第5話 5

「――筆頭が対兵騎戦闘を始めるわ!

 一般聖女は魔道戦車防壁の背後に退避!

 以降、四席の指揮に従いなさい!」


 ミリスはシャルロッテが敵陣最奥に向かったのを確認し、声を張り上げる。


「――アニエッタ、任せたわよ!」


 斧槍ハルバートを振り回すアニエッタにミリスが声をかけると、彼女は周囲の敵兵を薙ぎ払いながら応じる。


「は~い。行ってらっしゃい」


「メリッサ、一緒に!」


「了解、先行するわ」


 メリッサは応じて、爆炎の魔法を敵陣に放ち、道を切り開く。


 開いた空隙にふたりは身を滑り込ませ、敵兵を薙ぎ払ってはまた進む。


 そのたびに敵兵は宙を舞い、周囲の敵兵を巻き込んで地面に倒れ伏す。


 圧倒的であった。


「まったくあの女は、本当に予定通りやらないわね!」


「臨機応変って言えば聞こえは良いけどね~」


 グチるミリスに、メリッサが苦笑で応じて。


 ふたりはまだまだ余裕だ。


 後方――魔道戦車を防壁に、一般聖女達による魔道砲撃支援で、敵兵は恐慌状態で。


 進路上にいる敵兵をぶっ飛ばしながら、敵陣最奥にいる兵騎隊を目指す。


 強襲先行したシャルロッテの魔道戦車が十分過ぎるほどに暴れまわった為、敵陣内部もまた混乱が浸透しているのだ。


 単騎で戦況を左右するのが聖女だ。


 そしてその筆頭ともなれば、まさに無双――一騎当千を地で行く存在である。


 貴族がかき集めた私兵――領の衛士やチンピラもどき、傭兵の集団である敵兵がどれだけ集まろうと、止められるようなものではない。


 事実として、先を行くシャルロッテは兵騎隊と接敵しているし、ミリスとメリッサは悠々とその後を追いかけられている。


 さらに、マリサが駆る魔道戦車は今も敵陣を縦横に駆け巡っていて、混乱に拍車をかけていた。


 背後の心配をする必要はない。


 飛ぶような勢いで、ミリスとメリッサは平原を駆け抜け。


 やがてシャルロッテに追いつく。


「――あんた、突出し過ぎ!

 ちょっとは周りに合わせなさいよ!」


 ミリスがシャルロッテに怒鳴るが、彼女は悠然とその真紅の髪を掻き上げて。


「でも、これが一番早いでしょう?」


 長大な第四帝殻の切っ先を空へと掲げ、当然のように肩をすくめてみせる。


「――ホンット、そういうトコよ! ホントもうっ!」


 事実だけにミリスは地団駄を踏む。


 そんなミリスに、シャルロッテは微笑みを浮かべたまま横目で見やり。


「ちょうど良いから、ちょっと手伝いなさいな。

 これから頭を潰すから、周りを潰してほしいのよ」


「え? わたくし達、これから砦内に侵入するつもりだったんだけど?」


 さっさとスキマットを押さえて、この茶番めいた反乱を収束させようと、ミリスはそう考えていたのだ。


「出しなに宰相に泣きつかれたのよ。

 敵兵騎の出処は重要な証拠だから、できれば原型を留めておいてくれって。

 本当に面倒臭い事を頼まれたものだわ」


 近衛の兵騎隊を相手に、負けるなどとは一切考えていない――むしろ手加減が難しいという、傲慢とも取れる発言に。


『――小娘が!

 聖女などとおだてられて調子に乗りおって!

 この数の兵騎相手にたった三人で勝てると思っているのか!』


 ガルドール近衛団長が怒鳴り立てる。


 シャルロッテは居並ぶ兵騎を見回す。


 その数は十五。


 五メートルほどの巨大甲冑という戦力は、並みの魔獣や戦場ならば、十分の驚異といえる戦力だ。


 ――だが。


「おまえこそ、たった十五騎足らずの兵騎で、私達をどうにかできると思ってるの?

 ――おめでたいわね」


 シャルロッテは煽る。


「そもそもおまえ、初陣らしいじゃない。

 道理でお粗末な戦術だったわけだわ。

 ウチのお父様と同年代の良いお歳なのに、これが初陣――ふふっ、可笑しい」


 煽り倒す。


 イキる相手をコキおろすのは、シャルロッテの何よりの好物だ。


 シャルロッテの父、ダリウス・キーンバリーは臣籍に下るより前――第二王子だった十代の頃にはすでに初陣を経験している。


 それも帝国を相手取っての大合戦でだ。


 ダリウスと同年代の武官のほとんどが、二十数年前の国境線を巡る戦で初陣を経験していた。


 逆に――いかに近衛とはいえ、ガルドール団長のように当時の戦を経験していない方が珍しいほどだ。


 王族であるダリウスが最前線を経験しているというのに、それを守るべき近衛が出陣していなかったのだ。


 この事実はガルドール団長の中で、屈辱以外の何者でもない。


 そして。


 シャルロッテは決定的な一言を告げる。


「――所詮は家柄だけの近衛団長ね」


 クスクスと口元に手を当てて哂うシャルロッテに、ガルドールは激昂した。


『貴っ様ぁ――!!』


 ガルドール団長の兵騎が長剣を振り上げる。


『オオオォォォォ――ッ!!』


 雄叫びをあげて長剣を振り下ろすガルドール団長。


 しかし。


 シャルロッテが右手を振るうと、まるで壁のように第四帝殻が彼女の前に立ちふさがり、ガルドール団長の一撃をいともたやすく受け止めた。


 甲高い金属音が辺りに響き渡る。


「……一気に行くわ」


 シャルロッテの呟きに。


「はいはい。拘束は任せなさい」


 諦めたようにミリスが応じ。


「じゃ、あたしは右から行くね~」


 メリッサが右手に駆け出し、わずかに遅れてミリスが左手に向かう。


「……帝殻解放」


 地面に横たわる長大な剣が、真紅の輝きに包まれていく。


「――奏でなさい! <断罪剣ジャッジメント>ッ!!」


 現実を書き換えることばに応じ、水晶質の刃が横薙ぎに走る。


 真紅の軌跡は十数メートルの孤を描いて……


 瞬間、兵騎がいっせいに吹き飛んだ。


『う、うおおおぉぉぉ――ッ!?』


 近衛騎士達の悲鳴。


 兵騎達は背後の防壁を貫き砕いて。


 わずかに遅れて、基部を断ち切られた防壁がガラガラと崩れ落ちる。


 その向こうで、両足を断ち切られて、じたばたともがく十五騎の兵騎達の姿があった。


 第四帝殻が赤い燐光を放って消失する。


 ミリスとメリッサが、端から兵騎の頭部を潰すと、もがいていた兵騎は力を失ったように沈黙していく。


「所詮はこんなものよね……」


 シャルロッテがヒールを鳴らしてガルドール騎に歩み寄ると。


 その胸甲が開いて、中からガルドール団長が這い出してくる。


「――まだだ! まだ俺はまだ――むぁひゃッ!?」


 叫びは最後まで続けられなかった。


 音もなく肉薄したシャルロッテの拳が、ガルドールの顔面中央を捉えたのだ。


 吹っ飛んだガルドールは兵騎の装甲に叩きつけられ、そのまま地面に崩れ落ちる。


 鼻血塗れで白目を向いたガルドールを見下ろし、シャルロッテはため息。


「首謀者のひとりは確保完了、と。

 あとはスキマットね……」


 半壊した砦を見上げながら、そう呟く。


 戦場を振り返れば、兵騎隊が壊滅した事に敵陣はいよいよ恐慌状態になり、逃げ出す兵まで見て取れた。


 聖女達の魔道戦車もすぐそこまで迫っている。


『――お嬢様!』


 そこへマリサが駆る魔道戦車が追いついて来る。


「ああ、マリサ。丁度良いところに。

 ミリス達を手伝ってあげて頂戴」


 シャルロッテがそう告げると、マリサとエレノアが戦車から降りてくる。


 マリサの手には大量のロープで。


「かしこまりました」


 そう応えて、さっそくガルドールを縛り上げるマリサ。


 ミリスとメリッサも次々と騎士を拘束して行く。


「……シャルお姉様、お怪我は?」


 エレノアがシャルロッテに駆け寄り、そう声をかける。


「大丈夫よ。私が強いのは知ってるでしょう?」


 と、シャルロッテはエレノアの頭を優しく撫でながら応えた。


 戦況は終結間際と行ったところだ。


「スキマットを捕らえに行くけど、エレンも来る?」


 砦内にも兵は残っているだろうが、シャルロッテにとっては物の数ではない。


 エレノアが一緒でも、なんら問題はなかった。


「はい! お供します!」


 問われたエレノアは嬉しそうにうなずく。


「じゃあ、行きましょうか」


 そうして、シャルロッテが砦の入り口へと目を向けた瞬間――


「ひ、ヒイイイィィィィ――ッ!!」


 当のスキマットが悲鳴をあげて飛び出してきた。


「……あら?」


 シャルロッテが首を傾げる。


 直後――砦の入り口が、内側から弾け飛ぶ。

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