公爵令嬢の日常
第2話 1
――神器。
それはエリオバート王国に代々伝わる古代の秘宝にして、聖女の証である。
その適合者を求めて、王国の女子は十四歳になると、身分の別なく適正検査が行われてきた。
けれど、長く適合者が出ない為、この検査はほぼ形骸化しており、女子の通過儀礼的な扱いとなっていた。
地方の子供達にしてみれば、無料で王都観光ができてラッキーくらいな認識。
そんな検査に、十四歳になったシャルロッテも参加する事になった。
出身地域ごとに少女達は日程をズラされて検査されているとはいえ、王都組の本日は王城のホールに収まりきらないほどの人数が集まっていた。
大勢の同年代の少女達を前に、シャルロッテはちょっと気後れ。
これまで病弱だった彼女は、ほとんど屋敷から出た事がなく。
まともに会話して来た同年代と言えば、ひとつ上のルシアーナか、ルキオンの婚約者という事で知り合い、時々見舞いに来てくれるようになった、ひとつ下のエレノアくらい。
どちらも大人しい性格をしているから、ホールできゃいきゃいと賑やかに雑談に興じる少女達が、シャルロッテには珍しく見えた。
(……城下の女の子とは、あんなにも様々な表情をするものなのですね)
少し激しく動くと咳が止まらなくなるシャルロッテは、少女達のように心から笑った事がなかった。
家族やルシアーナ、エレノアに微笑み返す事はあったけれど。
(丈夫になったら、私もあんな風に笑えるかしら?)
そんな事を考えながら、シャルロッテは少女達を見つめる。
「――お嬢様、順番が来るまで、こちらで座って待ってましょう」
シャルロッテの体調を気遣って、マリサが椅子を借りてきて。
「ありがとう」
礼を言って、シャルロッテは腰を下ろす。
馬車に揺られて来ただけだというのに、身体はずいぶんと疲れていたようで。
座ると途端に身体がだるさを訴える。
ままならない自分の貧弱な身体に、思わず苦笑してしまうシャルロッテ。
「マリサ……喉が乾いたわ。
お水を頂けないかしら?」
「はい。もらってきますので、お嬢様はここで待っていてくださいね」
心配性なマリサに、シャルロッテは微笑みを返す。
「大丈夫よ。私ももう十四なのよ? 来年には成人だわ」
「そういえばそうでしたね」
いつまでも子供扱いで過保護なマリサは、そう言って舌を出すと、足早にホールから出ていった。
そうして待っていると。
「――あなた、ひとりだけ椅子に座って、ズルいわ!」
ピンクのフリルがたくさんついたドレス姿の令嬢が、シャルロッテに声をかけてきた。
「……はあ、ごめんなさい?」
よくわからないけれど、ズルいと言われたから、シャルロッテは謝った。
「謝罪なんて良いのよ、それよりさっさと退きなさいよ!
あたしはネイシア男爵家の令嬢なのよ?
庶民が椅子に座ってて、男爵令嬢を立たせてるなんて、間違ってると思わないの?」
男爵は貴族の下っ端も下っ端――下には一代貴族の騎士爵しかいない階級である。
一方、シャルロッテの家の公爵というのは、上には王族しかいないし、そもそも彼女の父は王の弟で王位継承権まで持っていたりする。
ついでに言うなら、シャルロッテ自身にも継承権5位という結構高めの順位が付与されていたりするのだ。
だが、目の前の男爵令嬢は気づかない。
(……庶民?)
シャルロッテは少女の言葉に、自分の格好を見下ろした。
病弱故に楽な格好を好むシャルロッテは、今日は白のブラウスに紺地のゆったりとしたスカートで。
確かに貴族令嬢としては、地味な格好だろう。
「ええと、ネイシア男爵令嬢、私は――」
「庶民が勝手にあたしの家の名前を呼ぶんじゃないわよ!」
「――――ッ!?」
少女がシャルロッテの髪を引っ張り、床に引き摺り倒した。
恐ろしく気の短い少女である。
椅子も一緒に倒れて、突然の騒音にホール中の注目がふたりに集まる中、シャルロッテはユラリと立ち上がる。
「――なにをするのですかっ!」
叫んで、シャルロッテは少女に反撃した。
グーで、狙いは顔面だ。
少女に負けず劣らず、シャルロッテもまた気が短く、そして躊躇がなかった。
気弱で貧弱ではあっても、敵と定めた相手には容赦しない苛烈な性格なのだ。
「――ぐっ!?」
とはいえ、シャルロッテは病弱で、身体も鍛えられていない。
叩き込まれた拳に、少女は怯みはしたものの、真っ向から受け止めてシャルロッテを睨み返した。
「…………」
少女の手がシャルロッテの髪を掴む。
「――――」
シャルロッテもまた、彼女の髪を無言で掴み返した。
そこからは取っ組み合いだ。
床を転がり、互いにマウントを――比喩ではなく物理的に――取ろうと、ゴロゴロと転がる。
髪を引っ張るとか、引っ掻くといった少女らしい取っ組み合いではなく、いかに相手の手足を封じて、顔面に拳を叩き込むかという――凄まじく硬派な――殴り合いだった。
ホールに集められた少女達は悲鳴を上げ、転がるふたりに道を空ける。
ゴロゴロと互いに上下を入れ替えながら転がって行き――
――ゴン、と。
ふたりはホールの最奥にある祭壇に、恐ろしい勢いで頭をぶつけて。
「おおおぉぉぉ……」
「ぐぅあぁぁぁ……」
実に女の子らしくない苦悶の声をあげて、頭を押さえながらのたうち回る。
床と一体になった石造りの祭壇だ。
痛くないはずがない。
ふたりとも目尻に涙を浮かべて、足をバタつかせる。
「――あなた達、なにをやってるのですか!」
祭壇の脇にいた検査員が怒鳴って、ふたりは顔をあげる。
「――あ……」
声をあげたのも同時だった。
祭壇の上に置かれた拳大の珠が、ほのかな光を発していた。
神器である。
本来は水晶のように無色透明なはずのその珠が、今は銀色の幾何学模様を描いて発光している。
「――これは……」
検査員が驚きの声を上げて、神器とシャルロッテ達を見比べる。
「ふたりに反応している?」
その言葉を聞いて、シャルロッテ達は顔を見合わせた。
「どちらが選ばれるか……それで勝負を決めましょう」
埃を払いながら立ち上がり、シャルロッテが提案する。
「良いわ。
――まあ、選ばれるのは貴族である、あたしでしょうけど。
ミリス・ネイシアよ。
あなた、名前は?」
「――シャルロッテです」
ふたりは拳をぶつけ合って、笑みを浮かべる。
最前列の少女達がうっとりと頬を染めるほどに――ふたりはどこまでも男前であった。
そして、ふたりは神器に向けて、同時に手を伸ばす。
ホールに真紅の閃光が迸った。
「おお……おおっ!!」
検査員が驚嘆の声をあげた。
あまりに強烈な閃光に、ホールに集められた少女達も悲鳴をあげて。
閃光を放った神器は、ふわりと宙に浮かび上がり、シャルロッテの胸に吸い込まれて消失する。
「――くっ!」
膝を折ったのはミリスで。
「……私の勝ちのようですね」
静かに告げて、ミリスに手を差し出すシャルロッテ。
その手を掴んで立ち上がり、ミリスは不敵に笑う。
「――今日のところはね。
シャルロッテ――あなたの名前、覚えたわ!」
「ええ。私も覚えたわ。ミリス」
固い握手を交わす。
「――聖女だ! 聖女の誕生だ!」
検査員が大声で叫ぶ中、ふたりは
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