第2話 4

「――<純潔聖衣メイデン・クロス>!」


 紡がれた魔道のことばによって現実が書き換えられ、シャルロッテの衣装がほどけ、変質していく。


 ――それは真紅のビキニアーマー。


 エリオバート王国の聖女の証にして、あらゆる理不尽をねじ伏せる――理不尽の象徴。


 村人達が歓声をあげる中。


 真紅の髪を風になびかせたシャルロッテは、山賊が立て籠もる家屋を前に、右手を前に突き出す。


 その手にどこからともなく長剣が現れて。


「フッ――!」


 躊躇なく振るわれた一撃は、家屋の半分を吹き飛ばした。


「いっやったぁ――! 見たか!?

 オレんち、お嬢に吹き飛ばされたぜ!」


 村人のひとりが嬉しそうに周囲に叫ぶ。


 シャルロッテはそんな彼の方に顔だけ振り返り。


「新築費用は、キーンバリー家ウチからも出すわ」


 微笑みと共にそう告げれば。


「さすがお嬢っ!」


 村人達はシャルロッテの気前の良さに拍手喝采だ。


 そんな村人達を尻目に、シャルロッテは綺麗に半分だけ切り取られた家屋へと足を進め。


「さて――」


 床に転がって呆然としている山賊へと目を向ける。


「シャルお嬢――!」


 いち早く立ち直った子供が、バタバタとシャルロッテへと駆け寄って。


「ケン。怪我はないわね?」


 そう訊ねると、ケンは元気よくうなずく。


「ちょっと首をナイフがかすめたけど、こんなのなんでもねえです!」


 確かにケンの首筋には、うっすらと斬り傷があって、血が流れていた。


「そう……」


 シャルロッテは優しく微笑み、その傷に触れる。


 ほのかな燐光がまたたいて。


「あ、痛くなくなった」


 治癒の魔法である。


 傷はまたたく間に塞がり、血の跡が残るだけだ。


「さあ、ケン。危ないから、みんなのところへ」


 シャルロッテは不思議そうに見上げてくるケンの頭を撫でて、そう告げる。


 ケンは素直にうなずいて、駆けていった。


 そして、残された山賊の男は――


「な、なななな……」


 突如、潜んでいた家が吹き飛ばされ、それを行ったのが半裸の美少女である。


 理解が追いつかず、驚愕の表情を浮かべたまま固まっていて。


「――なんなんだ!

 おまえ、なんなんだっ!?」


 ようやく我に返ったのか、ナイフを振りかざして喚き散らす。


「シャルロッテ・キーンバリー。

 ――公爵令嬢よ」


「う、ううう、ウソだ!

 貴族のお姫様が、そんな破廉恥な格好するもんか!」


 シャルロッテの名乗りに、男は叫んだ。


「おまえ、羞恥心ってものがねえのかよ!」


 叫ぶ男は、なるべくシャルロッテの身体を見ないように視線を逸している。


 山賊なんてやってるクセに、ウブな男であった。


 一方、シャルロッテはというと、そんな男に微笑みを浮かべ、ヒールを鳴らして一歩踏み出す。


「――何を恥じる必要があるというの?」


 さらに一歩踏み込むと、男が恐れたように一歩退いた。


「く、来るな!」


 だが、シャルロッテは構わずに踏み出す。


「この完璧な私の身体に、恥じる処などなにひとつないわ!」


 ――もちろんウソである!


 状況が状況だけに神器を使ってしまったが、今すぐ領館に逃げ帰ってベッドに飛び込みたいくらい、シャルロッテは羞恥心を堪えている!


 領民や――なにより自分を慕ってくれている妹分、エレノアに良いトコを見せたかっただけなのである!


 なんなら、完璧と言い張っている身体も、実を言えばもうちょっと胸が欲しいと想っているくらいだ!


 ――そんなアレコレを心の内に押し隠し。


 シャルロッテは鍛え上げた表情筋で、微笑みを作り上げる。


「あなたにも色々と理由があるのでしょうが……」


 呟きと同時に振るわれた右手に、山賊の男はまったく反応できなかった。


 乾いた金属音が半壊した家屋に響き渡り、男のナイフが天井に突き刺さる。


「細かい事は後で衛士に供述なさい!」


 手にした剣を後に放り投げ、シャルロッテは拳を握り込む。


 脇を締めて、半円を描くように振るわれた拳は、山賊の男の顎を的確に捉えて。


「ぷごる――ッ!?」


 錐揉みして吹き飛んだ男は、壁を突き破って外に投げ出され、そのまま意識を失った。


「さすがお嬢!

 おら、縄持ってこい縄!」


 外から村人達が、男を押さえ込もうとする声が聞こえてくる。


「ふぅ……」


 燐光が弾けてビキニアーマーが霧散し、シャルロッテを包む衣装がドレスへと還る。


 周囲を見回し。


 誰も見ていないのを確認して、思わずうずくまるシャルロッテ。


(――またやってしまったまたやってしまったわああああぁぁぁぁ!)


 頭を抱えて足をバタつかせる。


 いつもノリと勢いだけで神器の力を使ってしまうのは、シャルロッテの悪癖だ。


(でもでもでも――あの時はそれが一番だと思ったし……)


 神器を得て丈夫になったとはいえ、その力を喚起していない普段のシャルロッテはあくまで貴族令嬢である。


 武術の心得があるとはいえ、かんぬきが降ろされ、家具をバリケードにされた扉をこじ開ける膂力などないのだ。


 だからこそ、神器の力を使った。


(間違ってたとは思わないわ。思わないけど――)


 恥ずかしいものはどうしようもない。


 真っ赤に染まった頬を押さえ、叫び出したい気持ちを必死に押さえる。


「――シャルお姉様?」


 と、不意に背後からエレノアに声をかけられて。


 シャルロッテは瞬時に気持ちのスイッチを切り替える。


「お、お姉様!? ど、どこかお怪我でもなさったのですか!?」


 一方、うずくまるシャルロッテを目撃したエレノアは、慌てて彼女に駆け寄った。


 まるで伸び上がるように、すっと立ち上がるシャルロッテ。


 その顔には紅潮のあとなどまるでなく、優しい笑みが貼り付けられている。


「なんでもないわ」


「で、でも――」


 訝しむエレノアに、シャルロッテはクルリと回って見せて。


「ね? 怪我なんてどこにもないでしょう?」


 そう告げると、エレノアはようやく安堵した。


「お姉様っ!」


 シャルロッテに抱きつくエレノア。


「お姉様がお強いのは存じ上げておりますが……わたし、生きた心地がしませんでした」


 と、涙を浮かべるエレノアを抱き締め返して。


「心配かけたわね。

 さあ、帰りましょうか」


「――はい、お姉様!」


 笑みを浮かべて応えるエレノアに、シャルロッテは内心でガッツポーズだ。


(ごまかし切れたわっ!)


 シャルロッテは、姉のように慕ってくれるエレノアの前では、常にカッコイイ淑女を貫き通したいのだ。


 それは羞恥心よりも優先される事だったりする。

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