォルクは確信を持った。


「やっぱりスビトー領土から来たのね」

「…でも、レオは関係ないです。私の独断で来たので」


 そう言うと、まりはキッと目の前の狼たちを見上げた。


 全く怖くないと言えばウソになる。


 しかし、ここでひるんだら、何のために来たのか、牢につながれているのか、その意味がなくなってしまう。


「ウーム領土に来た理由を聞いてもいい?」


 思いのほか優しく尋ねられたことに戸惑うが、まりは自分を奮い立たせて口を開いた。


「フェラデアに会いに来たんです」

「フェラデアに?」

「はい。昨日、レオの…スビトー族の領土が襲われて、レオは大けがをして帰ってきました。あなたたちはたくさんの仲間がいます。でも、レオは、頼れる仲間がいないんです。それなのに、大人数でレオ一人を襲うなんて、卑怯です!そのことをフェラデアに抗議しようと思って」


 まりの強い意志を放つ目に見つめられ、リュコスとウォルクは目を見張った。


 見たところ大した力のなさそうな、しかもルプスエンパイの者でもない者が、たった一人でウーム族の領土に乗り込んできて、この世界の統治者であるフェラデアに物申そうとしたのだ。


 それも、ルプスエンパイの住人であるレオのために。


 他種族どころか、住んでいる世界も違う相手のために。


 それを考えれば、なぜ自分たちは同じ世界に住んでいながら、毛並みの色が違う、持っている能力が違う、住んでいる領土が違うという理由で争っているのだろうか。


 その時、突然外が騒がしくなった。

 

 まり、リュコス、ウォルクが何事かと顔をあげると、息を激しく切らした白銀の狼が、灰褐色の狼たちを振り払いながら岩穴に飛び込んできた。


「まり!!何をしているのだ!!他の領土に近づくなと散々言っただろう!!」

「れ、レオ…」


 まりがレオの姿を見て顔を青ざめさせた。レオは激しく息を切らしながら、まりの前に立つリュコスとウォルクを睨みつけた。


「今すぐまりを解放しろ。まりは私たち3種族には何の関係もない」


 レオの真剣な口調と声を聞いて、リュコスとウォルクは目を見張った。


 リュコスとウォルクがレオと関わるのは戦場がほとんどで、しかも大体が混戦状態のため、言葉を交わしたことは無い。


 しかし、印象としては、誰かを信用して、自分の懐に誰かを入れるような者だと思っていなかった。


 誰かとの関りをとことん断っている印象だったのだ。


 そして、誰かを心配して、助けようとして、敵地に足を踏み入れるということもしない印象だった。


 リュコスとウォルクにしてみれば、まりを今すぐにでも解放してよかった。


 ウーム族とテクニカ族に害をなそうという気配は感じられない。


 しかし、ここではウーム族の長とテクニカ族の長としての判断が求められる。


 どうするべきなのか。


 リュコスとウォルクが判断に困った時、再び外が騒がしくなった。


 何事かともう一度顔を上げると、薄暗い『牢』である岩穴には似つかわしくない、チリンという清らかな鈴の音が響いた。


 そして岩穴に、翡翠色の紐に黄金色の鈴を首に付けた、灰褐色の中に白い毛の混じった狼が入ってきた。


 この狼は、レオや他の種族の長にはなかった圧倒的な存在感を放っていた。この狼が入っていたとたんに、その場の空気が引き締まったように感じる。


まりはぽかんとその狼を見ていたが、レオ、リュコス、ウォルクはその姿を見た瞬間にぎょっとしたかと思うと、同時に地面に額を付け、ひれ伏す格好になった。


「お出迎えもせず失礼いたしました、フェラデア」


 フェラデア⁉


 リュコスの言葉にまりは目をむいて、たった今入ってきた狼を見た。いきなりこの世界のトップがご登場である。


「よい。突然やって来たのは私の方です」


 落ち着いた重厚感のある、しかし決して威圧感のない、むしろ包容力のある声でそう言うと、フェラデアは優しく微笑み、そしてその目をまりに向けた。

 年を重ねたコバルトブルーの瞳にじっと見つめられ、まりは思わずたじろいだ。


 何を言われるのだろうか。


 レオはまりのおびえたような様子に気が付き、顔を上げてフェラデアに詰め寄った。


「フェラデア、まりは何も関係ありません。ですから、まりを牢から解放してください」

「まあ落ち着きなさいレオ。何も取って食おうなんて思っていませんよ」


 フェラデアは苦笑してそう言うと、改めてまりを見た。そして、ふっと何かを思い出すようにその瞳を細めた。


「…懐かしいです」

「え…?」

「そなたは『人間』という者が住んでいる世界から来たのでしょう?私も、ずっと昔、フェラデアになる前に会ったことがありますよ」

「ええ⁉」


 思いがけない話に、まりは思わず身を乗り出した。

 フェラデアは器用に前足を動かすと、まりを閉じ込めていた牢の鉄格子を開けた。

 鉄格子の扉を開けたフェラデアは、まりに出るよう促しながら話を続けた。


「私も、初めて『人間』という者のことを知った時は驚きました。ですが、それと同時に自分の視界が広がったようでもありました。この世界には、私の知らないことがまだまだたくさんある。ルプスエンパイの外にたくさんの世界が広がっているのだと、改めて感じました」


 フェラデアは穏やかにそう言うと、まり、レオ、リュコス、そしてウォルクを順に見てにっこりとほほ笑んだ。


「このアニマーリアワールドには他にもたくさんの世界が広がっているというのに、同じ世界――ルプスエンパイに住んでいながら、種族が違うからという理由で争うのは、なんとも馬鹿らしいことだと思いませんか?」




 フェラデアの手によって解放されたまりは、レオと共にスビトー族の領土に戻ってきていた。


 ちなみにフェラデアがあの場に突然現れた理由は、次のフェラデアを発表する日を伝えるためだった。


「にしても明日って、急すぎるんじゃ…」

「そんなことより、まり。私はお前に聞きたいことがある」


 まりの住処に入ったレオが、器用に前足を人間の腕組みのようにしてまりを見た。


 まりは怒られる覚悟でいたので、おとなしくその場に正座した。


「えっと…勝手なことしてごめんなさい」

「私は謝罪が聞きたいわけではない。お前が、私がやめておけと言っていたことを、無断で行ったことに対する説明を求めているのだ」


(こ、これはかなり怒ってるんじゃ…⁉)


 久しぶりに、レオに睨みつけられて冷や汗が出た。しかし、レオがまりのいる牢に飛び込んできた様子を見ても、かなりの心配をかけてしまったことは間違いないのだ。


 しばらくあーだのうーだの言っていたが、全く目線をそらさずあきらめようともしないレオの様子を見て、まりは観念して腹をくくった。


「…分かった。昨日はレオが話してくれたもんね。今度は私が話す。でも、言っておくけど、そんな面白い話じゃないよ?」

「かまわない」


 レオがはっきりとうなずいたのを見て、まりは、長い間ずっと心の中に押しとどめてきていたものについて、話し始めた。




 まりは、もともと大神神社のある村に住んでいなかった。以前はもっと都会に住んでいたのだ。


 まりが今の村に引っ越してきたのは、中学2年生に進級するときだった。

 

 原因は、前の中学校の一部のクラスメイト達による嫌がらせだった。


 いじめの原因が何だったのか、それすら思い出せないようなほんの些細なことが引き金になり、いじめグループに目をつけられたのだ。


 弁当をひっくり返されたり、教科書を汚されたり、靴を隠されたりという、いかにも漫画に出てくるいじめの典型的パターンは日常茶飯事だった。


 そして、やはり誰も助けてくれなかったのだ。


 自分もいじめの対象になりたくないという生徒。

 面倒なことはごめんだという先生。


 うんざりだった。


 そして、雨上がりの運動場で泥をぶつけられ、巨大な泥の水たまりの中に上靴と教科書の入ったカバンを投げ込まれたときに、何かがプツリと切れた。


「それで、逃げたの。私を受け入れてくれないクラスメイトたちから。学校から」


 両親にいじめのことを相談して、すぐに転校の手続きをした。


 いじめの話をしたときは、両親には「気づいてあげられなくてごめんね」と、そろって泣かれてしまった。


 そして、中学2年生になると同時に、今住んでいる村に引っ越し、新しい学校に通い始めた。新しい土地でなら、気分を変えて新しい自分になって、やり直せると思ったのだ。


 しかし、ほのかたちがいた。


 転校初日から扱いやすい駒と認識されたまりは、結局今までとたいして何も変わらない生活を送ることになったのだ。


「変わりたいと思ってたのに、結局何も変わらなかった。場所が変わっただけで、そこにいる人間は変わっていなかった。私も、言われるままで、自分の意思で抗議しようとか、そういうことが何にもできなかったの。両親にもこれ以上心配かけたくなくて、学校ではうまくいってるってふりしてた」


 顔を俯けているまりに、レオは言葉を失った。しかし、何か言わなければならないと思い、何とか言葉を絞り出した。


「だ…だが、まりがその学校とやらを変えたことは、逃げるとは言わないのではないか。変わりたいと思って行動したのだろう?ならそれは勇気のある行動だ。決して恥ずべき事じゃない」

「でも結局、私は変われなかった。前の学校でも、言われたことは命令通りにやらされてた。どんなに嫌なことでも、やらないといじめがどんどんエスカレートしていくから。それは今の学校でも同じ。前の学校みたいないじめじゃないけど、従者か下僕みたいに思われてるのは同じなの」


 まりのその言葉を聞いて、レオはきゅっと目を鋭くした。


「なら、嫌とはっきりそう言えば良いだろう。2週間少ししか一緒にはいなかったが、まりはそういうことが言える娘だと思っているが」


 レオの印象としては、まりはおとなしそうな見た目とは裏腹に、意外と大胆な行動をとることがあるのだ。今日のウーム族の領土にいきなり飛び込んでいったのもその1つだ。


 しかし、まりはあきらめたように首を横に振った。


「もちろん、それができていればそうしてる。でも、できないの。私、臆病になった」


 まりはそう言うと、自分の両手を見つめた。


「今の学校には、転入生として入ったから、知り合いが一人もいない状態だったの。知り合いができる前に、あの子たちにつかまっちゃったから…。今あの子たちに反抗したら、私独りになっちゃう」


 まりは自分の体をぎゅっと抱きしめて体を震わせた。


「独りは怖い。独りになりたくない。学校では、独りでいたら陰で何か言われたり、周りの人たちから変な目で見られたりすることがあるの。全部の学校がそうだとは言わないけど、少なくとも私の学校はそうだった。それが怖くて、怖くて仕方ないの」

「まり…」


 膝に顔を埋めたまりを見て、レオはなんと声をかけるべきなのか分からなくなった。


 レオには、まりの世界のことは分からない。


 『学校』というものも、生まれて初めて知った。


 それでも、まりのような状態には、心当たりがあった。


「きっと、まりに嫌がらせをする連中は、突然外からやって来たまりを異物のように思っているのだろうな。目の上のたんこぶ、のような…」


 レオの言葉にまりがハッと顔を上げた。その黒い瞳にうっすらと透明な膜が張られているのを見ながら、レオは言葉を繋ぐ。


「それは、このルプスエンパイアでも同じだ。自分と何か違えば、異質なものを排除しようとする。それはまりの世界でも同じようだな」

「あ…」


 まりが目を大きく見開いた。レオの言わんとしていることが分かったのだ。


「そっか、スビトー族…」

「あぁ。スビトー族の祖先は、生まれた場所は同じなのに、毛並みが違う、持っている能力が違うというだけで群れを追い出された」


 レオは一瞬悲しみの色をその紅の瞳に湛えたが、確固たる意志を持った目でまりを見た。


「しかしな、まり。それぞれの群れを追い出されたスビトー族が、こうして他の群れに吞み込まれずに生き延びてきたように、まりもその世界で生きていかなければいけない。他人に呑み込まれてしまったら、いつか自分が見えなくなってしまう」


 そう言うと、レオは目を伏せた。その表情は、どこかレオが、自分自身に苦笑しているようだった。


「正直に言うと、私はこの世界の誰も信用していなかった。誰かを信じたら、必ずどこかで足をすくわれ、裏切られる。ここはそういう世界だ。…でもあの日、まりに会って、話をして、そしたら、長い間自分の中で凝り固まっていた固定観念がはがれていくようだった。信頼できるのは自分だけだというその考えが、崩れていくのが分かった」


 レオは、いまだに自分を守るように膝を抱えているまりの手に、そっと自分の前足を乗せた。


 その手から温かな温度が伝わってきて、まりの凍り付いた心を溶かしてくれるようだった。


「私も、スビトー族が私独りになった時は、心細くてどうしようもなかった。そのせいで、自分を守れるのは自分だけだと、住処から出ようともしなかったのだ。でも、独りの私を…姿も何もかも違う私を、まりは受け入れてくれた。それがとても嬉しかったのだ。もちろん、突然この世界に放り出されて心細かったということもあるのだろうが、それでもまりは、私を対等に、友達のように扱ってくれただろう?」


 レオの柔らかい言葉と表情に、まりの瞳が決壊した。

 自分の手の甲に乗せられたレオの前足に額を押し付けて、泣き臥せった。


 背中を震わせてむせび泣くまりに、レオは白銀の毛並みを摺り寄せた。


 まりの温かい体温を直に感じながら、レオは穏やかにほほ笑んだ。


「まり、独りを恐れることは無い。今は独りだと感じていても、いつかまりの世界で、必ず自分のことを信じて支えてくれる人が現れる。まりのことを理解して、寄り添ってくれる人ができるはずだ」

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