第4話 7
翌日、教室は朝から大騒ぎになった。
それはそうだろう。
登校してみたら、机が破砕され、あるいは壁や天井に突き刺さっているのだ。
前代未聞の状況に、生徒達は困惑し、当の席の女子生徒は犯人を探して泣き喚く。
「――あんたでしょ! あんたしか居ないわ!」
と、アレクの取り巻き女子達はイリアに詰め寄った。
イリアはと言えば、顔を伏せたまま首を振る。
詰め寄る女子達に賛同する者は少なかった。
イリアが平民なのは、誰もがしる事実。
こんな――机を粉微塵にしたり、天井や壁に突き刺すような事ができるとは思えなかったからだ。
アレクもまた、そう考えるひとりで。
だから、激昂する自分の取り巻き達を前に、どう声をかけたものか戸惑っている様子だ。
そんなカオスな状況に、シャルロッテは現れた。
「あらあら。朝から大声で。
自分の席に向かいながら、シャルロッテは哂う。
「で、ですがシャルロッテ様――!!
わたし達の机が!」
教室の惨状を手で示しながら、アレクの取り巻き女子が叫んだ。
「ああ、それね。昨日、私がやったの。
ちょっとイラついたから。それがどうかしたのかしら?」
「え――!?」
教室中静まり返る。
「なに? 気に入らないの? 下級貴族のクセに、公爵家に逆らおうっていうのかしら?」
ノリノリであった。
この為にシャルロッテは、以前、エレノアに勧められた恋愛小説を熟読し、悪役令嬢ムーヴを予習してきたのである。
「席がないなら、さっさと使用人に命じて用意させれば良いでしょう?
ああ、下級貴族ではそんな事もできないのかしら?
これだから下級貴族はダメね」
とことん『下級貴族』を強調するシャルロッテ。
アレクの取り巻きに伯爵家以上の階級がいないのは調査済みだ。
「――貴族階級を笠に着るのは、褒められたことじゃないな。シャルロッテ」
顔を歪める取り巻き女子達を背後にかばい、アレクがシャルロッテの前に進み出る。
「だれがおまえに、名前を呼ぶ事を許したのかしら?
オディール伯爵令息。不敬よ」
「だが、学園は生徒の身分の平等を謳っているんだ」
あくまでシャルロッテに諭すように――余裕ぶった笑みを浮かべて、アレクは告げる。
「あらあら、その割にあなた達、イリアの事は平民と呼んで、ずいぶんな扱いをしているじゃない。
私、ここはそれがまかり通るのだと思っていたわ」
「そ、それは……」
「下級貴族が平民を虐げても許されるなら、公爵家の私がおまえ達を虐げても許されるわよね?
私はあなた達のルールに従ったまでだわ。
――ああ、イリア。約束してた運動着、持ってきたわ」
手提げ鞄から新品の体操着を取り出し、イリアに差し出すシャルロッテ。
「あ、ありがとうございます。シャルロッテ様」
それを受け取り、イリアは深々と頭を下げた。
「――なんで平民がシャルロッテ様と!」
取り巻き女子が息巻く。
「あら、私がお友達になりたかったから、お願いしたのよ?
なにか問題があって?」
有無を言わせぬ声色だ。
取り巻き女子達が押し黙る。
「なら、イリアの主人である僕とも、友人になって欲しいな」
と、アレクは空気を読まずにシャルロッテの手に触れようとした。
「触れるな、下衆が――ッ!!」
一喝。
シャルロッテはアレクの手を弾いた。
パシンと乾いた音が教室に響き、アレクは戸惑ったような表情を浮かべる。
「私をおまえのハーレムに加えるつもり?
あいにく、私はおまえのようなクズで弱い男には興味ないの」
そして、取り巻き女子達を見回して鼻で哂う。
「そもそも、あんな下級を取り巻きにして満足してるなんて……勇者のクセに程度の低いこと」
独壇場であった。
シャルロッテは、イキってる相手や調子に乗ってる者の心を折り砕くのが、大好物なのだ。
「あ、あんただって、平民を侍らせて喜んでるじゃない!
そんな性格だから、平民くらいしか寄り付かないんでしょう!?」
キレた取り巻き女子のひとりがイキり散らかす。
その女子に目線を向けて。
シャルロッテは微笑みを浮かべた。
「おまえ、確か男爵家だったわね?
しかもたかだか二十年前に商人が叙爵された成り上がりだわ」
家を成り上がりと哂われて、その女子は顔を真っ赤に染める。
そんな女子を捨て置いて、シャルロッテはイリアに顔を向けた。
「――イリア、良いわね?」
「……覚悟は決めてきました。
事情を話したら、伯爵様も仕方ない、と……」
問われたイリアは、決意に満ちた表情で応える。
「このイリアはね、オディール伯爵の娘なの」
「――なぁっ!?」
アレクが衝撃を受けたように目を剥く。
「さらに付け加えるなら、お母様は出奔したレイナール侯爵家の三女――イレイナ様よ」
教室がざわつく。
「だ、だが――イリアは下町で暮らしていたはずだろう!?」
シャルロッテの言葉を否定しようと、アレクが声を張り上げる。
「ええ。イレイナ様は政略結婚を嫌って、出奔なさったのよ。
まあ、相手が三十も離れた金満親父だったらしいから、私でもそうするわね……」
そうしてイレイナ・レイナールは平民に身をやつし、下町の花屋で慎ましやかに生活していたのだ。
侯爵家の令嬢としては、実にバイタリティに溢れる行動だ。
「そこでオディール伯爵と出会い、イリアを身ごもったというわけ。
ウソだと思うなら、王宮に問い合わせてみることね。
戸籍にはしっかりとふたりの子だと明記されてるわ」
シャルロッテは哂う。
「平民平民とバカにしてた子が、実は伯爵家と侯爵家の血脈だったワケだけど。
ねえ、いまどんな気分かしら?
下級貴族のあなた達より、よっぽど尊い血を持っている子を虐げていたって知って、――ねえ、今どんな気分?」
明かされた事実にざわつく教室に、悪役令嬢ムーヴのシャルロッテの高笑いが響く。
「ああ、ちなみにレイナール侯爵家はイレイナ様の出奔には、たいそう心を傷めてらしてね。
イリアが望むなら、いつでも家に迎え入れる用意があるそうよ」
そうなれば、イリアは侯爵令嬢である。
取り巻き女子達の顔が一気に青ざめた。
「……のつもりだ……」
アレクが呻く。
「なに? 聞こえないわ。はっきり仰いなさいな」
「――いったい、なんのつもりだ!
我が家の恥部――父上の隠し子を暴き立て、おまえになんの得がある!」
顔を怒りで真っ赤に染めて、アレクが叫んだ。
「恥部……ねえ。
オディール伯爵の浮名なんて、有名すぎていまさら恥部にもならないでしょうに。
それともおまえ、あの方のロマンス活動を知らなかったのかしら?」
オディール伯爵が社交界において、淑女ハンターと呼ばれているのは周知の事実だ。
むしろそれを知らなかったとしたら、アレクの情報収集能力がその程度――恐ろしく低レベルという事になる。
――そもそもの話。
「オディール家はそれ以上の――おまえという恥部があるでしょう?」
シャルロッテはアレクを見据える。
「――な、なんの事だ?」
「ええ、そう言うとは思ってたの。
だから――」
シャルロッテは、鞄から手袋を取り出し、アレクに投げつける。
それは彼の胸に当たって、床に落ちた。
「拾いなさいな。自称勇者サマ」
それは決闘の合図。
当初はアレコレと陰謀を巡らそうと考えていたシャルロッテだが、生来気の短い彼女は、学園生活一日目にして、面倒臭くなったのだ。
(やっぱり暴力はすべてを解決できる、最高の力よ!)
「決闘だと?
なにを賭けるというんだ!」
「私が勝ったら、おまえのアルバイトのアレコレを、すべて吐いてもらうわ」
ピクリとアレクの眉が寄せられた。
動揺している。
だが、アレクはそれを押し隠し。
「僕が勝ったら?」
「あら、勝てるつもりでいるの?
おめでたい頭ね。
――そうねぇ、万が一にも勝てたなら、おまえのハーレムにでも入ってあげるわ」
「その言葉、後悔するなよ!」
そして、彼はイリアに目を向ける。
「あいつは俺の従者だ。当然、一緒に戦っても文句はないな?」
彼がそう言い出す事を、シャルロッテは予想していた。
だから――
「あら、ダメよ」
シャルロッテは鞄から、新たな手袋を取り出して、イリアに手渡す。
「さあ、イリア……」
「は、はい!」
それを受け取り、イリアは決意に満ちた目で、アレクの取り巻き女子達を見据えた。
「わ、わたしはあなた達に決闘を申し込みます!」
手袋を投げつけ、イリアは叫んだ。
「わたしが――わたしが勝ったら、これまでやってきた事、全部謝ってください!」
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