第2話 3

 ソレーヌ村はキーンバリー領都の西端にある農村だ。


 領館からは、馬で領都外周にある森の中を突っ切れば、十数分で到着する。


 シャルロッテは村長から手短に状況説明を受けると、すぐさま馬に飛び乗り村へ向かった。


 エレノアもまた、なにかの役に立てればと同行したのだが。


「――ハッ……ハッ……」


 先を行くふたりはもう小指の先ほどの大きさだ。


 あんなにヨボヨボに見える村長が、シャルロッテが駆る馬についていけている事実に、自分が情けなくなる。


 もっと早くから練習しておくんだった。


 落ち込みながら、なんとか村に辿り着くと。


 ――エレノアは自分の目を疑った。


「――ヒャッハー! ほれほれ、どうした逃げろ逃げろー!」


「も、もう赦してくれぇ!」


「汚物は消毒だーっ!」


「あちっ! あちぃーっ!」


 地獄絵図であった。


 ……想像していたのとは逆の意味で。


 鎌やクワを振り回し、荒くれ者達を追い回す農民達。


 中には炎の魔法で相手の尻を焼いている者までいる。


 百姓達は喜々として山賊達を追い回していて、エレノアが想像していた状況とは真逆の光景が繰り広げられていた。


「はぁ……」


「あ、あの――シャルお姉様……」


 こめかみに手を当ててため息つくシャルロッテを見つけ、エレノアは声をかける。


「こ、これはいったい……」


「見ての通りよ……」


 それが理解できないから、エレノアは訊ねたのである。


 シャルロッテは顎をしゃくって、逃げ回る山賊達を示す。


 髪はボサボサ、ヒゲも伸び放題な男達である。


 着ているものもボロボロで、手足も痩せ細っている。


「……山賊っていうのはね、だいたいがヨソで食い詰めて、そうならざるを得なかった者達なのよ」


 悪事を働いて土地を追われた者もいるだろう。


 だが、集団の山賊となると、たいていの場合が税を払えず、土地を捨てて逃げ出した元農夫が多い。


 そして、彼らは考える。


 農作業で鍛えた身体があるのだから、他者から奪おう、と。


 初めは街道などで、旅人を襲う。


 何度か成功して味をしめ、次は商人などの馬車を襲い――標的とする規模がどんどん大きくなって行き――ついには村を襲うようになるのだ。


 ――だが。


 彼らが農作業によって鍛えられた肉体を用いて、山賊として生き延びてきたように。


 農村に住む村人達もまた、日々の農作業で鍛えられた肉体を持っている。


 むしろまともな食事を取り、規則正しい生活をしている分、村人の方が屈強とも言える。


 ――違う点があるとすれば、があるかどうか。


 多くの村での山賊被害は、村人にこの覚悟がない為に発生するのだ。


「――キーンバリー領は、武を奨励する領よ」


 百姓は農作業のかたわら野山に分け入り、狩猟によって肉を得る。


 時には他領であれば冒険者に依頼するような魔獣でさえ、彼らは平気で仕留めるのだ。


 中には副業として山賊狩りのバイトをする猛者までいるほどだ。


「――狙った土地が悪かったわね」


 と、シャルロッテはため息。


「さすがはキーンバリーですね!」


 目の前の光景に自身の常識を打ち砕かれたエレノアは、思考の放棄を選択した。


「じゃ、じゃあ村長さんがシャルお姉様を呼びに来たのは……」


「みんながやり過ぎた時、村長ひとりじゃ止めきれないでしょう?」


 シャルロッテの横で、村長がコクコクとうなずく。


「山賊ってね、生け捕りにした方が報奨金が多いの」


 殺してしまっては、情報を得る事ができないからだ。


 先に説明したように、民が山賊に堕ちるにはそれなりに理由がある。


 それは領主の悪政が原因であったり、時には隣国の軍人が山賊に扮して工作している場合もあるのだ。


 それ故に、山賊は生け捕りが推奨されていた。


 村人達は滅多に無い状態に興奮してはいるものの、理性までは失っていなかったらしく、適度に弱らせて捕縛している。


「……やり過ぎずに済みそうね」


「――今回は?」


「時々ヤケになった者が、無茶してみんなを怒らせちゃう事もあるのよ。

 例えば子供を人質に取ったり――」


 と、シャルロッテがエレノアに説明しようとした時だ。


「――て、てめえら動くな!

 う、動いたら、こいつをこここ、殺すぞ!」


 まさにその状況が発生していた。


 一際体格の良い男が、子供を抱えあげて首筋にナイフを押し当てている。


「あらあら……」


 シャルロッテは口元に手を当てて呟く。


「離せ、このっ!」


「あつっ! この! 暴れるな!」


 子供はジタバタと暴れ、山賊の腕に噛み付いたりしている。


 幼いとはいえ、さすがはキーンバリーっ子であった。


 村人達がまとう雰囲気が変わる。


 先程までは、どこか牧歌的な――遊びの延長のような表情だったのに、今は目が座り、青筋立てて、子供を抱える男を見据えていた。


 そんな剣呑な雰囲気を漂わせた村人達は、捕らえた山賊達を集めて。


「てめえこそ、動くな。

 仲間がどうなっても良いのか?」


 クワを素振りしながら、そう告げる。


「ふ、ふざけんな! 命令してんのはこっちだぞ!

 子供の命が惜しければ、今すぐ仲間を解放しろ!」


「立場が理解できてねえようだなぁ?」


 村人は容赦なく近くの捕縛された山賊を蹴りつける。


 苦悶の声が響き渡った。


「ひぃふぃみぃ……六人いるからチャンスは六回だな。

 一度警告を無視するたびに、お仲間を潰していくぞ?」


 どちらが山賊かわからない発言だった。


 ザン、と。


 蹴られて呻く山賊の足の間に、クワが振り下ろされた。


「ヒ、ヒィィィィ――ッ!」


 目の前の土が抉られ、その山賊は失禁して泡を吹き、白目を剥いて失神した。


「クっ――て、てめえら、頭どうにかしてんじゃねえのか!?」


 子供を抱えた山賊が喚き散らす。


「……良いから、ケン坊離せよ」


 クワが再び振り上げられる。


「う、うわあああぁぁぁぁ――ッ!」


 その真に迫った迫力に――山賊は、子供を抱えたまま近くの民家に逃げ込んだ。


 かんぬきが落とされる音に続いて、家具が倒れる音が聞こえてくる。


 恐らくはバリケードを張っているのだろう。


「――チッ、根性なしが……」


 クワを振り上げた村人が毒づき。


「なあ、ジョエル、面倒だから、もうおまえの家ごと焼いちまおうぜ。

 みんなで新築してやるから、良いよな?」


「まあ、ひとりくらい殺しても報奨金は変わらねえか。

 わかった。新築、約束したからな?」


 ――などと。


 男達は物騒な対処法で盛り上がり始める。


「それじゃケンも巻き添えでしょうに」


 呆れたようにシャルロッテが呟くと、彼らはようやくその存在に気付いたようで。


「こ、こりゃまた――シャルお嬢。いらしてたんで……」


「お恥ずかしいトコ、お見せしやした」


 と、苦笑しながら頭を下げる。


 シャルロッテもまた苦笑を返して。


「とりあえず、怪我人はいないようね?」


「――こんな雑魚に怪我させられるような軟弱は、この村にはおりやせんよ」


「ヘマこいたケンは、あとで説教だけどな」


 どっと沸き上がる村人達。


「てめえ、おとなしくしろ!」


 山賊が逃げ込んだ家からは、そんな怒鳴り声とバタバタと、なにかが壊れる音が響いてくる。


「お嬢、ここはやっぱり火攻めですって。

 ケン坊だって、隙ができりゃ、勝手に逃げ出して来やすよ」


 などと言い募る村人に歩み寄って、シャルロッテは指先で額を弾いた。


「いつも言ってるでしょう?

 私は無駄な人死にが嫌いなの。

 ここは私に預けなさい」


「……ご面倒を、おかけしやす」


 村人達は素直に頭を下げて。


「――シャルお姉様!?」


 エレノアが驚きの声をあげる。


「大丈夫よ、エレン。

 私は神器に選ばれた聖女なのよ? これくらいなんでもないわ」


 そうエレノアに告げたシャルロッテは、軽い足取りで山賊が立て籠もる家屋に向かった。


「……来るぞ……」


 村人達が期待に満ちた目で、シャルロッテの背中に注目する。


 そして、シャルロッテは胸の前で拳を握り、魔道の理を喚び起こすことばを口にする。


「――目覚めてもたらせ……」


「――キターーーーッ!!」


 真紅の閃光が辺りを包むのと同時に。


 村人達の歓喜の声が響き渡った。

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