リアクションは命!!~演劇における『エチュード』で学んだ、ドラマ作りで重要なこと

kayako

一人よがりにならないリアクション、大事。

 

 もう十年以上は昔のことになるが、私はほんの少しだけ、演劇を習っていたことがある。

 とはいっても、本格的に女優を目指していたとかそういうものではない。引っ込み思案な自分を変えるきっかけにならないかと思って演劇教室に参加してみた、程度のものだ。似たような目的で参加していた人も多かった。

 公民館を借りて週に一度集まって、先生から演劇の色々を習ってみんなで楽しむという――

 中学高校の演劇部の方が軽く100倍はハードであろう、趣味レベルのもの。


 しかし、先生はかなりベテランの俳優だった。数々のドラマや映画の渋い脇役として名が知られている。

 お忙しい中、時間を割いて演劇の色々を丁寧に指導してくださった。

 今の私は演劇とはほぼ無縁だが、それでも小説を書く上で役立つ知識も教えていただけたように思う。


 中でもかなり役立っていると思われる体験のひとつが、演劇における『エチュード』だ。


 『エチュード』というのは一般的には音楽で言うところの練習曲という意味合いの方が知られているが、演劇における『エチュード』はちょっと違う。

 具体的には


『演劇で、即興劇。場面設定だけで、台詞や動作などを役者自身が考えながら行う劇』

(出典:小学館デジタル大辞泉より)


 つまり、決められた台本などはなく、おおまかな舞台設定や人物設定だけを与えられた状態で、役者たちがそれぞれ状況に対するリアクションを考え、アドリブで演技をするというもの。

 例えば、


 舞台⇒満員のバス

 人物⇒夫婦、女子高生、男子中学生、サラリーマン、OL、運転手など


 というように。

 当たり前だが、実際にその役者が夫婦同士だったり女子高生だったりするわけではない(確か、男性が女子高生役をやったこともあったような気が……)


 ただ、そこは殆どがド素人集団の私たち。

 いきなり舞台設定だけ与えられても、すぐに動けるはずもない。

 台本が全くなく、自分で考えて行動しなければならない――

 それは分かっているのだけど、最初はせいぜい満員のバスにそれぞれがぶつぶつ文句を言うぐらいしか出来ず、ろくに会話も発生せず、状況が動かない。


 そこで先生が指示する。「はい、そこで誰かがオナラをしたとしたらどうする?

 音はないが、すごく臭いぞ!」


 すると皆が考える。

 オナラをされた時のリアクションはどうすればいいのかと。

 隣人を睨みつける男性、「臭いわね!」とあからさまに叫ぶ女性、これみよがしに鼻をつまむ者。

 そして、「ちょっと……もしかして貴方ですか?」「ち、違いますよ! そーいう貴方も怪しいです!」の会話も自然に発生していく。


 ここで大事なのは、『自分の設定をふまえ、相手のリアクションに応じて行動する』ということだった。

 自分の頭の中だけで台詞を用意して「ここでこう言ってやろう、ウケるぞ!!」と考えるのはNGで、あくまで「相手のリアクションと周辺状況に応じて行動する」のが重要。

 さらに言うと「自分だったらどう反応するか」よりも、「自分に与えられたキャラ設定(例えば女子高生)だったらどう反応するか」が大事。

 エチュードのやり方は色々あると思うけど、私の先生の場合はそんな感じだった。


 相手のリアクションや台詞によって、状況はいかようにも変化していく。

 喧嘩が始まることもあれば、満員という状況そのものに不満を爆発させる人もいる。知らんぷりで狸寝入りを決め込む人もいれば、全く関係ないところで何故か夫婦喧嘩が始まることも。

 オナラどころではない大混乱に発展することさえある。



 そういう時に、例えば――

「犯人、私です。

 ただ、オナラじゃなくて本体ですけど……」とかいう台詞を私が思いついたとしよう。

 これで一気に場が収束するし、脇役でしかなかった自分が場の中心人物に躍り出る! さらにメッチャウケるに違いない!!

 そう考えて、流れもリアクションも無視して強引にその台詞を発射した場合どうなるか。



 結論から言うと、滅茶苦茶冷められる。

 台無しになるどころの騒ぎではないレベルに流れが止まる。

 年齢層が違えばもしかしたらウケたかも知れないが、あいにく年配のかたも比較的多かった。講義が終わっても「あの人ちょっと変わってるよね」の誹りは免れない!



 実際にはそういう空気を何となく察したので、私自身はそんな大冷却地雷を爆発させることはあまりなかったが、モロにやってしまう人は結構いた。特に若い層で。

 例えばいきなり「俺はテロリストだ~! 全員手を上げろ!!」と叫んだりとか。

 それでも何とか話を回してくれる人がいるならいいのだけど、大抵先生の注意が入った気が。



 そういうエチュードを何回も繰り返していくにつれて――

 台本が用意された芝居をやるだけでは分からないことも、色々分かってきた。

 例えば、「あんた痴漢したでしょ!」と言われた時の、自然なリアクションとは何なのか。

 言われた側(の設定)がサラリーマンかOLかでも対応は大きく違ってくる。サラリーマンだったら「違いますよ!」となるし、OLだったら「はぁ? 女同士なのに何言ってんの!?」となる。中には、言われた側が「そーだよてめぇがムカつくから痴漢したんだよ文句あっかババァ!!」と開き直るケースもあったり。

 さらにその周辺の人物がどう反応するか。知らんぷりするか、割って入るか、状況を見守るか。これも各人の設定や判断によって毎回千差万別なのが面白かった。


 ただ、「痴漢でしょ!」と言われていきなり「ベロベロバァ~!! わったしはへ~んなオバハンデェース♪」などと歌い出したら、低年齢層向けギャグマンガではウケるかもしれないが、相手も周囲も当然対応に困ってしまうし流れも切れる。

 リアクションを繋いで繋いで、どう流れを発展させていくか。これがエチュードの肝だった。



 このエチュードの経験によって、現在小説を書くにあたっても「キャラクターのリアクション」については気を付けるようになったように思う。ちゃんと書けているかは別として。

 例えば悪役令嬢婚約破棄もの(あまり書かないけど分かりやすい例として)


 令嬢が夫となる王子から婚約破棄を宣言される

 ⇒令嬢「ハァッ!!?」となるのが自然な反応。周囲が全て知っていたとしたら、王子の浮気相手やら周囲の貴族から笑いが漏れる。

 しかしここで令嬢が冷静な反応を返したとしたら、今度は王子の方が「ハァッ!?」と反応するのが自然。浮気相手も周囲の貴族たちも度肝を抜かれる。


 このようなリアクションの流れが噛みあった作品は、かなり面白く感じる。

 ざまぁものを考えると分かりやすい。ざまぁされる側の悔しげなリアクションが濃いと溜飲が下がるし、逆にリアクションが薄いとメッチャ不満が残るし!


 あと何気に重要なのが、「読者目線で反応できるキャラ」の存在。

 上記のような状況に対して、令嬢も王子も周囲の人物もろくにリアクションせず、淡々と冷静に受け止めるだけだったら? 

 作者の手腕によっては面白い作品になるかも知れないが、殆どの場合どのキャラにも感情移入できず、かなりの読者を置いてきぼりにする結果になるだけだろう。

 例えば舞踏会で血しぶきが飛んだとして、モブ貴族含めて全員が淡々と話を続けていたら、読者にしてみればそれはおかしい!どんな非常識な世界なの!?となってしまう。

 令嬢だけが冷静でもいい。令嬢や王子などのメインキャラが冷静でもいい。でも、どこかに読者目線のキャラは欲しい。モブ貴族が悲鳴を上げるだけでもだいぶ違う。

 誰かが読者目線でリアクションすることによって、異常な行動をするキャラの異常性がよりひきたつという効果もあるし。

 何人かは異常なリアクションをとるキャラがいてもいいけど、全員が同時にそれやったら話が空中分解する。実際それでわやくちゃになって先生に注意されたエチュードもあったような……



 バシンと音が出るほど頬を叩かれたら。

 水をぶっかけられたら。

 大切なドレスを引きちぎられたら。

 やらかした悪事を全て開示されたら――

 このキャラだったらどう反応するか。あのキャラだったらどう抵抗するのか。

 自分が、ではない。自分だったら茫然と立ち尽くすだけだろうけど、あのキャラは違うだろう。そこで歯を食いしばるだけでいいのか。あのキャラだったら殴り返すぐらいはするんじゃないのか。

 エチュードを経験してから、こういうことは当たり前に考えるようになった。




 しかし、こういう考え方にも欠点はいくつかあって。

 まず、キャラのリアクションや流れを大事にしていると、あらかじめ「ここでこのキャラがこれをやる! こういうカッコイイ台詞を吐く!」と決めていた時にチグハグになることが多い。

 令嬢Aを愛しているはずの騎士Bが、Aが殴られたのを目の前にしながらそれをスルーして、無駄にキザな台詞を吐いてカッコつけるだけでエンド……なんてことも起こりうる。

 台詞や行動が、それまでの流れから大きく浮いてしまうのだ。ちょうどエチュードで、あらかじめ頭の中だけで考えた台詞や行動をいざ実行したら地雷となってしまったように。

 この問題に関しては人によってやり方は違うと思うけど、私は

「おおまかな全体の流れだけ決めて、決め台詞や決め行動はその時の流れで自然に出てきたものを採用」

 という方法をとっている。うまくできているかどうかは別だけど!



 あともう一つの欠点といえば――

 書かなくてもいい人物の反応まで、ついつい書き込もうとしてしまうこと!

 アニメやマンガやドラマだと、わずかな時間で複数キャラのリアクションを一気に描写することも可能だ。しかし小説でそれをやると


 AはBをぶん殴った!

 BはAを殴り返した!

 Cは思わず目を背けた!

 Dは慌てて仲裁に入ろうとしたが遅かった!!

 Eは知らんぷりを決め込んでいる!!

 Fは何故か踊り出した!!


 だいぶ簡略化してもこうなってしまう。

 本来必要なのはAとBが殴り合いの喧嘩をした描写だけであるはずなのに、他4人の反応を入れることによってやたら間延びし、4行以上を消費し、話の流れが止まってしまうのだ。

 映像作品ならワンカットで、そうでなくとも連続でそれぞれの表情を一瞬映し出すなどの演出で流れを切らさず描写することも可能だけど、小説だと難しい……

 だが「周辺人物のリアクション含めてじっくり書きたい」という考え方をしていると、ついついCDEFのリアクションも書きたくなってしまう。


 これを防ぐには、その場に必要以上に多くのキャラクターを配置しないなどの技が求められそうだけど、自分にとってはなかなかの高等テクニック……

 今でもよく悩むところ。あのキャラここで話に割って入らないとおかしいけど、そうすると話間延びするし……とか。そのせいで5人以上での話し合いの描写とか長くなりがち!!



 しかし欠点はあるにせよ、これらの演劇の経験は今の創作にかなり役立っていると(自分では)感じるし、リアクションに注意して数々の作品を読むのも楽しい。

 さらに技量を磨き、面白い作品やキャラクターを生み出していきたいものです!

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