第4話 6

 教室を去るイリアを見送り、シャルロッテは椅子に腰掛けて脚を組む。


 その指先は耳に着けたイヤリング型の遠話魔道器に添えられて。


「――ルシアお姉様、シャルロッテです」


 短くそう告げれば。


『あら、早かったわね。どうだった?』


 ゆったりした口調で、遠話の相手――ルシアーナは応える。


「両方とも当たりでした」


『まあ、あの子がオディール伯爵の娘というのは、戸籍にも登録されてるから、間違いなかったのだけれどね』


 昼食の後。


 シャルロッテはアレクの従者であるイリアの情報を得る為、聖女管理局に連絡を入れていた。


 そこで判明したのが、イリアはオディール伯爵の実子であるという事実。


 一定の税を収めれば一夫多妻の認められるエリオバート王国において、色恋沙汰の噂の耐えないオディール伯爵は、しかし今は亡きアレクの実母以外を家に迎え入れようとしていない。


 そのくせ多くいる愛人をしっかりと経済的に支援しているというのだから、マメな男である。


 ……マメだからこそ、多くの愛人を抱え込んでいるという見方もできるか。


 そんなマメ男は、愛人が産んだ子供に対してもマメなようで。


「まさか婚外子が十三人もいるとは……」


 シャルロッテが呆れ混じりに呟く。


 オディール伯爵は、愛人の子すべてを認知し、戸籍登録までしていたのだ。


 彼の実子の多くは、母親の元で幸せに暮らしているのだという。


 そんな中で唯一、早くに母を亡くしたイリアだけは、父親であるオディール伯爵を頼り――けれど、令嬢としてではなく、使用人として伯爵家で働く事を選んだというわけだ。


「それにしても、白髪紅瞳がなぜ放置されていたのです?

 それだけで勇者選定の対象でしょう?」


 一般的には。


 勇者といえば、優秀な冒険者に与えられる国家認定のである。


 だが、極稀に――生まれつき特異な才能を持って生まれる人物がいる。


 それは優れた魔道の使い手であったり、強靭な肉体の持ち主であったり。


 中には、魔眼のような異能を保有して生まれる者もいる。


 本来の意味での勇者とは、そういう者達を指して用いられる言葉であり――彼らは人という種属の枠から外れて、勇者という存在として認識されるのである。


 勇者という称号は、本来ならば彼ら彼女らの為に用意されたものなのだ。


 ――そして。


 過去に存在した勇者の多くが、白髪であり、瞳の色が紅、あるいは金であったと伝えられているのだ。


 だから、エリオバートに限らず、多くの国々は白髪や異瞳の子が生まれた場合、国に申告する事が義務付けられている。


『それがねぇ、わたしも聞いて呆れたのだけれど……』


 と、ルシアーナはため息まじりに説明を始める。


『女子の場合、勇者選定って聖女選定と一緒に行われるでしょう?』


「…………はい」


 シャルロッテは嫌な予感がした。


 こめかみを冷たい汗が伝う。


『あの子が選定を受けた時って、なにがあったか覚えてるかしら?』


 イリアはシャルロッテと同じ歳だ。


 当然、シャルロッテが選定を受けたあの場に、イリアもいたわけだ。


「あ、あの……お姉様……」


 しどろもどろに言い訳を探すシャルロッテ。


『子猫ちゃん達が大喧嘩した挙げ句、その場で神器に認められちゃったのよねぇ……』


(やっぱり、そこに行き着くのね――!?)


『ああ、別にあなた達を責めてるわけじゃないのよ?

 聖女誕生のどさくさで、たまたま勇者選定されなかった子が出ちゃったってだけ』


「ひどいですね! 係員の不備です!」


 シャルロッテは責任転嫁する事にした。


(私は悪くないわ。きっとそう!)


 そう自分に言い聞かせる。


 何事も勢いは大事だ。


『まあ、あの段階で選定されてても、どのみち彼女は認定されなかったでしょうしね』


「――と、いうと?」


『あなたは知らないでしょうけど、学園の入学試験の時も選定があるのよ。

 イリア嬢はその時もシロだったわ。

 おそらく未覚醒だったのでしょうね』


 シャルロッテは、聖女候補養成校で学んだ、勇者に対する知識を思い出す。


 ――伝承によれば。


 天然モノの勇者とは、生まれつきその異能を使える者もいれば、ある日突然、その能力に目覚める者もいるのだという。


『おそらくは、野外研修で魔獣に襲われた際に覚醒したのでしょうね』


「ええ、少なくとも先程確認した時は、間違いなく勇者でした」


 シャルロッテは断言する。


 アレク・オディールが勇者というには、あまりにお粗末な事に違和感を覚えていたシャルロッテは、その従者だというイリアを――白髪紅瞳の少女を見た時に、ひどく納得したのだ。


 ――ああ、彼女こそが勇者だ、と。


 確認の為にイリアと手を繋いだ時、シャルロッテは彼女に向けて、魔道を通していた。


 神器に認められた強靭な魔道器官を持つ彼女の、全力の魔道だ。


 普通の人間ならば、魔道器官が負荷に耐えられず、昏倒するレベル。


 だが、それはイリアに浸透する事なく、その表皮で弾かれた。


 そんな事ができる存在は、ヒトの上位種属である貴属――魔女かあやかしでもなければ、勇者くらいだ。


『……面白くなってきたわね。

 アレク・オディールは兵騎の横流しや奴隷商との癒着だけでなく――』


「はい。勇者僭称までしていたということです」


 肉親と知らないまでも、本来は従者――イリアが受けるべき栄誉を、横取りしていたのである。


「アレクの勇者認定を後押ししたのは、ルキオン派ですよね?」


『ええ、特にスキマット卿と近衛騎士団長が熱心に推してたわね』


「……血統派――本当に厄介ですこと」


『王統派からあなたが――聖女が出たから、必死だったというのもあるのよ。

 オディール伯爵自身は、宮廷闘争には熱心ではないけれど、家自体は血統派に組み込まれているしね……』


 派閥力学というのは、本当にややこしい、と。


 シャルロッテはしみじみ思う。


 こんな時ばかりは、聖女に選ばれて良かったと思えるのだ。


(――たいていの事は、ぶっ飛ばせば解決できるもの)


「それではお姉様、後始末はいつものようにお願いしても?」


『ええ、その為の聖女管理局よ。

 あなたは思うままに……その力を振るいなさいな』


「ありがとうございます」


 尊敬するルシアーナに感謝の言葉を送りながら、シャルロッテは木くずに囲まれたアレクの机を見据えて笑う。


(まだるっこしいのはもうヤメだわ。楽しみね、アレク・オディール……)

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