第4話 10

 閃光の中、シャルロッテの戦装束バトル・ドレスが解けて、変貌を遂げる。


 それはご存知、ビキニアーマー!


 材質不明な真紅のそれは、シャルロッテの身体を包み、現実を書き換え、理を捻じ曲げる理不尽の力を与える。


『――喰らえ!』


 アレクが合一した古代騎が剣抜いて振り下ろす。


 シャルロッテは半歩、身を退いて。


 観客席から悲鳴が響いた。


 巨大な剣が舞台を破砕した。


 けれど。


「……ヌルい事」


 身体をなぶる突風に真紅の髪をなびかせて、すぐ横で舞台を砕いた剣に触れ、シャルロッテは哂う。


 無数の破片が衝撃をともなって飛び散ったはずなのに、それがシャルロッテを傷つけた気配はまるでない。


 無傷であった!


 一見、防御力など皆無に見えるビキニアーマー。


 しかし、現実の理を蹂躙する理不尽の象徴――神器である。


 それを傷つけられるのは、やはり現実を超越した魔道の力によってのみなのだ!


 シャルロッテの細く白い指先が、振り下ろされた剣の腹に触れる。


 まるで熱したナイフがバターに食い込むように。


 その指が鋼鉄に食い込み――そこから亀裂が走って砕け散った。


『――な、なんで!? なんなんだ!?

 おまえ、なんなんだよぉ!?』


 古代騎からアレクのうわずった悲鳴がこだまする。


『そんな変な格好して、おかしな力で見下して!

 そうだ! その目だ! なぜ笑ってられる!

 兵騎だぞ!? 古代騎だ!

 ――もっと怖がれよ!』


 剣の柄を投げ捨てて、古代騎が拳を振り下ろす。


「――ごちゃごちゃと、うるさいわね」


 シャルロッテは右手を掲げ、真っ向からその拳を受け止めた。


 観客席が沸き上がる。


『お、おまえに羞恥心はないのか!』


「そのまま返すわ、偽勇者。

 おまえこそ、その程度で勇者を名乗るなんて、恥じたらどうなの?

 私はこの身体に、恥じる処なんて、なにひとつもないもの!」


 ――もちろんウソである!


 今もシャルロッテの恥ずかしメーターはぐんぐん上昇して、限界値を突破しそうだ!


 顔に出さないのは、自分自身で全生徒を呼び込んでしまった自覚があるから。


 公爵令嬢として、聖女として、衆目の前では毅然とした態度を取り続けたい――要するに見栄だけが彼女を支えているのだ!


 恐るべきツラの皮の厚さ!


 恐るべき鋼鉄メンタルである!


「古代騎を使ってこの程度。

 おまえの底が知れたわね……」


 そして、シャルロッテは古代騎の拳を握ったまま、魔道を乗せてことばを紡ぐ。


「――目覚めてもたらせ。第二帝殻」


 魔道を喚び起こす詞に応じ、シャルロッテの背後に二つの積層魔芒陣が描き出される。


 真紅の閃光をまとったそれから滲み出るように――巨大な篭手が出現して。


『な、なんだ!? なんなんだそれは――っ!?』


 握りしめられた拳は、それだけで古代騎と同じ大きさ。


 それが――


「帝殻解放」


 真紅の輝きを放って振るわれる。


 一撃で、古代騎を包む外装が砕け散った。


 さらにもう一方の拳が振るわれて、古代騎が吹き飛ぶ。


「唸りなさい! <粛清拳パージ>ッ!!」


「――う、うわああああぁぁぁぁぁぁ!?」


 壁に激突して崩れ落ちた古代騎の胸から、アレクが悲鳴をあげて転がり落ちる。


 左右の篭手が組み合わされ、大気を裂いて古代騎を叩き潰した。


 圧倒的であった。


 理不尽の権化――それがエリオバートの聖女なのである。


 騎士団が魔物相手に用いる兵騎の中でも、特別な騎体――それが古代騎。


 だが、その古代騎相手に、シャルロッテはかすり傷ひとつ負う事なく圧倒して見せたのだ。


 生徒達が固唾を呑んで見守る中、シャルロッテはヒールを鳴らしてアレクに歩み寄る。


「――こ、降参だ! も、もう――ぶベラっ!?」


 頬を蹴られたアレクが、錐揉みして飛び上がり、地面に落ちて転がる。


「い、痛いいいいぃ! なんでなんでっ!?」


 頬を押さえて転がるアレク。


 そんな彼に歩み寄り、シャルロッテは腕組みして見下ろす。


「降参というなら、白状する事があるでしょう?」


「あ、ああ、そうだ! 俺は勇者なんかじゃない! これで良い――カハァッ!?」


「まだ余裕があるみたいね」


 アレクの腹に爪先を食い込ませ、シャルロッテは哂った。


「あ、あれか? 解放した奴隷を自分のものにして、囲っていた事――ぶっ!?」


 それは初耳だった。


 イラっとしたから、シャルロッテは顔面に蹴りを叩き込んだ。


 あれだけ女子生徒を侍らせておいて、さらに奴隷まで囲っていたとは――ハーレム嗜好で脳が沸いているんじゃないだろうか。


 とにかく気持ち悪かった。


 鼻血が吹き出し、宙に赤い軌跡を描く。


「それから?」


「へ、兵騎を奴隷商に横流ししてましたぁ……」


 アレクの言葉が次第に観客席にも浸透して行く。


 ようやく、シャルロッテがやっている事が理解できたのだ。


 すなわち偽勇者の罪の告白。


 観客席で見守っていたエレノアもまた、そう理解して。


「――先生、衛士を呼んでください!

 彼は犯罪者です。捕縛が必要です」


 近場にいた教師に駆け寄って、そう願い出た。


 呆然としていた教師は、エレノアの言葉に我に返り、慌てて闘技場から駆け出していく。


 その間も、シャルロッテによるアレクへの折檻は続いていて。


「まだあるでしょう? そもそも奴隷解放というのは?」


「――お、俺が儲ける為のでっちあげですぅ!

 国の補助金がもらえて、篤志好きなバカな貴族からも寄付をもらえて……やめられなかったんです!

 お、俺の女達に良くしてやる為に、必要な事だったんですぅ……」


 自身のハーレムを維持する為に、人々の善意を食い物にしていたという事だ。


「とんだゲスな勇者も居たものね」


 シャルロッテは呟き、観客席を見回した。


「みんな、聞いたわね?

 これが偽勇者の真実よ」


 観客席がざわめき、やがてその声は怒号へと変わっていく。


「あ、あああぁぁぁ……終わりだ……俺は、俺はぁ……」


 頭を抱えてうずくまるアレク。


 それを見下ろし、シャルロッテはため息。


「……肩書に固執する無能と、肩書に惑わされるバカ達。

 始末に負えないわね」


 ルシアーナへの報告書には、学園の生徒達に対する意識改革の必要性も記述しておこうと、シャルロッテは決めた。


 闘技場に衛士達が駆け込んできて、アレクを拘束した。


 生徒達は連行されるアレクに罵声を浴びせる一方で、悪事を暴いたシャルロッテに称賛の声を送る。


 だが、戦装束バトル・ドレス姿に戻ったシャルロッテは、その声に手を振り、闘技場を足早に後にする。


 恥ずかしメーターはとうに限界で。


 少しでも早く、ひとりになりたかったのだ。


(――必要な事だったとはいえ……なんで私って、いつも調子に乗っちゃうの!?)





★――――――――――――――――――――――――――――――――――――★

 ここまでが4話となります~


 偽勇者退治完了!


 3話4話に出てきた、お嬢様の奥の手<帝殻>については、5話から詳しく説明入れていこうと思ってます~。


 「面白い」「もっとやれ」と思って頂けましたら、作者のやる気になりますので、どうかフォローや★をお願いします!


 それでは次回のあとがきにて~

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