閑話

閑話

 王宮の執務室で、ルシアーナはフラウディール学園での一連の出来事が記された報告書に目を通していた。


「――やっぱりシャルロッテあの子に任せると早いわねぇ」


 圧倒的物理で恐怖心を叩き込む為、捕縛後はぺらぺらと質問に答えるのだ。


「でも、後始末する者達の事も考えてほしいものです」


 そう応じたのは、本件の報告書を持ってきたミリスだ。


 いつものように羞恥心で悶えまくって使い物にならなくなっていたシャルロッテに聞き取りをして、報告書を作成したのも彼女だ。


(いつもそうよ! 好き放題に暴れまくって、後始末はいつもわたくし達なんだから!)


 それが次席以下の聖女達の役目とはいえ、シャルロッテのやる事は、とにかく派手で大雑把なのだ。


 たとえばアレクが用いた古代騎だ。


 騎士団では、彼に古代騎の供与はしていないという証言が取れている。


 となれば、出処を探る必要があるのだが、肝心の騎体は第二帝殻に押し潰されて、めちゃくちゃになっていて、その出自を探るのは難しそうだ。


 現在、工廠局が必死に調査中である。


「――財務大臣スキマットと近衛師団長ガルドールの拘束は?」


 アレク・オーディルを強く勇者に推していたふたりである。


 勇者の肩書を派閥強化に使おうとしていた可能性もあるが、補助金予算を財務省が通過させている以上、アレクの悪事に無関係という事はないだろう。


 そして、兵騎の主な供与は近衛からだった。


 なにせ騎士団長はシャルロッテの父――王弟ダリウス将軍である。


 一見、脳筋そのものと思われがちなのだが、ダリウスは幼い頃から第二王子として帝王学を叩き込まれているのだ。


 国の損失になるような真似をするはずがないし、部下のそれを見逃す事もない。


 いかに相手が勇者とはいえ、そうポンポン重要戦力の兵騎を与えるわけがないのだ。


 となれば、アレクに兵騎を流していたと考えられるのは、騎士団とは独立した組織である近衛しかない。


 その辺りは今後のアレクの供述次第なのだが――


「――現在、三席と四席がそれぞれの邸宅に向かっています」


 国の中枢ふたりの汚職容疑――それもひとりは近衛のトップだ。


 騎士団や衛士隊ではなく、秘密裏に、より迅速に行動できる聖女が捕縛に向かっているというわけだ。


 彼らを取り調べる事によって、アレクの供述の裏取りを行い、同時にスキマットとガルドールもまた、王宮から排除しようというのがルシアーナの思惑だった。


 ルキオン派の筆頭であった彼らは、ルキオンがバカになった原因とも言える。


 己の地位を高める為に、幼い頃からルキオンを甘やかし、おだて、あのような――彼らにとっては扱いやすい――そして、身内のルシアーナにしてみれば、愚かとしか思えない気質を形成していったのだ。


 ルキオンという神輿を失い、人気集めに一役買っていた偽勇者のアレクも捕縛された今こそ、ルキオン派を一掃するチャンスと言えた。


 王宮内には大別して三つの派閥がある。


 ――王族の意思を反映した王統派。


 ――政は議会が中心となって行うべきという議会派。


 ――古い家柄の貴族こそが、政の中心となるべきという血統派。


 ルキオン派は、この中でも血統派内の、野心的で過激な思想を持つ者達が中心となって作られた派閥だ。


 複雑に入り乱れた王宮派閥において、ルシアーナはルキオン派を以前から警戒していたのだ。


 神輿に担ぎ上げられたルキオンは廃嫡された事で、表向きは弱体化したように見えていたが、裏では勇者を使って力を蓄えていた。


 とことん悩みの種だ。


 報告書を読み進めながら、ルシアーナはため息をつく。


「――オディール家はイリア嬢を当主に立てるという事で確定なのね」


「はい。オディール伯爵はイリア嬢の卒業後に退いて、家督をイリア嬢に譲るそうです。

 シャルロッテ――キーンバリー家がその後見となるそうで、血統派からも離脱するでしょう」


「実務はどうするのかしら?」


「しばらくは伯爵と家令が指導するようですね。

 令嬢教育には、エレノア嬢が名乗り出てくれたそうです」


「それは良いわね。エレンも前向きになってくれたようで、なによりだわ」


 ルシアーナにとっても、エレノアは幼い頃から目をかけている、妹のような存在だ。


 ぶっちゃけてデキが良くなくて、そのくせ反抗的だったルキオンより、よっぽど可愛いと感じていたりする。


「――なにはともあれ、これで一段落つけるのかしら?」


 すっかり冷めたカップを口元に運びながら、ルシアーナが呟き。


「とりあえずは、そうなると思うのですけど……」


 チュースキン子爵の事件から始まった一連の騒動は、ルキオン派が中心となって行っていた事であり――そのトップである財務大臣スキマット侯爵が捕縛されれば、そこから芋蔓式にその下にいる連中も捕縛できるはず。


 ルキオン派は一掃され、王宮内に蔓延った腐敗の一部は取り除けると思われた。


 ……だが。


 ルシアーナの執務室のドアが、不意にノックされる。


「どうぞ」


 ルシアーナが応じ、ミリスがドアを開けると、そこに立っていたのは――


「あら、お兄様。どうなさったの?」


 ひどく慌てた様子で、額に汗を浮かべた第一王子――ルシウスが立っていた。


「突然すまない、ルシーアナ。

 君の――聖女達の力を借りたい」


 こんなに取り乱すルシウスは珍しい。


「……話を伺いましょうか」


 ルシアーナはルシウスにソファを勧め、自分もその正面に腰掛ける。


 ミリスがお茶の用意を始める。


 ルシウスは腰を下ろすなり、深々とため息。


「――ルキオン派が王都から消えた……」


「――まさか!」


 ルシアーナは驚きの声をあげて、耳に着けた遠話の魔道器に触れる。


「――ルシアーナよ。メリッサ、スキマット卿は?」


 繋いだ相手は三席聖女のメリッサだ。


『……殿下。それが……姿が見当たりません。

 隠し部屋などの有無も含めて、現在、屋敷内を捜索中なのですが、わたし一人では手が足りず……』


「すぐに応援を向かわせるわ」


 ルシアーナはメリッサにそう告げて、ミリスに目配せする。


 指示されたミリスは、メモにペンを走らせると、部屋の前の護衛にそれを手渡して伝令に走らせた。


「スキマット卿もでした。恐らくはガルドール卿もでしょう……

 お兄様、ルキオンは?」


 ひどく嫌な予感がして、ルシアーナはルシウスに訊ねる。


「私もを考えて、現在確認させているところだ。

 だが、恐らくは……」


「窮地に追い込まれて、一か八かに打って出たという事ですか……目的は――」


「ルキオンを王座に据える――反乱による簒奪だろう」


「なんて短絡な……」


 だが、ルシアーナはひとつ気になる事があった。


「でも、反乱を起こすにしても、武器はどこから……」


 ルシアーナの問いに、ルシウスは再び盛大なため息をついて首を振る。


「先日のチュースキン子爵の手口から、私は国内の篤志事業の洗い直しをしてみたんだけどね。

 ……運輸大臣――デニール侯爵がやらかしてたよ」


 彼もまた、ルキオン派に属する人物だ。


「チュースキンと同じ手口で集めていた金を、ソリスダート帝国に流していた」


 南西で国境を接するソリスダート帝国は、十年ほど前、銀晶鉱山の所有権を巡って戦端を開いた事のある国だ。


 現在は休戦状態にあるものの、講和条約を結んでいない為、あくまで休戦状態――いつまた戦争が再開されてもおかしくない状況だったりする。


「見返りに武器を供与されていたという情報を押さえてね。

 ヤツを捕縛しようと衛士隊を動かしたところで、失踪が発覚した」


 そして、彼に関係する人物達――すなわちルキオン派の面々もまた、王都から逃亡しているのが判明したというわけだ。


 ルシアーナは兄が危惧している状況を察する。


「この反乱の鎮圧に騎士団を用いたら、ソリスダートが動く、と?」


「最悪の場合を想定するとね。

 だから、鎮圧には聖女達の力を借りたいんだ」


 本来の聖女管理局の役割は、国内の犯罪者――それも法の目の行き届かない悪への制裁が主だ。


 だが……


「騎士の中にも、ルキオン派が紛れているかもしれませんものね……」


 末端までは目が行き届かない以上、内通者が居るかもしれない騎士団を使うのは悪手だ。


 即応の面から言っても、ここは聖女を動員すべきだろう。


 ルシアーナは兄にうなずき、ミリスに顔を向ける。


「ミリス。全聖女に号令を。

 逆賊ルキオン派を誅滅します」


 命じられたミリスは胸に手を当てて、腰を落とす。


「拝命致しました。

 直ちに取り掛かります」

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