第4話 8
「――というワケで、私は聖女としてアレク・オディールを裁く為に、この学園にやって来たの。
まさか、勇者が肩書だけの無能で、本物は別にいるとは思わなかったけれどね」
――昨日。
放課後の教室で、イリアはシャルロッテからすべての説明を受けていた。
「――な、なにかの間違いではないのですか?
アレク坊ちゃまがそんな……」
奴隷商との癒着や兵騎の横流し――それを勇者の肩書を使って行っていたとなれば……
(……お家にまで……伯爵様まで罪に問われるかもしれない……)
目の前が真っ暗になる。
「残念ながら事実よ。あの男を裁くのは、もう確定事項なの」
イリアの素性まで調べ上げていたシャルロッテが言うのだから、覆しようがない事実なのだろう、と――イリアはシャルロッテの言葉を受け止めた。
「せめて……せめて伯爵家だけはご容赦願えませんか?
旦那様はなにも知らないのです!」
すがるようにして訴えると、シャルロッテは優しい笑みを浮かべてうなずいた。
「ええ、知ってるわ。
あの方は表でこそ悪し様に言われているけれど……実際のところ、寄る辺のない女性に手を差し伸べている――本当の意味での、篤志の人ですもの。
あなたのお母様に対しても、ね」
(それで恋仲にまでなってしまうのは、まあ仕方ないのでしょうね……)
色恋はよくわからないシャルロッテだったが、辛い生活の中で優しくされたのならコロっと行ってしまうという理屈は、聖女候補養成校の人心掌握術の講義で学んでいる。
(それをすべて受け入れているのだから、それは伯爵の器の大きさよね)
自分にはできない事だけに、シャルロッテは素直に伯爵を称賛する。
「……わたし、坊ちゃまが奴隷解放を唱えているのは、旦那様の影響かと思っていたんです……」
母が亡くなって、伯爵家を訪れた時。
オディール伯爵は母の死を悼み、涙まで流してくれた。
イリアが生まれ、イリアという生き甲斐を得た事で、もう自分に依存することはないだろうと身を引いたのだと、伯爵は語って。
こんな事なら、家に呼ぶべきだったとまで言ってくれたのだ。
そして、伯爵家で働くようになって、家令に教えてもらった。
オディール伯爵は、母のようにワケありの女性に救いの手を差し伸べ、支援しているのだと。
中には誇り高い人物もいて。
貴族の施しは受けない――と、支援を拒む者もいるのだという。
イリアの母もそういう類の人物で。
だから伯爵は、彼女達と恋仲になることで、心と生活を支えるのだと。
アレクが勇者認定されて。
奴隷解放を謳うようになった時、イリアはアレクもまた、伯爵のそんな気質を受け継いだのだと思った。
(……だからわたしは、坊ちゃまのお役に立つ為に力を使ってきたのに――)
まさか金儲けの為だったとは、思いもしなかったのである。
野外実習で魔獣の群れに襲われた日の事は、いまでも鮮明に覚えていた。
アレクが魔獣に傷つけられて、目の前が真っ白になって――
そして、身体が自然と動いていた。
とにかく必死で剣を振るい――気づいた時には魔獣の群れは血まみれで息絶えていて。
そのまま意識を失ったイリアが翌日目覚めると、魔獣を討伐したのはアレクという事になっていたが、イリアはそれでも良いと思った。
アレクが活躍した事になるならば、オディール家への恩返しになると考えたのだ。
冒険者登録したアレクに付き従い、陰ながらに彼を補助してきたのもそれが理由だった。
……けれど。
シャルロッテの言葉が本当ならば――アレクはオディール家を破滅に導こうとしている。
恩あるオディール家の嫡男だと思えば――そして、半分は血の繋がった兄だと思っていたからこそ、イリアは耐え忍んできたのだ。
彼もまた、お家の為に名を上げようとしているのだと。
(……裏切られた)
この時、はじめてイリアの胸に、アレクに対する怒りが湧き上がった。
「伯爵はこの件には無関係よ。
だからこそ、イリア……おまえに声をかけたの」
シャルロッテは目を伏せて、申し訳無さそうにため息。
「事が大きすぎて、アレクの廃嫡は免れないわ。
そして、伯爵の他の子供達はみな、いまはそれぞれに生活があるの」
イリアはシャルロッテがなにを言いたいのかを察する。
「わたしに……伯爵家を継げ、と?」
「それが最も後腐れのない落とし処よ。
すべてはおまえの覚悟次第、ということになるわね……」
イリアはすぐには返事ができなかった。
家に帰って、侍女としての仕事をしてる最中もどこか上の空で。
そんなイリアに気づいて声をかけてくれたのは、オディール伯爵だ。
「――なにか悩みがある時くらい、父親として頼ってくれないか……」
その言葉に――イリアはすがった。
シャルロッテに聞かされたすべてを吐露し、涙ながらに自身が異能の力を持ってしまった事も説明した。
アレクが夜遊びで帰宅しなかったのは、彼にとって幸いだろう。
神回避だ。
だが、だからこそ後に彼を待ち受ける処遇がひどくなったとも言える。
オディール伯爵は激怒し、もしその場に居たのなら、ボッコボコに殴り倒す勢いだった。
「――あのクズは勘当だ!
長子と思えばこそ甘い顔をしてきたが、国に仇なすならば不要!」
そのまま彼は、アレクの廃嫡と、自身の引退を記した書類を王宮へ送った。
翌朝、伯爵はひどく疲れた顔でイリアに朝の挨拶をしてきて。
「裁きは聖女様にお任せする」
リビングのソファに腰掛け、窓の外を見つめながらぼんやりとそう呟いたのだ。
そんな伯爵の――父の姿に、イリアは悲しさで胸が張り裂けそうになり、同時にアレクに対する怒りで叫び出したい気分になった。
(……わたしはもう、アレクの好きにはさせない……)
「――決闘となれば、アレクはまたあなたの力を使おうとするでしょうね。
それをさせない為にも……」
――もし受けるならば、という前提で語られたシャルロッテの計画。
「あなたは取り巻き共に決闘を申し込みなさい。
魔獣の群れを退治できるあなただもの。
たかだか女子生徒8人、余裕でしょ?」
確信した口調で問われて、イリアはうなずきを返したのだ。
――そして今。
イリアはアレクの取り巻き達に啖呵を切る。
「下級貴族で、群れなきゃなにもできないあなた達なんか、わたしにかなうはずないんだから!」
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