第5話 3
風渡る平原を貫く、レンガ敷きの街道の向かう先――グラーバー砦を見据えながら、ミリスは腕組みして笑う。
魔法で強化された視力には、五キロ離れた砦前の様子が丸見えだ。
砦の前には陣形を組んだ三千の軍。
近衛騎士が駆る兵騎団を中心に、魔道戦車が戦列を組み、その周囲には装備もまばらな傭兵達。
対する聖女達は横一列に並び、その後方には彼女を運んできた戦車が停車していた。
「――あっきれたわね。
あの程度の数で、わたくし達をどうにかできると思ってるのかしら」
「……厄介なのは、兵騎団くらいカナ?」
第三席の聖女――メリッサが、風に揺れる若草色の髪を押さえながら訊ねる。
「バカね。混戦に持ち込めば、あんなのただのカカシよ」
ミリスは肩をすくめてそう応える。
「でも、指揮は近衛のガルドール団長でしょう?
そんな簡単にやらせてくれるかしら?」
ミリスの言葉に疑問の声を向けたのは、戦車の屋根に腰掛けた第四席聖女――アニエッタで。
一本編みにした青髪の毛先をいじりながら、ミリスにそう問いかけた。
「――アニエッタ~、あんたはもうちょっと宮廷勢力を覚えなさいって、師匠達にも言われてたでしょ……」
「え? なにか関係あるの~?」
首を傾げるアニエッタに、ミリスは呆れたようにため息。
「近衛ってのは、戦にも出ない名誉職――イイとこのボンボンが、家名の箔付けの為になるのがほとんどなのよ。
当然、その頭のガルドールもそう。
あいつの机上模擬戦術訓練の記録、見たことないでしょ?
どれも前提条件が、自分が有利なトコから始めてるのよ?」
「よくわかんないけど、指揮能力は大した事ないって事?」
「そもそもあいつにとって、今回が初陣のはずよ」
「団長やってて、そんな事ってある~!?」
メリッサが驚いて声をあげる。
彼の年齢からいえば、十年前の帝国との戦争に参加していてもおかしくないというのに。
「だから、近衛ってのはそういうトコなのよ。
――王族を守るのが役目、なんて偉そうにしてるけど、実戦経験なんて皆無のおぼっちゃん集団なの」
ミリスの言葉に、ふたりは改めて反乱軍の布陣に目を凝らす。
「あー、なるほど。兵騎団を奥に配置してるのって、そういうコトかぁ」
アニエッタがケタケタと笑う。
「普通なら、前線に立てて壁にするもんね」
メリッサも、定石から外れた敵の布陣に肩をすくめる。
「どーせ傭兵は使い捨てられるけど、兵騎と近衛は使い捨てできないとか考えての事でしょ。
――血統派らしい考えだわ」
「まあ、あれならミリスが言う通り、混戦にするのは簡単そうね」
アニエッタの言葉に、三人は笑い合う。
そこには戦地に赴く悲壮感など、まるでない。
聖女達――特に席次を預かる彼女達にとっては、これしきの戦力差など意識するほどの差ではないのだ。
そんな三人に。
「――いいえ、そんなまだるっこしい事しないわ」
アニエッタが座る戦車の屋根に、シャルロッテが仁王立ちになった。
見据える先は敵陣。
ミリス達同様に、魔法で視力を強化しているのだろう。
「――あんた、まさか……」
ミリスが引きつった顔で呟き、メリッサとアニエッタもプルプルと首を横に振る。
「やめときなさいよ。またあとで恥ずかし~って部屋に籠もる事になるわよ!?」
シャルロッテとミリス達三人は、聖女候補養成校の同期である。
シャルロッテの無茶苦茶さ加減も、その後に羞恥で悶えまくる事も、よ~く知っているのだ。
だから三人は気遣って制止する。
羞恥モードのシャルロッテは、とにかく面倒臭いのだ。
だが、シャルロッテは笑みを崩さないままに首を振る。
「こういうのはね、初手が大事なのよ」
「あ~、シャルちゃん、完全にノリノリモードだわ……」
アニエッタが諦めたように肩をすくめる。
「こうなると敵さんが哀れね……」
メリッサもまた、諦めてそう呟く。
「――シャルお姉様?」
と、戦車のドアが開いて、中からエレノアが降りてくる。
それを見て、ミリスがすべてを悟ってシャルロッテを指差した。
「あんたっ!? まさか妹分にイイトコ見せたいとか、そんな考えだけであいつら蹂躙しようとしてるんじゃないわよねっ!?」
叫ぶミリスを見下ろし、シャルロッテは鼻を鳴らして髪を掻き上げた。
「――そのまさかよっ!」
「開き直ってんじゃないわよっ!
宰相がくれぐれもあんたに全力は出させるなって、出発前に半べそ掻いてたのよ!?」
「全力を出すまでもないわ。
ただ、アレを蹂躙するだけよ」
と、シャルロッテが指さすのは、草原の向こうにそびえるグラーバー砦。
「だから、そういうのをやめろって――」
だが、ミリスの声など、シャルロッテはもはや聞いていなかった。
「――目覚めてもたらせ……<
閃光が戦車の上のシャルロッテを包み込む。
筆頭聖女の証である純白の戦装束がほどけて、真紅のビキニアーマーがシャルロッテの肢体を包む。
「ああ、もうっ!
メリッサ、アニエッタ、全聖女に通達。
――筆頭が仕掛け次第、全隊突撃!」
「はいはい~」
「り~かいだよ~」
ふたりが耳に着けた遠話の魔道器で、ミリスの指示を伝達する。
シャルロッテが、戦車の上で両手を頭上に掲げる。
「目覚めてもたらせ。第三帝殻……」
宙に魔芒陣が描き出され、そこから染み出すように、巨大な脚甲が姿を現す。
真紅のヒール状になったそれを見上げながら、シャルロッテは掲げた両手を前へ。
応じるように、脚甲はその底面をグラーバー砦へと向けた。
「――帝殻解放!」
現実を書き換える、魔道の
瞬間、大脚甲は真紅の輝きを帯び、衝撃波をまとって草原を駆け抜けた。
あまりの衝撃に、地殻が抉れて空高く盛大に土が舞い上がる。
わずかに遅れて衝撃音が二つ連続した。
遠目にも、砦が大量の土埃に包まれるのがわかる。
ミリスの強化された視覚が、敵陣中央の兵や兵騎を薙ぎ倒し、砦の門が砕かれて、砦中央の楼閣が叩き折られたのを捉えた。
「――聖女の鎧たる帝殻を、あんな魔道砲撃みたいに使うのは、歴代聖女の中でもあんたくらいよ……」
呆れたように呟くミリス。
「ふふん、聖女の蹴りよ」
「なんで自慢げなのよ!」
頭痛でもするかのようにミリスはこめかみを押さえて、気を取り直す。
「――敵陣が崩れたわ!
全隊、突撃!」
聖女達を天井に載せた魔道戦車の一団が、草原を駆け抜けて行く。
「さあ、エレン。あなたも戦車の中へ。
――乗り込むわよ!」
シャルロッテは、戦車の横で、たった今行われた圧倒的な暴力に呆然としているエレンに声をかける。
エレンは父に託された魔剣を抱きながら、その言葉に強くうなずく。
「――はい! お供します、お姉様!」
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