第5話 4
魔道戦車を操るのは、今日もシャルロッテに同行しているマリサで。
車体を牽く三頭の魔道騎馬は、次々と敵兵を薙ぎ飛ばして進む。
車内では、魔道騎馬と車体を制御する為の鍵盤をマリサが掻き鳴らし、奏でる旋律がアップテンポな曲を響かせていた。
聖女達を天井に載せた魔道戦車群が、敵軍の前線と接触した途端、その尻を滑らせて防壁陣を構築したのに対して。
マリサが操る魔道戦車だけは、事前の打ち合わせ通り敵兵の真っ只中を、ただひたすらに爆走していた。
「――エレノア様、シートベルトの着用はよろしいですか?」
あまりの速度に、エレノアは口が開けず、頷きで応える。
正面の内壁に投影された、外の景色の中で、また敵兵士が手足をおかしな方向に捻じ曲げながら後に飛んでいった。
「では、ここからが本番です!」
マリサは両手を振り上げ、左右それぞれの手で複数の和音を連続させる。
攻城槍が放たれた。
虚空を左に孤を描いて飛んだ鎖付きの槍は、地面に深々と突き刺さって先端の返しが開き、地中で穂先を固定。
直後、車体が鎖に引かれて宙を舞った。
(――――っ!?)
エレノアは悲鳴をあげる事さえできなかった。
押し潰されるような感覚を気持ち悪く感じる。
まず三頭の魔道騎馬が着地し、敵兵を薙ぎ払いながら車体を接地させる。
車体は後輪を滑らせつつ、攻城槍を完全に回収。
同時に、左右下段の攻城槍が真下を向いて地面に放たれる。
車体が固定された。
「――お嬢様っ!!」
マリサの合図に従って、シャルロッテが戦車の上で右手を突き出す。
「――目覚めてもたらせ。第四帝殻!」
シャルロッテの足元に魔芒陣が描き出され、チュースキン領で彼女が見せた、あの巨大な剣が迫り上がっていく。
魔芒陣から浮かび上がるその剣の柄に触れれば、まるで張り付くようにしてシャルロッテの動きについてくる。
「ハァ――ッ!!」
魔道もなにも介さない――単純明快な物理であった。
まるで箒に掃き取られる埃のように、馬車の周囲の敵兵が孤を描いて吹き飛ぶ。
チュースキン領で奴隷商サーバンが叩き出した飛行距離を超える者が数名いたほどだ。
戦場に不意に出現した空隙。
そこ目がけて、ミリス達席次聖女五人が飛び込んだ。
竜巻に巻き込まれたように敵兵が薙ぎ飛ばされ、空隙がさらに広がっていく。
その混乱に乗じて後方の魔道戦車群が前線を押し上げ、聖女達が新たな前線を構築する。
シャルロッテはまるでダンスのステップのように、戦車の天井でヒールを鳴らした。
その合図に応じて、マリサは車体を固定する攻城槍を巻取り。
「――エレノア様、気持ち悪くなったら、シート下の袋を使ってくださいませ」
横目でそう告げながら、鍵盤に手指を走らせて演奏を再開する。
左右上側二本の攻城槍が正面に放たれ、再び魔道戦車は宙を飛んだ。
加速をともなう浮遊感。
そして、落下。
「――マリサは!」
車内に響く旋律に負けないように、エレノアは声を張り上げて、マリサに話しかける。
「シャルお姉様のお役に立てて、うらやましいです!」
先程の攻撃なんて、なにも示し合わせてないのに、まるで一心同体のようにさえエレノアには見えたのだ。
嫉妬混じりの感情を吐露すると、マリサは笑みを浮かべる。
「わたしもキーンバリー領の女ですからね」
すなわち武の心得は十分にあるという事。
「なにより、お嬢様が生まれた時からキーンバリー邸に務めさせて頂いているのですよ?」
七歳の時から、実に十七年勤務の大ベテランだ。
となれば、当然、それだけキーンバリー家に染まっているという事で。
「お嬢様のおそばにありたいと願うのでしたら、努力なさいませ、エレノア様。
――努力と暴力は裏切りません。
いずれも敵を打ち砕く力となるのですから!」
実にキーンバリーらしい言葉だった。
事実、マリサもまた、そう言い切れるだけの研鑽を積んできているのだ。
でなければ、魔道戦車を飛ばすようなマネはできない。
キーンバリー関係者でも、これができるのはごく限られていたりする。
こればかりは聖女達でさえマネできない為、マリサが駆る戦車が単騎駆けを決行しているのだ。
エレノアと会話しながらも、マリサは戦車を巧みに操り、敵陣を突き進む。
時折、車体を固定しては、車上でシャルロッテが第四帝殻を振るって、後続の聖女達を前進させた。
やがて。
「――ようやく対応してきたようですね」
半円陣でこちらを取り囲む敵戦車隊に、マリサは鼻を鳴らす。
「それこそが狙い通りというものです!」
キンバリー家謹製の最新魔道戦車が、四門備えた攻城槍すべてを同時に解き放つ。
それはたやすく敵戦車四両の装甲を貫き――マリサは敵戦車と鎖で繋がった車体をぶん回した。
引かれるままに宙を舞った敵戦車は、周囲の戦車を巻き込んで破砕、そのまま横転して止まる。
鎖の金属音を掻き鳴らし、攻城槍が回収される。
そして、すぐに別の敵戦車に向けて射出。
再び敵戦車が宙を飛ぶ。
「……お嬢様は――」
魔道器制御用の鍵盤を爪弾きながら、マリサは告げる。
「いまでこそ丈夫に――ええ、それこそ少々行きすぎなほどにご丈夫になられました。
ですが、それ以前の事をエレノア様もご存知でしょう?」
「……はい」
いつもベッドで儚げに微笑んでいたシャルロッテを、エレノアも覚えている。
「お嬢様をお守りする事こそ、わたしの使命だと……そんな風に考えていた頃もあったのですよ」
金属がひしゃげる音が響いて、再び敵戦車が鉄くずと化した。
「ですが、お嬢様はご覧の通りの有様です」
マリサはエレノアを振り返って苦笑する。
「今、お嬢様に必要なのは、お守りではなく……支えになり――時にはやり過ぎがちな行動をいさめられる、そんな方だと思うようになったのです」
エレノアはうなずきを返す。
「……そんな人に、わたしはなりたいです」
「それならば、わたしはわたしの戦技を授けましょう。
わたしも大概、良いトシですしね。
そろそろ婚活も本気にならないと、両親がうるさいのですよ」
茶化すようにマリサは微笑み、肩をすくめて見せる。
「だから、エレノア様――」
マリサが微笑む。
「わたしにはできない、お嬢様を支える役目を果たす為にも――聖女を志しなさいませ」
「わたしが?」
それは思っても見なかった進路だ。
「せめて席次とならなければ、お嬢様と並び立つには程遠いですよ。
――ミリス様がうらやましい、そうでしょう?」
「……それは……」
言いよどむエレノア。
こんな浅ましい感情がバレているとは思いもしなかった。
「良いのですよ。その想いもまた、成長の為の糧です」
そんな会話を続けている間にも、敵戦車隊の半数以上がマリサによって残骸へと変えられた。
「――お嬢様、どうぞ!」
マリサが天井に向けて声をかけると。
「ありがとう。
それじゃあ、行ってくるわね」
屋根を蹴る音が響いて、シャルロッテが戦車の前に降り立つ。
そして、地を踏み砕いて一直線に、砦前で待ち構える兵騎隊へと駆けて行く。
「今はまだ、遠く感じるかもしれませんが――」
マリサは再び正面に顔を向けて、鍵盤を操る。
「踏み出さなければ、近づけませんよ」
そう告げるマリサに、エレノアは父から託された魔剣を握りしめながら、遠ざかっていくシャルロッテの背中を見つめる。
「そう、ですね……」
今はまだ、力なく見ているしかできない無力さを噛み締めながら、エレノアは力強くうなずく。
(いつかではなく……追いつくんだ。お姉様に!)
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