第5話 2

「――さあさあ、殿下。

 どうぞおかけください」


 かつての自分の派閥の主だった面々に椅子を勧められ、ルキオンは不機嫌さもあらわに腰を下ろす。


 廃嫡後に連れて行かれた開拓村での生活。


 確かに王城にいた頃とは比べ物にならないほどに、貧しくてつらいものだったが、開拓民達と日々支え合って生き延びる生活は、思いのほかルキオンに合っていたようで。


 正直なところ、充実していた。


 頑張れば頑張るほど、生活が豊かになり、仲間達も喜んでくれる。


 兄や姉と比べられ、常に周囲に落胆されてきたルキオンにとって、それは初めての経験で……


 畑を荒らす猪を仲間達と協力して狩った時など、彼らは過剰とも思えるほどに喜んでくれて、ルキオンは廃嫡されて開拓民送りになった事に、むしろ感謝したほどだ。


 そしてルキオンは気づいた。


 今まで、いかに自分が甘やかされていたか。


 貴族達に持て囃されて、いい気になっていただけのガキだったのだ。


 ――王族としての自覚もないままに、ただ権力を振りかざす子供。


 父や兄姉が見放すのも当然だと、今なら理解できる。


 だから、今度は間違えないと――ルキオンは誓ったのだ。


 村の発展の為に――ただひたすらにその為に尽くそうと。


 ……だというのに。


 村を襲ったのは、ルキオンを担ぎ上げていた貴族の私兵で。


 ルキオンは仲間達を盾に取られ、抵抗もできずにここまで連れて来られたのだ。


(……俺にシャルロッテのような力があれば――)


 悔しさと怒りで目の前が真っ赤になった。


 せめてもっと、真面目に剣術や魔道の鍛錬に励んでいればと、自身の不甲斐なさに涙が出そうになる。


 ルキオンが連れて来られたのは、王都の南の平原にあるグラーバー砦だった。


 東西を森林に挟まれ、河川運輸が主流になる以前は関所として、そして街道を守る拠点として用いられていた砦である。


 シャルロッテ達にさんざんバカバカと罵られ続けたルキオンではあるが、さすがに目の前の貴族達の目的は理解できていた。


「俺が廃嫡されて、尻に火がついたか?

 それで反逆とは、愚かな事をしたものだ!」


 彼らが自分を祭り上げる事で、さんざん甘い汁を啜っていたのは、今ならば理解できている。


 だからルキオンは悔しさを押し殺して、彼らを鼻で哂ってみせた。


 決して従う気はないという意思表示だ。


「貴方様はただそこに座っていてくだされば良いのですよ。

 私達が貴方様を王にして差し上げます」


 スキマットが脂ぎった笑みを浮かべながら、そう告げる。


「俺はもはやそんなもの望んでいない!

 貴様らの野心に俺を――仲間達を巻き込むな!」


 ルキオンが声を荒げると。


「わかっておりますとも。

 廃嫡されたショックから、そう思い込もうとしているだけでしょう?」


 同じ言葉を話しているのに、まるで会話にならない。


 諦めにも似た感情が去来して――ルキオンはふと気づく。


(エレノアも……こんな感覚だったのだろうか……)


 所詮は政略結婚の相手と、彼女を省みることなく好き勝手してきた自分。


 それなのに彼女は寄り添おうと努めてくれていた。


 それが……いつからだろうか。


 諦めの表情で、ただ返事を返すだけの人形のようになったのは……


 ――実際のところ。


 エレノアは見切りをつけただけなのだが、その事実はルキオンの知らぬところ。


 エレノアにとって重要なのは、シャルロッテとの接点――ルキオンの妃という立場だった。


 それでも初めの頃は、夫となるルキオンとも愛を育もうと努力をしていたのだ。


 だが、それが不可能と気づいて、ルキオンを見切ったのである。


 そうとは知らないルキオンは、勝手に良いように解釈し、エレノアに対していまさらながらに反省する。


 だから、スキマットを見据えて。


「俺は王位など望んではいない!」


 そう訴える。


「……おい」


 スキマットは入り口の兵に目配せした。


 するとその兵は部屋を出ていき、すぐにひとりの少女を連れて来た。


 両手を拘束された彼女は、兵に乱暴に突き放されて、床に倒れ込む。


「――クリスっ!?」


 思わず彼女の名を呼ぶルキオン。


 シャルロッテにボッコボコにボコられたあの晩、ルキオンがエレノアを捨てて婚約を結ぼうとしていたあの少女だ。


「ル、ルキオン様……」


 少女は涙に濡れた目でルキオンを見上げる。


「彼女は関係ないだろう!?

 おまえ達も俺がフラれたのは知っているだろう!?」


「私もこんな事はしたくないのですよ?

 だが、何事にも保険は大事だ。

 貴方が断る場合も想定して、彼女に起こし頂いて、本当に良かった。

 甘い貴方は彼女を見捨てられない。そうでしょう?」


 ぐふぐふ笑って突き出た腹を揺らすスキマットを、今すぐ殴り飛ばせたら――ルキオンは歯噛みして拳を握りしめる。


「……また巻き込んでしまって……本当に済まない」


 クリスを助け起こしながら、そう彼女に囁くルキオン。


 それからスキマットに顔を向け。


「本当に勝てるつもりでいるのか?

 王都には騎士団だけじゃなく、聖女達だっているんだぞ?」


 だが、スキマットの笑みは崩れない。


 むしろ、勝ち誇るようにより口元を吊り上げた。


「騎士団は動けませんよ。

 ソリスダート帝国が国境沿いで演習中ですからな……」


 今回の反逆は、帝国と連携しているのだと、スキマットはそう示唆しているのだ。


「貴様、帝国と繋がって――」


 明らかな背任――売国であった。


 ルキオンが呻く。


「我々は我々の立場を保障してくれるなら、王国だろうが帝国だろうが、どちらでも構わないのですよ。

 ――ああ、むしろ古き血統を重んずる帝国の方が、今の王国よりよっぽど良いかもしれませんなぁ」


「……そこまで腐っていたとは……」


 ルキオンの言葉を無視して、スキマットは誇るように続ける。


「そして、我々には帝国から雇い入れた傭兵達と多くの武器がある!

 いかに聖女達といえど、三千を超える兵の前には、ただの小娘の群れでしかない!」


(――三千だと!?)


 ルキオンは目を見開く。


 その肩が細かく揺れて。


「……ル、ルキオン様……」


 クリスが気遣うように声をかけてくる。


「……大丈夫だ。クリス」


 ルキオンは哂っていた。


「……良いだろう、スキマット。やってみるが良い!」


 そのルキオンの言葉を、スキマットは了承と――合意なのだと捉えた。


「ええ! ええ! 必ずや貴方様を玉座につけて見せます。

 なぁに、帝国もエリオバート全土を取ろうとは考えておりません。

 私にお任せ頂ければ、必ずや良いようにしてみせますとも!」


 そんなスキマットを、ルキオンは心の中で嘲笑う。


(――聖女達を相手にたった三千だと? 彼女達をナメ過ぎだ)


 幼い頃から、その筆頭たる存在を間近で見て――そして泣かされ続けてきたルキオンである。


 その恐ろしさは、骨身に染みて理解しているのだ。


(これだけの騒ぎだ。きっとあいつも出てくる……)


 それは確信だ。


 苛烈で過激なあの女は――けれど、民が傷つくのをなによりも嫌う。


「……うまく行くと良いがな」


 そんなルキオンの皮肉は、腹を揺らして高笑いするスキマットには届かなかったようだ。

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