定員オーバー

こぼねサワァ

第1話(完結)

 建設作業の仕事をしているF君に聞いた話。



 その日の作業現場は、年内にオープン予定の大きなショッピングモール。


 現場へは、いつも、同じ会社の先輩と2人1組で出向する。

 屋上駐車場の手スリの取り付けをするため、職長に指示された業者用エレベーターに2人で乗り込んだ。


 建物は5階建てだから、「5」という数字の上の、最上階の「P」のマークの昇降ボタンを押した。


 エレベーターには、先輩とF君の2人だけだったから、遠慮なく壁に背中をもたれかけながら、ドアの上の階数表示のパネルを2人で見上げる。


 1階から2階へ、パネルの点灯が移動すると、エレベーターが停まった。


 ――あ、誰か乗るのか。

 そう思ったF君は、壁から背中をはがして、姿勢を正した。


 エレベーターのドアが開いた。

 でも、そこには誰もいない。


 まだ内装が手つかずの館内は、むきだしのコンクリートに囲まれた広い空間がガランと広がっているばかりだ。

 外光もさえぎられているから、全体が薄暗く、フロアーの奥のほうは真っ暗で見えない。


 シーンと静まりかえっていて、人の気配は、まるでなかった。


 10秒ほどたって、ドアが勝手に閉まった。


 そして、エレベーターは3階へ昇り、また停まる。

 ドアが開くが、そこもまた、コンクリート打ちっぱなしの無人のフロアー。


 10秒ほどしてドアが閉まり、お次の階へ。

 以下同文。


「ああ、このエレベーター、いちいち全部の階に止まるタイプのヤツかぁ」

 と、先輩が言った。

「業務用のエレベーターだろ? なんで、こんなカッタルい仕様にしたんかなぁ」


「うーん、なにかしらの安全対策とか? 最近は、コンプライアンスとかが、ほら」

 F君、テキトーに思いついたことを言う。


 その間にもエレベーターは、4階へのぼって停まり、ドアが開いて、しばらく待って、また閉じる。


 続いて5階へ。

 ドアが開く。誰もいない。


 以下同文……と、思いきや、


「ブーーーーーッ!」

 と、けたたましいブザーの音がエレベーター内に鳴り響いた。



 先輩が、あわてふためく。

「ビビったぁ。これ、定員オーバーのときに鳴るヤツだろ?」

 

「ですよねぇ。……重量のセンサーが、イカれてんですかねぇ」


「しゃあないな。エレベーターおりてみっか、ワンチャン」


「そうっすね。屋上すぐ上だし。階段でいきますか」


 と、F君と先輩がエレベーターから降りようとした寸前で、ブザーは鳴りやんだ。


 そして、なにごともなかったかのように、再びドアが閉まって、屋上フロアーに到着した。



 午前中の作業が終わって、お昼休み。

 F君と先輩は、近場のラーメン屋に行って昼食をとろうと、くだんのエレベーターに乗り込んだ。


 すると、エレベーターは、屋上フロアから1階まで、イッキに降下した。


「"くだり"は停まらないんだなぁ、これ」

 先輩が、首をかしげてつぶやいた。


 F君は、あまり気にしなかった。

 まあ、業務の効率とか利便性とか、いろいろ都合があるんだろう、と思っていた。



 食事をすませてから、午後の作業に取り掛かるため、もう一度エレベーターに乗った。


「P」と表示された昇降ボタンを押す。


 先輩が、ちょっと苦笑いをする。

「"のぼり"は、全部のフロアーに停まるんだっけ。ダリィなあー」


「ですねー」

 と、F君もアイヅチをうった。


 けれども、エレベーターは1度も止まることなく、屋上までイッキに到着した。


「あれー?」

 先輩とF君、キョトンと顔を見合わせた。



 その日を含めて6日間、2人は、その現場に入ったが、3日目の朝に、5階のフロアーでボヤ騒ぎがあった。


 正確には、ボヤが起こったらしいのは2日目の深夜で、翌日、たまたま朝一番に顔を出した下請けの営業が、5階の壁の一部が黒く焦げているのに気付いたのだそうだ。


「らしい」というのは、真っ黒いススがコンクリートの一角を5メートル四方ほども汚していたにも関わらず、火の元の形跡も、燃焼物の残骸もいっさいなかったからで。

 燃えカスのカケラすら見当たらなかったから、本当にボヤだったのかどうかもあやしい。


 おまけに、元請けゼネコンのおエラいさんの耳に届かないように下請けが一致団結し、さっさと壁を掃除して、ウヤムヤのまま処理してしまった。



 結局、くだんのエレベーターが"各階停まり"になったのは、その現場に入った初日の朝だけだった。



 後日、別の現場の昼休みに、缶コーヒーを飲みながら、先輩が、ふっと思いついたように言い出した。

「ほら、こないだの、あれ。屋上の手スリを取り付けに行った現場だけどさぁ」


「ああ、ショッピングモールの?」


「そうそう。あそこのエレベーターってさぁ、最初の日だけ、全部の階で停まったじゃん?」


「ですね」


「あれさぁ、じつは、んじゃないかなぁ。だから、全部の階で停まって、ドアが開いたんじゃね?」


「はぁ?」


「目に見えない誰かがさぁ。2階、3階、4階、5階の、それぞれの階のエレベーター乗り場にいて、オレらが乗ってたエレベーターがのぼってくるのを、待ってたんじゃね?」


「な、なんすか、それぇ?」


「だってさぁ、それなら説明つくじゃん。もんだから、、そんで、ブザーが"ビーーーーッ"と……」



 F君、それを聞いて、ハッとした。


 ――じゃあ、""のは、オレら2人と同じエレベーターに乗り込んでいた、大勢のナニモノかが、……?


 だとすれば、エレベーターが各階停止したのは初日の朝だけだから、同乗していた「目に見えない大勢の誰か」は、あの朝以降、ということになる。


「5階のボヤ騒ぎも、なんか、ソレと関係あったんじゃないのかねぇ」

 と、先輩が、F君の心を見透かしたようなタイミングで言った。




 ちなみに、2021年現在、そのショッピングモールがオープンして数年になる。

 フツーに活気があってハナヤカな、地元では人気の商業施設。


 5階のフロアーは飲食店のテナントが集まっているけれど、今のところ怪奇現象のウワサはない。




 おわり




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定員オーバー こぼねサワァ @kobone_sonar

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